幕間―龍ノ刻― 其の陸



―2015年12月31日(木) 午前2時過ぎ―


―仁王門前 参道―


山羊頭の残骸がゴポゴポと音を立て、泡立ち、霧散した。

その中から、カチンという音と共に、何かの破片が落ちた。


黒い男「…だから、ほこらで邪気を吸われてもコッチに居られたのか…」


それを拾うと同時に、仁王門の陰に隠れていたキンカラが出てきて答えた。


キンカラ「ソレだよ!利剣の欠片」


黒い男「そうか、後は戻せば良いのか?矜羯羅童子こんがらどうじ…」


キンカラ「え…知ってたの?」


黒い男「キンカラは矜羯羅童子のサンスクリット名 十五歳程の童子の姿をし、天衣あまごろも袈裟けさまと

そもそも名前を直訳すれば、"何をするべきかを問い、その命令の通りに動く"の意味であり、主人として仕えるアチャラナータは…

不動明王のサンスクリット名だ」


矜羯羅「…流石だ 龍の者よ」


急に古臭い喋り方になった。


黒い男「それが本来の喋り方?」


矜羯羅「あのほうが、溶け込み易かろう」


純粋に思っている様だった。


黒い男「…そーでもない。今時十五であんな喋り方なんぞするか。」


呆れた様に言う


矜羯羅「そうなのか…! 難しいものだな…」


そう純粋に言うと、矜羯羅童子は頭を軽くかしげた。

その純粋な目線と困り方を見て、本当に神聖な存在なのか?

と思ってしまう。


黒い男「…で、持って行けばいいのか?」


矜羯羅「ああ…! そうだな。利剣に戻してくれ。」


黒い男「それは、不動明王の意思?」


矜羯羅「そうだ 不動様の意思を伝えている …それに、きちんとせぬと制多迦せいたか五月うるいしな」


どうやら制多迦童子せいたかどうじには弱いらしい。



―午前2時25分―


―女坂 利剣前―


欠片を利剣の割れた部分にめ込むと、瞬時に元に戻る。

それと同時に、清廉な空間へと不動尊自体が戻っていく感覚があった。


矜羯羅「ふむ…これで良し これで、元の通り浄化された

礼を言うぞ 龍の者よ」


黒い男「依頼だからな」


矜羯羅「仕事だと? だが、それも不動様の導きよ」


導き…コイツ等か…根回しが良いな。仏様は。

そう思いつつ、重要な事を聞く。


黒い男「ギャラは貰えるんだろうな?」


矜羯羅「ぎゃら…? とはなんだ?」


黒い男「うといな…報酬だよ 無いと続けられん」


正直それが無いと、この後の年越しも大変なくらいだ。


矜羯羅「そういう事か! 心配するな、ちゃんと伝えてある」


伝えてある…ココまで織り込み済みか。


黒い男「じじィ… 全部知ってたか…」


あの宮司…したたか過ぎだろう。

心の中でごちた。


矜羯羅「あの小僧が子供の頃から知り合いなのでな」


小僧…あの宮司じじーか。

成る程。その影響か。喋り方が古めかしいわけだ。

一人納得する。


矜羯羅「これで閻魔様も戻ろう …ところで」


黒い男「…なんだ?」


矜羯羅「あの、恨みの念…相当なモノだが、以前何が?」


そう言い、矜羯羅は此方こちら見据みすえた。

その視線は、探る様な眼差しだった。

敵対するかも知れない者への。

それは、自分を警戒している様だった。


黒い男「ああ…大丈夫だよ 昔色々あったが、乗り越えてる

只の"嫌な思い出"だ アンタ等の仏敵には成らないから安心しろよ」


なので、先んじて結論を言ってやった。

言った事は本当。

もう、うに乗り越えている。

。仲間達と。

ただ、あの悪魔と"個人的な"因縁があっただけ。

それも、果たしてしまった。

また一つ乗り越えたのだ。


矜羯羅「そうか… なら良いのだが」


警戒は完全に解いていない言い方だった。

それを汲んで、先を述べた。


黒い男「信用成らない? ま、そらそうだよな 守護が目的の従者ならな それで良いよ オレの事は警戒しといてくれ」


マズイ…やり言い過ぎたか…軽率に先んじ過ぎた。

これだけ言ってしまうと、此方の扱い難さで敬遠される。

…仕方がない。

神仏を敵に回したくはないが、警戒を抱かせたのなら、無理に救いをわずとも、行動で見せれば良い。


黒い男「その代わり、問題ないと思ったなら、助けてくれ」


期待は出来ないが、この一言を述べるだけでも違う。


矜羯羅「ほ…!」


面食らった様な顔で自分を視ると、続けた。


矜羯羅「なら、何かあれば、力を貸そう」


意外とあっさり納得した。

逆にハッキリと伝えた事が、好感を得たらしい。

それは、神仏故しんぶつゆえの純粋さ。

そのさっぱりとした受け入れは、気持ちが良いものだった。


黒い男 「そうか 有り難い」


本心だった。


矜羯羅 「これで、この瀧泉寺の平穏は保たれる…」


黒い男 「…そうだな 確かに元に戻った」


そう言うが、一抹の小さな不安は拭えていなかった。


矜羯羅 「再び、五色の一つとして、この地を護ろう」


黒い男 「頼む」


だが、まだ。

思いを一言付け足す。


黒い男 「また、何かあればな…」


振り返り、不動に眼をやりつつ、そう言った。




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