第42話 病気

それから、2年の月日がたった。

灯も健一も39歳の冬の出来事だった。


 健一と涼子は渋谷の喫茶店にいた。

昼間の土曜日だった。

こんな時間に自分を呼び出すのは、久しぶりだなと健一は思った。

涼子は黒のタートルネックに白の上下のレディーススーツだった。

下は黒のストッキングに黒のハイヒール。

これは・・・もしかしたら・・・。

健一は思った。

涼子はコーヒーを一口コクっと飲むと、単刀直入に話を切り出した。

「私達、別れない?」

「えっ!?」

やっぱり、別れ話だった。今まで、別れない方がおかしかったのだ。

健一は煙草を取り出した。そして吸った。

「それは・・・涼子のもう一人の彼氏の方がいいということか。」

「察しが良いわね。あなたも浮気してたんだもの。私だって当然するでしょう?」

涼子は冷静だった。

彼の気持ちも、涼子から冷めていた。

あんなに俺の気持ちをかき乱していた彼女。

しかし、今となっては風前の灯火だった。

俺は・・・今、灯が好きなのか?


これで、事実上灯と健一は恋人同士になれたのだが

健一は、灯に本当のことを打ち明けなかった。

ただ、2種間に1回来ては、灯に好きだ。愛してる。などという言葉を最中に言うようにはなった。

しかし、灯の中ではこれも1種のパフォーマンスだろうと思っていた。

灯の気持ちは、完全に健一から離れつつあった。

それは、2年前正が魔法をかけてくれたからだろうか。

灯の心は、冷めていた。

ただ、寂しかったから一緒にいた。

それだけだった。


このころ灯は、やたら眩暈が続く様になった。

やたら、泣く様になった。

そして、何かに不安で眠剤を飲まないと、眠れない状態が続いていた。

おかしい、どうしたんだろう。

ちゃんとご飯を食べているのに、眩暈が無くならない。

仕事にも支障が来ており、朝起きるのが億劫になって来ていた。

余りにもひどいので、家族にその話をすると

弟の博光が、家の近くの心療内科を教えてくれた。

灯はそこに、1か月に1回会社を休んで、精神安定剤と眠剤をもらって、飲みながら仕事をしていた。

弟の車に乗って帰る途中、博光が言った。

「ちい姉さん。もしかしたら、うつ病かもしれないね。」

「うつ病?」

博光は灯のことを、『ちい姉さん』と呼ぶ。

上に姉がいたからだ。

灯は思っていた。

そう言えば、そんな病気の名前を聞いたことがある。

でもそれは、テレビやネットの話だと思っていた。

「うつ病?聞いたことはあるけど?どんな病気なの?」

灯と2歳違いの博光は、こう言った。

「現代病だよ。最近うつで仕事が出来なくなっている人が多くなってきているから、ちい姉さんも気を付けなよ。」

「うん・・・。」

とはいうものの・・・。


何に気を付ければいいのか・・・。

博光が言うには、ストレスになるものをなるべく遠ざけて、楽しいことをした方が良いとは言っていた。

しかし、楽しいことが見付からない。

楽しいことといえば、占いダイヤルだ。

しかし・・・それも高額な金額からストレスになっていた。

灯の、今までの占いダイヤルに使った金額は200万に達していた。

しかも、クレジットカードで全部やっていたので、金額はリボで払っていた。

こんな、病気に負けていられない。

灯は必死で働いた。

しかし、灯が頑張れば頑張るほど、取れない日々が続いていた。

煙草組の7人も契約が取れなくなり、辞めていったものも多くなった。


そんな、灯に朗報が入った。

今度、会社で新商品を扱うことになった。

某会社の携帯電話を扱うことになったという。

それを、灯にプロジェクトとして入って欲しいという、増沢部長からの話であった。

これは、会社を休んでいる場合ではない。

そこで、電話をかけてきた健一にもう少し早く来れないかと、灯は切り出した。

「そんなこと出来るわけないだろう?俺だって仕事しているんだから。」

「それはわかっているけど、新プロジェクトなのよ。それが出来なければ1か月に1回にしてもらえないかな。わたし、最近セックスしたくないのよね。」

「お前がしたくなくたって、俺は灯としたいんだよ。俺の気持ちも考えろよ。」

健一は譲らない。

本当は涼子と別れたんだから、灯をもっと大切にしてあげればよかったのに・・・。

それが、健一の誤算であった。

灯も、ここで健一と別れていればよかったのだ。

しかし、灯は一人になるのが怖かった。

まだ、灯されている灯を頼りに、二人はセックスを続けた。

しかし、それは悲しいセックスであった。

健一は、このころ灯に本気になっていた。

だが、表現方法が下手だった。

あの頃の、情熱的な二人は何処へ行ったのだろう・・・。

灯が遠くなっていく。

抱けば抱くほど、灯がこの手からすり抜けていくように感じるのはなぜだろう。

健一は、感じていた。


そして、6月

灯も、それから別の部署に変わり、携帯電話の電話営業を開始し始めていた。

しかし、そこの主任と折り合いが悪かった。

灯が取ればとるほど、もっととれと言ってくる、底意地の悪い男だった。

昔気質の男というか・・・。

増沢は、その頃、部長に昇格していた。

彼女も灯の話を聞き、その主任に注意はしたが

それでも、彼は方針を辞めなかった。


灯は考えていた。

そろそろ潮時かな・・・と。

ネクサスをやめて、他の派遣先に行くか。

しかし、私も今年40歳を迎える。

ネクサスに入って6年目。

灯はそんなことを思っていた。

健一の事。借金の事。人間関係。体の事。

灯は、疲れ切っていた。


そう思っていた翌日。

その日は7月で、うだるような暑さの日だった。

灯がいつものように、目覚ましが鳴って起きようとしたとき。

身体が金縛りにあった様に動かなくなった。

水を飲むことも、這って行かなければならない状態であった。

何なのこの症状?

とりあえず増沢に連絡し、今日の所は休ませてもらうことにした。


灯は、父の車でとりあえず総合病院に向かった。

症状が低血糖に似ていると言われ、血液検査、尿検査などをしたが糖には異常がなく、もしかしたら精神の方ではないかと言われる。

そこで、灯は紹介状を書いてもらい、ある心療内科に行った。

待合室で待っている間も、灯は体が重くてだるくて、父の郁夫にもたれかかっていた。

一時間待ってやっと灯の順番が来た。

心療内科医は、灯の症状を見て一言言った。

「娘さんは。うつ病です。しかもかなり重症な・・・。」


その診断は、今後の灯の人生を大きく変えることになる・・・。







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