第106鱗目:おばあさん、龍娘

 窓から入ってくる涼し気な風がチリリンと風鈴を鳴らし、その音が無言で俯いて正座をしているちー姉ちゃんとその目の前で微動だにせず、目を瞑って正座しているちー姉ちゃんのおばあさんの居る広い座敷に響き渡る。


「…………」


「…………」


 ちー姉ちゃん…大丈夫かな……


 僕はそんなちー姉ちゃんを心配しつつ、廊下の角からほんの少しだけ頭をだして、無言で座っている2人を遠くから見ていた。

 なぜこのようなことになっているのかと言うと、それは数分前、いや結構時間が経ったから約1時間くらい前、僕達が到着した頃まで遡る。


 ーーーーーーーーーーー


「おばあちゃんただいまー!」


「お、お邪魔しまーす……おぉ……」


 家の中も凄い……なんか古い御屋敷みたいな感じだ。いや、多分実際にそうなんだろうなぁ。


 庭に着地した僕はちー姉ちゃんに連れられて玄関へと入り、外に引けを取らないほど趣のあるちー姉ちゃんの実家に圧倒されていた。


「ほら鈴ちゃん、上がって上がって」


「えっ、いいの?」


 というかちー姉ちゃんもう上がってるし。


「いいのいいの、それに他に車も無かったからまだ誰も来てないしね。私達が一番乗り〜────」


「なんね、もう帰ってきたとね千紗、んでそん子は誰ね?」


「「うわぁぁ!?」」


 びっ、びっくりしたぁ!


 ちー姉ちゃんに言われるがまま恐る恐ると家に上がった僕は、廊下の分かれ道に差し掛かった所で突然横から声をかけられ、ちー姉ちゃん共々驚かされる。


「もーびっくりしたよばあちゃん」


 この人がちー姉ちゃんのおばあさん…………なんというか………


「あーたが珍しく帰ってくるって聞いたけん、ばあちゃん楽しみにしとったとよ」


「あはははは、ごめんねばあちゃん。忙しくてなかなか帰れなくて」


 ザ、昔のおばあちゃんって感じだ……!


 ちー姉ちゃんと楽しげに話すおばあさんは皺の多い顔に白髪、そして歳の割には真っ直ぐ伸びた背に着物という、一昔前のおばあちゃんという人だった。


「それで、あーたが後ろで廊下の角から顔だけ出しとるそん髪が灰色か子は?頭になんかつけとるばってんが」


 ぼ、僕の事だよ……ね?頭に何か付けてるのって僕だけだし……


「あらあら、鈴ちゃんそんな所に引っ込んでないで出ておいでー」


「う、うん」


 少しドキドキと緊張しながら、驚いて廊下の角に隠れていた僕は1歩踏み出して、ちー姉ちゃんのおばあさんの前へと姿を見せる。

 するとおばあさんは僕の姿を見て少しの間息を呑むと、次の瞬間それまでののんびりとした雰囲気は消え去り、おばあさんはちー姉ちゃんに僕の事を問い始める。


「あーた、こん子どぎゃんしたとね」


「えっと、この子は身寄りがなくて、だから私が引き取って、今は一緒に暮らしてて……」


 ちー姉ちゃんなんだか話にくそう……いやまぁそりゃそうか、唯一の身内って聞いたおばあさんに何も相談もせずに勝手に決めちゃったんだから。


「そんだけね?」


「……」


 ちー姉ちゃん……


 流石のちー姉ちゃんもおばあちゃんには勝手にした事が後ろめたくて言い難いのか、厳しい表情をするおばあさんを前に黙って俯いてしまう。


「そんだけね?」


「……養子縁組を………法的な親子関係を……結びました……」


「………千紗、座敷に来なさい」


「…………はい」


 ちー姉ちゃん大丈夫かな……?というか僕はどうすれば……


「あの、えと、僕は……」


「おっと、あーたさんはどぎゃんとこでもおってよかけん、ちょっとまっとってください」


「ど、どぎゃん?」


 ど、どういう意味?


「どこに居てもいいからちょっと待っててって事だよ。それじゃあ鈴ちゃん、私ちょっと行ってくるから」


「う、うん……分かった」


 ちー姉ちゃんは僕におばあさんの方言を説明すると、頷く僕を見てから先を歩くおばあさんの後を微妙な笑顔でついて行ったのだった。


 えっと、えーっと……それじゃあ僕もとりあえず…………隠れてだけど一応見とこうかな………?


 ーーーーーーーーーーー


 そんなこんなあって今に至るという訳である。


 それにしてもちー姉ちゃん達、いつまであのままなんだろう…………そろそろこの体制もきついんだけど…………


 そんな無言の時間が暫く続いていると、吹いていた風がピタリと止み風鈴の音が消え去る。するとそれを合図にしたかのように、おばあさんが目を開いて話し始めた。


「千紗」


「……はい」


「あん子をあーたはどうしたかとね。どうして何も言わんで、あん子とそぎゃん関係ば結んだとね」


 …!そういや………なんでちー姉ちゃんがあんな即決で僕と……僕と家族になってくれたのか…………まだ知らなかった………


 僕はおばあさんがちー姉ちゃんにそう聞いたのを聞き、何故ちー姉ちゃんがあんなにも即決で僕と家族になってくれたか、まだ僕がその理由を知らないことに改めて気付く。

 そして僕はそれを聞こうと、もう少し角から体を乗り出す。


「……私は…私は鈴ちゃんば助けたくて…………」


「あん子ば助けたくてその場の勢いでね」


「違か!そぎゃんその場の勢いだけじゃなか!あん子、鈴ちゃんがどぎゃん子でどぎゃん生活ばしとったか知ったけん私は……!私が!私が助けたい、守りたいって思ったけん!皆に鈴ちゃんば任せて貰ったと!!」


 感情に任せて喋ったからか、それとも長い年月共に過した本当に心を許せる相手だったからか、はたまたその両方か。

 そのせいで素が出たであろうちー姉ちゃんは顔を上げ、おばあさんと同じ方言で捲し立てるようにしておばあさんへそう言う。

 そしてそれを聞いた僕は、あの時僕と即決で養子縁組を結んでくれた時にちー姉ちゃんが三浦先生へと喋った事は本心だったのだと、僕は確信を得た。

 喋り終えたちー姉ちゃんが息を荒くしておばあさんの目を見返す。するとおばあさんは立ち上がり、1歩前へ出て手を上げると───


「ならばよし!あーたはその場の勢いだけじゃのうて、自分の本当の、心からの想いで本当に困ってた子ば助けた!それならばそれはヌシの正しい正義や!」


「ばあちゃん……」


 ちー姉ちゃんの頭をポンポンと優しく叩いて撫でたのだった。

 そして撫でられて恥ずかしそうでもあり、嬉しそうにもしているちー姉ちゃんに向けていた優しい目を僕の方へ向けると、イタズラっぽくニヤっと口を歪ませる。


「それに……あん子もあーたばたいぎゃ好いとるみたいだけんね」


 ヤバっ!おばあさんにばれてた!


「えっ?あっ!鈴ちゃん!?」


「逃げる!」


「ちょっ!待ちなさい鈴ちゃん!もしかして私が方言喋ったの聞いてっ!?」


「ちー姉!」


 危ないっ!


 長時間正座して足が痺れていたのか、おばあさんに僕が居ると教えて貰ったちー姉ちゃんは立ち上がった際に、バランスを崩して倒れそうになる。

 そして逃げようとした僕はそれに気が付き、身を翻してギリギリでちー姉ちゃんの下へ滑り込むと、その体を僕は背中と翼でしっかり受け止める。


「いっててててててて……鈴ちゃんありがとう。大丈夫?」


「どういたしまして〜……ちょっと畳で擦って熱痛かったけど大丈夫」


 ちー姉ちゃんの方言っていう珍しいのも見れたしね。どちらかと言えばプラス。


「もしかして鈴ちゃん、さっきの私の話……全部聞いてた?」


「さぁ〜ねぇ〜」


「あっ!鈴ちゃん絶対聞いてたでしょ!忘れなさーい!」


「やーだね!」


 心の奥底にしまっといてやるぜふひひ。


「あらあら、中がよかことよかこと。さてそれじゃあ、一番乗りで来た孫娘共には色々と手伝ってもらおうかねぇ」


 僕達が重なり合ったままそう言い合って居ると、おばあさんはクスクスと笑いながら僕達へとそう言ってくるのだった。

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