第17話 重い女

翌日、灯が起きると健一が隣で寝ていた。

灯は、昨日のことが本当のことだということを悟った。

外はさんさんと日が照っており、昨日の雨が嘘のようであった。

時計はAM6:00を指していた。

灯が、健一の寝顔を見ていると、彼が起きた。

「うっ・・・うーん・・・。」

「おはよう。生田さん。」

「内田さん?」

健一は、辺りをキョロキョロ見回した。

自分の見慣れた部屋ではなく、女の子の部屋だった。

「あー寝ちゃったのか・・・。そう言えば内田さん?あれから、大丈夫だった?」

あれから・・・。そういえばわたし、この人とキスしちゃったんだ。

灯は、真っ赤になりそうな自分を押さえて、健一の問いに答えた。

「私安心して寝ちゃったから、それから先はよく覚えていない・・・。」

「そっか、何にしても無事でよかった。」

健一は、伸びをしながら答えた。

灯は、隣の部屋で服を着替えると、朝食の準備をし始めた。

「生田さんも食べる?」

ハムエッグを作りながら、灯が言う。

「いや、俺はいいよ。それよりも内田さん。こんな朝早くにご飯食べるの?」

健一が、話す。

「私、9:00から仕事だから。だからいつも早いの。」

「それで、シオンで6日間働いているんだ。凄いね。」

灯は、少し照れた。

もしかしたら、健一も少しは私の事好きかも知れない。だって私の事色々聴いてきてくれるんだもの。

それに、助けに来てくれたし・・・。


健一は、考えていた。

これは、愛人になってくれるチャンスかも知れない。

昨日、切羽詰まっていたから来てみたけれど、灯は俺の事多分好きになっていると思うし、これでもうひと押しすればこれは行けるかも知れない。

と、考えていた。

要するに健一は、灯を都合のいい女に仕立て上げようとしているのである。

そこで、健一は考えた。

灯をもっとその気にさせるにはどうしたらいいか考えたのである。


「内田さん、俺帰るわ。」

健一が切り出す。

「え、もう帰っちゃうの?」

灯が寂しそうな声を出す。

「うん。また、何かあったら遠慮なく連絡してよ。駆けつけるからさ。」

と、いいながら、健一は玄関でスニーカーを履いた。

「えっ?大丈夫なの?彼女怒らない?」

「平気平気。彼女あの時間なら寝てるから。それより、夜しっかり鍵かけて寝なよ。」

そう言い、健一はドアを開けて帰って行った。

「また、・・・来てくれるんだ・・・やっぱり私の事好きに違いない!」

灯は、舞い上がっていた。

でも・・・啓介のこと・・・本当どうしよう・・・。

あの調子だと、また来る可能性が高い。

しかも昨日は、啓介の休みの日だった・・・。

また、来週くる可能性がある。

灯は途方に暮れた。

今日は金曜日。

灯は、みずほに相談することにした。


「それは、灯、警察に相談した方がいいよ。」

みずほが、マティーニを飲みながら話した。

そして、煙草に火を付ける。

灯とみずほは、仕事が終わってから、また『有楽町バー』に来ていた。

「ちょっと、啓介、やばくなっているよ。」

「でも、その時は生田さんが来てくれるし・・・大丈夫だと思うけど・・・。」

灯が、にこやかに話す。

だって生田さんは、いつでも遠慮なく連絡してくれよと言ってたもの・・・。

心の中で灯は思った。

その言葉を聞いたみずほは、煙草をふかしてこういった。

「灯、あんた馬鹿じゃない。」

「えっ?」

灯が、つぶやく。

「啓介のこともそうだけどさあ。生田君あんたに愛人になれって言ったんでしょう?絶対何か考えているに決まっているじゃない?」

みずほは、テーブルの上のブルーチーズを食べながら、また話した。

「最初は灯、あんただって愛人になるの嫌がっていたじゃない?それなのにちょっと優しくしてくれたからって、簡単に生田君の手に載っちゃっていいわけ?灯、あんた本当に愛人にされちゃうよ。それに、啓介はまた来るよ。断言してあげてもいい。あんたが考えているほど、事態は甘くないよ。本当に灯、もうちょっと自分の立ち位置を自覚しなよ。」

「立ち位置?」

灯が聞き直す。

「そうだよ。今はまず、啓介のことを解決するために、警察に一刻も早く相談すること。それと生田君の事は口車に載っちゃだめだよ。あんたが、愛人でもいいなら、それでもかまわないけど。」

「そんな事無いよ!だって、生田さんは、私に優しくしてくれたもの。きっといつかは、彼女より私の方がいいと言うに決まっているわ。私の想いはいつか叶う時が来るわ。」

本当に、この子は何処までおめでたいんだろう・・・。みずほは思った。

あの時、彼は確かに私にこう言った。灯は重い女だと・・・。

だから、利用されるのが何故分からないんだろう・・・。

いっそのこと言ってしまおうか、生田君の本当の気持ちを・・・。

みずほは灯を見ながらふと思った。

でも、それは、灯が気が付かなければ多分分からないだろうな・・・。私がいくら言っても。

そう思うみずほであった。


それから、1週間経った。

今日は、啓介の休みの日だった。

灯は、家に帰るのが怖かった。

その気持ちに気が付いた健一は、仕事中灯に言った。

「今日、ついていようか?」

灯は、空を舞い上がる思いであった。

生田さんが私についていてくれる!

灯はみずほに言われたことも忘れ、有頂天になっていた。

この時が、一生続けばいいのに・・・。

彼女は啓介にすらも、感謝したい気持ちで一杯だった。


終電車の車内の中、灯と健一はまるで恋人同士の様に、寄り添っていた。

混雑する車内の中、健一は灯をかばう様に立っていた。

灯も、家に帰るのが怖かったが、健一がいてくれることに心から感謝した。

どうか、このまま生田さんとうまくいきますように。

灯は、心の中で、神様に祈っていた。


そして、

灯と健一は、彼女のマンションについた。

階段を上り、灯がドアを開ける。

ぱたん。とドアを閉め、彼女はドアをロックしチェーンもつけた。

そして、はあ・・・とため息をついた。

灯が、電気をつける。

そこで、健一がカーテンを開け、ドアをガラッと開けた。

まだ、車の気配はなかった。

「来るとしたら、このぐらいの時間かな。」

健一が、ドアを閉めながら灯に言う。

「そうだね・・・。」

灯は、楽しさ半分、苦しさ半分だった。

生田さんがいてくれることは嬉しいけど、こうなったのは全部私のせいだ。

私が早く啓介と別れていれば、こんな事にはならなかったのに・・・。

灯は泣きそうだった。

下を向いて俯いて座り込んでしまった。

そんな灯を、健一が優しく抱きしめた。

灯は泣いた。

「私が、早く啓介に別れを告げていれば・・・こんな事にはならなかった・・・全部私のせいだ・・・。」

健一は、泣きじゃくる彼女に、そっとキスをした。

「誰が悪いわけでもない。縁が無かったんだよ、君と彼は。だから、そんなに自分を責めないで・・・。」

「生田さん・・・。」

「健一でいいよ。」

彼は、笑顔で言った。

「私も灯でいいよ。健一・・・。」

2人は、溶け合う様にキスをした。

健一が灯の中に舌を入れた。

灯も舌を絡ませた。

2人が、夢中になっていると・・・

「・・・誰か来た。」

健一が、灯から唇を離し、そっと言った。

「健一・・・。」

「話さないで、静かにして!」

健一が小声で答え、ドアの方を見た。

彼はすかさず電気を消した。

ドアから小さな声が聞こえる。

「誰かいるのか・・・灯・・・」

啓介の声だ・・・そしてすかさず・・・

『ピンポーン』

時計は、AM1:30を指していた。

『ピンポーン』

『ピンポーン』

『ピンポーン』

3回チャイムが鳴った。

灯は、がくがく震え出した。

それを、かばう様に抱き締める健一。

灯は、ブルブル震えていた。

どうか、早く終わってください・・・!

啓介は、今回は隣の人を起こさない様にドアは叩かなかった。

ただ、チャイムを、何回も何回も嫌がらせの様に鳴らし続けた。

5分位経っただろうか・・・。

健一が、携帯を取り出し、警察に電話しようとしたその時!

「こんな夜中に何やっているの。」

ドアの向こうからはっきりとした声が聞こえた。

「いや、僕はこのうちに用があって・・・。」

「こんな夜中に?何の用事?」

「いや・・・あの・・・。」

「とにかく署まで来てください。その用事とやらをじっくり聞きましょうか。」

どうやら警察らしい。

誰かが通報してくれたみたいだ。

それから間もなく、『ピンポーン』と救いのチャイムが鳴った。

灯は、がくがく震えていた。

健一が代わりに出る。

「どちら様でしょうか?」

「警察です。」

彼は、チェーンを外し、鍵を開けて、扉を開けた。

そこには、警官が2人立っていた。

「起きてました?110番通報があったもので・・・来てみたら男がいるし、大丈夫でした?」

「ええ、何とか。彼女は震えてましたが・・・。」

「この家、内田 灯さんの家ですよね。あの男は灯さんの何なの?」

もう一人の警官が、質問している警官の話をメモに書いて行く。

「元カレです。」

「ああ・・・なるほど・・・。あなたは?」

「彼氏です。」

灯はその言葉を聞き、驚いた。

健一、私を彼女と認めてくれるの?

震えが止まった。

「そうですか。内田さんと話せますか?」

灯は、玄関まで行こうとしたが、腰が抜けて立てなかった。

健一が言う。

「彼女、無理みたいです。代わりに聞いておきます。」

警察が言うには、啓介がやっていることはストーカー行為であり、ストーカー規制法に値するとのことだった。

そこで灯に、彼に対しての被害届を出すか、出すなら一度警察に来てほしいとのことであった。

「どうする?灯?」

健一が灯に聞く。

灯は考えた。ここで、彼の被害届を出すのは簡単だ。

でもそうしたら、啓介は本当に前科者になってしまう・・・。

灯は、首を振った。

「彼女は、出さないみたいです。」

「そうですか、分かりました。それでは物騒なのでしっかり鍵をかけて、何かあったら、また呼んでください。」

そう言って、警察は帰って行った。

健一はドアを閉め、鍵をかけ、チェーンを付けた。

それから彼は、灯のそばに行き、彼女を抱き締めた。

「あれで、よかったの?」

健一が、耳元で囁くように言った。

灯は、こくんと頷いた。

「啓介は・・・一度は私が愛した人だもの。だから、前科者にはしたくない。元はと云えば、私が彼をしっかり振れなかったから起きたことだもの。だから・・・私が悪いの・・・。」

そう言って、灯は健一の腕に飛び込んだ。

彼も、灯を抱き締めた。

だが・・・

重い女だな・・・。

健一は、密かに考えていた。





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る