第9話 深夜の相談

商社の朝は忙しい。

香山 みずほは、今日も8:45ぐらいに出勤し、タイムカードを押した。

それから自分の戦場に赴き、パソコン3台の電源を入れる。

みずほの仕事は、営業事務だ。

発想の手配をしたり、メーカーに発注をする仕事だ。その合間にクレームの対応もする。

そして、終業間際になると在庫のチェックをして、月一回は、請求書の発行もする凄腕のキャリアウーマンだ。

また、半年に一回、千葉の倉庫に棚卸にも行くのだ。

その合間に、営業からの様々な要望にも応える。

今日も営業がみずほにお伺いを立てる為、ずらーと並んでいる。

みずほは客のクレーム対応に追われていた。

「・・・だからねー。うちの嫁が私をいじめるんですよ。私は、もう毎日が怖くて怖くて・・・。」

「そうなんですか・・・。大変ですねー。」

この女性は、朝から商品についてクレームを付けてきた女性だ。最初はなめてかかって物凄い勢いで怒ってきたのだが、みずほがしっかり聞いて行くうちに、本音を出し始めた。

その間に、彼女はパソコンを駆使し、別の作業をしている。

ひとしきり、女性が話し終わって電話を切ると、みずほは「ふうー・・・」と言った。

「まあ、色々あるのね、さあ次々。」

「香山さん。ちょっと、この資料をお昼までに作って欲しいんだけど。」

営業の橋本が話してきた。

「はい。分かりました。こちらの資料を作ってからでよろしいでしょうか?」

「嫌、急ぎで頼むよ。」

「分かりました。」

「香山さん。この資料のことなんだけど・・・。」

とにかく、みずほは忙しい。

しかし、本人はこの状況を結構楽しんでいる。

なので、同じ営業事務の女性社員から陰口をたたかれることもあるくらいだ。

まあ、それはやっかみなのだが。

そんな事を言うものなら、営業の木下が黙っていなかった。

木下は、営業で一番の成績を誇っている人物で、実はみずほに淡い恋心も持っている。

勿論、みずほはそんな木下の心など全然気にもしていない。

なので営業の女性社員たちは、みずほに悪口を言うことは自分の首も閉めるということを、暗黙の了解としていた。


そんなみずほの元に、1本の電話がかかってきた。

「香山さん、1番に電話。」

「はい。ありがとうございます。」

みずほは、そう言うと、1番のボタンを押し、電話に出た。

「はい、香山です。」

「みずほ?」

聞き覚えのある声だ。もしかして・・・。

「灯?」

「うん。この時間は、多分携帯に出ないと思って・・・。」

「あんたが会社に電話してくるということは、よっぽどの緊急なのね。なにかあった?啓介との事?」

「まあ・・・それもあるかな・・・」

灯が、答える。

「今日、金曜日でしょ?みずほ会社が終わったら会えないかな?」

みずほが会社が終わるのはPM11:45終電間際だった。

灯も仕事が終わるのは、PM11:30。みずほと会うには丁度よい時間だった。

「分かった。じゃあ、仕事が終わったらいつものバーで。」

「じゃあね。仕事頑張って。」

そういって、灯は電話を切った。

どうしたんだろう、灯。いつもは滅多に会社に電話してこない子なのに。

彼女は、弱冠不安になった。


それから、AM12:00

みずほと灯は会社が終わった後、お互いの会社の近くにある、『有楽町バー』で会った。

金曜日ということで、少し店内はにぎわっていた。

みずほが店内で、灯を探していると・・・

「みずほ。こっち。」

灯が、みずほを呼んだ。

みずほは、ハイヒールをこつこつ響かせ、灯の隣に座った。

灯はカウンターにいた。

すでに、バーボンの水割を飲んでいる。

みずほは巻いていた紫のストールを椅子に掛けると、バーの店員がみずほのカシミアのコートを預かりに来た。

イケメンのバーの店員は、ストールとカシミアのコートを持ち、みずほに番号札を渡した。

髪の毛先を軽くカールしているみずほは、ドライマティーニを注文した。

灯は少し痩せていた。

いや、少しやつれたのかもしれない。

みずほは、やっぱり灯に何か起きていることを悟った。


みずほが来ない間、灯は今日話すことを整理していた。

まず、啓介とのセックスが上手くいかないこと。

フェラをしようとすると、どうしても吐いてしまう事。

もう、啓介に気持ちが無いのに、事態は勝手に動き出してしまった事。

生田さんに気持ちがあって、もう止められないこと。

この4つを、みずほに聞いてもらおうと、メモに書き出していた。


「仕事の方は順調なの?」

灯が、明るく言う。

「まあねー。灯の方は?男の子たちは元気?」

「元気だよ。またみずほと飲みたいって言ってたよ。」

みずほは金曜日の夜に、時々、灯とシオンの遅番の従業員の男達と飲みに行っているのだ。

なので、シオンの従業員はみずほのことを、『みずほ姐さん』と言って慕っていた。

彼女も、この呼ばれ方にそんなに悪い気はしなかったし、今やみずほは、遅番の従業員のよろず相談所になっていた。


「灯?相談って何?」

みずほが単刀直入に聞く。

「実は・・・。」

すると、灯が答えようとした矢先、「ドライマティーニです。」とバーのバーテンダーが差し出した。

中に、オリーブが入っているドライマティーニが出て来た。

弱冠間が空いたが、灯はまた勇気を振り絞って、今までの経緯を話し始めた。

それを頷きながら聞くみずほ。

30分ぐらいかけて、灯がすべてを話し終えると、みずほは、「うーん。」とうなった。

「要するに、灯は啓介と別れたいと。でも、事態が急速に結婚の方に進んでいて、どうしてもそれを言うことが出来ないと。」

「うん・・・。」

「しかも心は啓介から離れてしまい、生田君に心が行ってしまったと・・・そういうことね。」

「そうだね。しかも啓介とのセックスとの時は、吐いちゃうし。こんなこと今まで無かったのに。」

灯は泣いた。しかし、みずほが投げかけた言葉は、意外に厳しい言葉であった。

「そりゃあ吐いちゃうわよ。だって、もう心が啓介に無いんだもの?」

「えっ?」

「灯。駄目だよ。もう啓介とは。はっきり言わないと彼可哀そうだよ。だって、啓介はもう覚悟が決まっているのに、灯がグルグルしているんだもの。もしかして、二股かけるつもり?」

「そんな!そんなこと考えても見なかった。啓介は優しいし・・・私さえ我慢すれば・・・。」

「それで、彼とのセックスの度に、吐いちゃうわけ?もう、灯の身体が拒否っていることぐらい、啓介だって今にわかっちゃうよ。」

「そうだけど・・・。」

灯は、ハンカチで涙を拭った。

更に、みずほの話は続く。

「それに、生田君の事好きって言ってたよね。彼も私に気があるって。言っとくけど生田君は今好きな人がいて、灯のことは考えていない。このままで行くと、あんた、生田君に遊ばれるよ。」

「何で、みずほがそんなこと知っているの!?」

灯が驚愕した。

「この間、お昼食べているときに生田君が来たのよ。生田君が通っているダーツバーに好きな人がいるって、その人は芯が1本通っている素敵な女性だって。あんたとは正反対の女性だよ。それなのに、あんたはまだ生田君の事を追いかけるの?」

灯は黙った。

現実はこんな事だったなんて。

私と、生田さんは、赤い糸で結ばれていると思っていた。

なのに・・・現実は啓介に心はなく、生田さんにも私に対する心が無いなんて。

私一人で、何を舞い上がっていたんだろう・・・。

「ちょっと、1人で考えて見る。」

「そうだね。灯がこの事実を知っても、それでも生田君の事を好きで好きで好きなのならば、遊びでもいいんじゃない?」

「そうね。でも、そうはならないわ。私が欲しいのは、恋人だから・・・。」

灯が、笑って答える。

「何か、食べようか。」

「そうね。私ウインナー盛り!」

「じゃあ、私は、このおつまみセットにしようかな。それとチーズ。」

2人はその後、AM3:00位まで盛り上がった。


それから、2人はそれぞれの家路に向かってタクシーに乗車した。

みずほは、やけに明るい灯を気遣ってはいたが、自分も帰らなければならなかったので、灯をタクシーに乗せ、発車させた。

灯は上機嫌だったが、やっぱり気持ち悪くなり、途中タクシーから降りて、外で吐いた。

彼女は泣いていた。

それから、灯が自分のマンションに着いたのは有楽町から30分後であった。

ふらふらになりながら、灯は、古いマンションの階段を上り、自分の部屋に着き、鍵を開けた。

真っ暗な部屋に、岩塩ランプが一筋灯っていた。

灯はぺたんと座ると電気もつけないまま、その岩塩ランプを見ていた。

何もかも真っ暗闇であった。

生田さんに、好きな人がいるなんて!

灯は、頭を抱えた。

遂には、先程みずほが言ったことは全部嘘なんだと思いたかった。

灯はそう思うと、暗闇の中でスマホを取り出した。

着信アリと、その携帯には表示されており、見ると、啓介と母からの着信であった。

灯は、それを無視し、こんなに遅くにもかかわらず、どこかへ電話を掛け始めた。

『プルルルル。プルルルル』

「はい、ロゼッタです。」

「あの・・・占いをお願いしたいのですが・・・。」

灯が掛けたのは、占いダイヤルだった。






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