第4話 焦土よ、夢であれ。

 黒煙、劫火、炭色の残骸。

 村の入り口から見渡した風景は、一つ残らず蹂躙し尽くされている。数時間前には確かにあった『平和』は跡形もなくなくなっていた。


「ウソ……だろ?」


 ジュリオが膝から崩れ落ちた。

 彼の店も、幼い頃遊んだ広場も、二人で登った大木も、全てが赤黒く燃えて無残な姿を晒している。火に煽られて肌はヒリヒリと熱いのに、伝う汗は冷たく体は震える。

 必死に平和の面影を探しながら、ダンテの頭は繰り返し問う。どうしてこうなってしまったのだろうかと。繰り返し願う。どうか夢であってくれと。しかし、焼けた空気が喉を焦がし、これがどうしようもなく現実なのだと知らされてしまう。

 掠れた声を震わせて、ジュリオがなんとか言葉を紡いだ。


「誰か、誰も、いないのか……?」

「っ!そうです!まずは生存者の確認をしなくては!」


 ハッとして村の中央に向かって走り出そうとしたハイリー。

 その後ろから、突然声がした。


「生存者ぁ?そんなの、もういないんじゃないかなぁ?」


 同時に、ジュリオに向かって火球が飛んで来る。いち早く気がついたダンテが、あわててジュリオを引き摺り倒した。

 火球は僅かにジュリオの肌をかすりながら後方へ飛ぶと、三人の背後で激しい炎と黒煙を上げた。


「大丈夫か!?」

「お、おう……」


 目を白黒させるジュリオ。突然の攻撃に、ハイリーは緊張した面持ちで剣を構えた。ほのかに輝く剣を火の粉が掠める。


「私の後ろに隠れて!お二人は私がお守りいたします!」


 一陣の風が吹き、火の粉が舞い上がる。風は三人を嘲笑うように周囲をグルグル巡る。炎が燃え盛るバチバチという音に入り混じって、先ほどのおぞましい声が再び聞こえてきた。


「……おやおやまあまあ、メンドクセェのがいるなぁ。弱そうなヤツから順番に潰そうと思ってたのに」

「誰です!?正々堂々、姿を見せなさい!」


 警戒しながら前後左右を見渡す。薄気味悪い笑い声が四方八方から轟き、気がつくと目の前に男がいた。あれだけ警戒していたのに、その男は、忽然と姿を現したのだ。


「ヤッホー。魔王様のお使いで、ちょっとばかり暴れさせてもらいましたよぉ」


 禍々しい六対の黒い翼、青い鍵爪に、青い蜥蜴のような尻尾。そして長く尖った耳は、魔族と呼ばれる種族の特徴だ。

 長い黒髪を垂らした顔は作り物のように整っているが、下卑た表情で歪み崩れている。その口から飛び出すのは、金属を擦り合わせたかのような甲高い笑い声。


 魔族の男は右手で炎を弄び、左手で焼死体をダンテたちの目の前に投げ捨てた。

 そのあまりの凄惨さに、小さく「ひっ!」と悲鳴をあげるハイリー。ダンテとジュリオも声をあげ、思わず体を強張らせる。

 年齢も性別も判別することが難しいほど焼き尽くされた死体。地面に叩きつけられた衝撃でボロボロと崩れる姿を見て、ハイリーは辛そうに唇を噛み締めた。彼女は死体に向かって短く祈りの言葉を捧げ、顔を上げて男に問う。


「貴方が、この村に火を放ったのですか!?」

「聞いてどうするのさ?まぁ俺様だけど(笑)」

「私は勇者です!魔王の悪行から人々を守るのが勇者の役目!貴方がこれ以上悪事を働けないよう、この場で倒させていただきます!」


 剣を構え走り出すハイリーの目の前に、炎の突風が襲いかかる。


「なんのっ!」


 剣で地面を抉り上げ、土壁で炎を防ぐ。そのまま勢いを着けて敵の右側に回り込み、回転する勢いを利用して剣を振り下ろした。

 魔族はその攻撃を片翼で受け止め、にっこりと笑う。


「がんばるねぇ~。勇者ってどいつもこいつも無謀で、俺様、嫌いじゃない」


 笑顔のまま、剥き出しのハイリーの腹に手を当て、爆発を起こす。

 爆撃をもろに受けたハイリーは吹き飛び、ダンテたちの前に転がってきた。あわてて駆け寄り様子を見るが意外にも軽傷で、直接攻撃を受けた腹部は火傷もなく無事であった。


「お前、大丈夫かよ!?」

「……前勇者様の聖なる鎧のお陰で、まっっったく問題ありません痛くありません!全然平気です!」


 口ではそういうものの表情は辛そうで、相応のダメージは受けているようだった。

 ダンテに支えられながら立ち上がったハイリーの鎧が微かに発光し、自動治癒オートルーメッドの魔術が発動する。その光を見て、ダンテは微かに眉を動かした。

 油断せず、魔族から目を離さないようにしながら、ぽつりとダンテは呟く。


「……それ、父さんの鎧か」

「そうです。これは前勇者様から受け継いだ言わば『聖鎧』。前勇者様の力と神様のご加護により、この鎧を身に付けているうちは私が倒れることは絶対にありません。大丈夫、この男は私が何とかします」


 自らの足で立ったハイリーは再び魔族の男に向けて剣を構えた。ダンテたちに細い背中を向け、迷いのない声で彼女は言い放つ。


「だから、さあ!貴方がたは早く逃げるのです!」


 しかし、ハイリーの声と同時に魔族の男が鉤爪を鳴らし、周囲は炎の壁に包まれてしまった。


「いやいや、逃がすわけがないじゃん」


 ケタケタと笑う男の声が炎に反響する。相手はたった一人なのに、圧倒的な戦力差を感じさせた。

 赫々と燃え盛る狂気じみた炎の壁はじりじりとその範囲を狭め、静かに死を運んでくる。一秒が恐ろしいほどに長く感じる中で、男はさらに煽る言葉を投げ掛けた。


「墓に入れる骨すら残さず焼き尽くしてやるよ……って、墓に入れてくれる人間も、もういないか」

「では、この村の人たちは……っ!」


 最悪の事態を想像したハイリーの歯がギリリと音を立てる。怒りとも悲しみとも、悔しさともつかない表情で男を睨みつける彼女の肩をダンテが叩いた。


「嘘かホントかもわからんそいつの言葉に耳を傾けるな。今はまず、この状況をどうするか考えよう」

「そ……、そう、ですね!もちろん、勇者たるもの、この状況を必ずや打破してお二人を助け出しますとも!」


 ハッと冷静さを取り戻したハイリーは力強く頷き、剣を握り直す。その様子を見ていた男は、嬉しそうに笑った。


「やっぱり、勇者ってバカだなぁ可愛いなぁ」

「軽口はそこまでです!覚悟なさい!勇者ハイリーが、貴方を打ち倒します!」

「俺様はディッキーだ。受けて立とうじゃないか、お姫様よぉ!」


 二人の視線は混じり合い、次の瞬間、鋭い金属音と共に激しい斬撃が飛び交った。ディッキーと名乗った男は実に楽しそうに、ハイリーの攻撃を躱し、受け流し、弄んだ。


 火の粉が舞い、火花が散る、熱く激しい戦いが始まった。

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