第36話 深夜の電話
灯と正は付き合い始めた。
朝、出勤すると、灯はいつものようにヘッドセットを付ける。
正も、社員の仕事をした後。営業の仲間に加わる。
2人は、なるべく仕事の時は普通にしていようと約束した。
灯は、久しぶりに充実した気持ちになった。
誰かの為に生きている。
こんなにも嬉しいことなんて。
そして、灯はやっと、居場所を見つけたような気がした。
厳しい仕事だけれども、優しい仲間たち。
優しい正。
この人の役に立てたら・・・。
そう思っていた矢先の出来事だった。
「取れたー!」
正が、大きな声で言った。
皆がやったと、指で示した。
灯も、親指を立てた。
辛かったけど、頑張ったかいがあった。
心の底から、思う灯であった。
正は、それから何件も取り始めた。
もともと、営業としての素質があったのかもしれない。
今日終えた中で、一番契約を取ったのは正であった。
灯は、心の底から嬉しかった。
その夜。
月が綺麗な日だった。
灯は、月を眺めながら、そろそろ布団に入るころだった。
「ふわあー。明日も仕事か。」
すると、不意に電話が鳴った。
着信を見ると、正であった。
「正?どうしたの?こんな時間に?」
「実は・・・灯に逢いたくて、来ちゃったんだ。」
「えっ!?」
見ると、玄関に誰かいる気配がする。
電話を持ったまま灯は、玄関に移動した。
ドアを開けると、そこには正が立っていた。
「正!?どうしたの?今日は来る日じゃないよね?」
ドアを閉めながら、灯が訪ねる。
すると、正が灯を抱き締めてきた。
「灯、俺やったよ。契約取ったよ。今日は見ていてくれたよね。俺今日はマジで嬉しかった。社員仲間にも褒められた。全部灯のおかげだ・・・。」
「うん。見てたよ。正が取ったとこ。私自分事の様に嬉しかったよ。正。やったね!」
灯と正は見つめ合った。
そして、二人はゆっくりとキスをする。
正が灯の中に舌を入れてくる。
灯は、喜びの吐息を漏らした。
灯は嬉しかった。
正の役に立った。
生きていて、これほどの喜びがあろうか。
灯は、正のことを本気で好きになり始めていた。
それは、正も同様であった。
灯と一緒にいると、それだけで元気になれる正だった。
2人は布団に行くと吸い寄せられるように抱き締めあった。
そして、月明かりに2人のシルエットが重なった。
すると・・・
『プルルルル。プルルルル。』
電話が鳴った。
2人は抱き合っていたが、正の電話が鳴ったことに気が付いた。
「正?電話。」
「電話?」
彼が見ると、着信が正の彼女。美智であった。
「美智だ。俺の彼女。」
正は電話を取った。
灯は複雑だった。正が彼女と会話している。
これが、大人の付き合い何だろうか・・・。
この、何とも言えない集燥感が・・・。
美智は携帯越しにも聞こえるような大きな声で話していた。
何故、いないんだ。浮気しているんでしょう?等その声が、灯にも聞こえるほどだった。
正は、「友達のうちに遊びに行ってて、今日は帰らない。」と、きっぱり話した。
彼女は電話を切った。
「これで大丈夫。灯・・・。」
正は先程の続きをしようとした。
すると・・・
『プルルルル。プルルルル。』
電話が又間髪を入れずにかかってきた。
「今日は電話が多いな。」
と、言いながら正が着信を見ると、
またもや、美智からであった。
正は、さすがに恐ろしくなり、電話をマナーモードにした。
電話は、まだ鳴り続けている。
灯は数えていた。
10回・・・15回・・・20回・・・。
灯はさすがに怖くなってきた。
「ねえ・・・私たちの事、ばれてるんじゃあ・・・。」
「そんな訳あるか。俺、誰にも喋ってないもん。」
「じゃ、どうして電話がかかってくるのよ。」
時計はAM2:00を指していた。
電話は50回目に達していた。
「出た方が良いよ・・・正・・・。」
正は灯に即されて、電話を取った。
彼女は、電話口で泣いていた。
以下、正と美智とのやり取りが始まった。
「何?どうしたの?」
「正・・・浮気してるでしょう?そんなに私が嫌い?」
「ああ!やだね。俺のことを信用できない美智は嫌いだね。」
「信用って・・・浮気している正をどうやって信用すればいいの?」
「浮気なんてしてないって言ってるだろう?友達のうちに行ってるだけだよ。」
「嘘。正私の事嫌いになったから、そう言うこと言って、女の所にいるんでしょう?正太郎はどうするのよ!あなたを恋しがって泣いているわ。私の事、そんなに嫌い?ねえ・・・お願いだから帰って来てよ。不安で涙が止まらないの。私が心の病気だって事知ってるでしょう?」
正と美智との会話は延々続いた。
灯はなぜか、嫌なものを感じた。
何故か、また、大切なものが変わっていくような
そんな気がする・・・。
灯は堪らなくなって、煙草を吸いに奥の部屋から出た。
正と美智との会話は延々と続いていた。
素っ裸で美智との会話に挑む正を、これ以上見ていたくなかった。
30分くらいして、正がトランクスを履いて、奥の部屋から出てきた。
「彼女の電話は終わったの?」
灯が聞く。
「ああ・・・終わった。ただ・・・。」
「ただ?」
「彼女が帰って来いと、聞かない。」
感じてるんだ。彼女は。私と正との関係。
「あなたは、どうしたいの?」
灯が、やけに鋭く突き放した様に言う。
それは、嫉妬にも似たような気持であった
正は、帰りたくなかった。
灯と一緒にいたかった。
今帰れば、どうせくだらない話を、延々と朝まで言われるに決まってる。
しかも抱いてくれと、せがまれるに決まっている。
正は、今の美智は抱きたくなかった。
「灯・・・。」
正が灯を抱き締める。
「俺、帰りたくないよ。ずっと灯の傍にいたいよ・・・。」
傍に・・・なんか昔そんなことを言っていた人がいた。
それは、私自身だ。
『健一!私はどうしたらいいの!』
『健一!愛人でもいいから付き合って。』
健一もこんな気持ちだったのだろうか。
こんな、困った気持ち・・・。
でも、涼子さんはもっと、しっかりしていたと思う。
あんな、彼女とは大違いだったし・・・。
だから、健一は涼子さんを選んだ。
そう言うことか・・・。
灯は思った。
私は、どっちが好きなんだろう。
健一なのか。正なのか。
でも私はやっぱり、健一の方が好きなのかもしれない。
彼女は、少し冷めたような気持ちで言った。
「彼女の元に帰りなよ。正。彼女が泣くのならそばにいてやりなよ。」
「でも・・・。」
正が話す。
「私は一人で大丈夫だから。だから帰りなよ正。彼女泣いてるよ。」
灯は、冷静であった。
何故なら、私はこの人の優しさに惹かれただけだったから。
やっぱり、健一の方が好きなのかも知れない。
「嫌、俺絶対今日は帰らない。灯の傍にいる。」
灯は、黙っていた。
それから、2人は明け方まで抱き合った。
明け方。空が白み始めたころ、正と灯は家を出た。
「今日も暑くなるね。」
そんな事を語っていると・・・。
「灯!」
誰かが灯を呼ぶ声がする。
その声の方角に振り向くと。
そこには、健一が立っていた。
「健一!?」
見事な、ダブルブッキングであった・・・。
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