82.対話
「……!」
シエラは驚き、言葉に詰まる。
起動するように準備を進めてきたとはいえ、全てがはじめての経験であり、一回目の処理で起動に成功するかどうかは半信半疑だったのである。
「……音声出力魔法を調整。最適化……、おはようございマス、お母様」
自動人形が先ほどよりもクリーンな音声で言葉を発する。
筐体の喉奥に発話用の音声を出力する魔石が埋め込まれており、それを自分に合うように調整していたらしい。
声の雰囲気はリサエラに近くもあるが少女らしさも混ざっており、聞き覚えのない声質である。
二度目の呼びかけで、シエラの意識がようやく復帰する。
「お、おう。おはよう。起動は成功した……のか?」
「部分的には、イェス。ですが、動作命令記述の四十一行目、百二十三行目、百五十二行目にコンフリクトが発生しており身体を動かすことができません、お母様。――このような最低限のデバッグすらされなかったのデスか?」
なんと、彼女は自己診断も行うことができるようだ。しかしそんなことよりも、シエラは最後の言葉にぴくりと反応する。
「なんじゃおぬし……毒舌を吐くようには設定しておらぬはずだが。そもそも、人格や性格については何も規定していないわけだが……」
「何か問題でもございマスか?」
「…………、まあ、とりあえずはよい。魔石を書き換えるには筐体に触れておらねばならんのでな、失礼するぞ」
なんとも人間らしい反応を返す自動人形に断ってから、筐体の腹部に触れる。
魔石からの情報を改めて読んでいると、確かにセーフティ部分の命令に矛盾が発生しており、全身を巡る金属神経ワイヤーに魔力を送れないようになっていた。
それらを適切な内容に書き換えてから、再度腹部の魔石へと転写する。
「……どうじゃ?」
数歩後ろに下がってから、シエラが聞く。
すると、自動人形はゆっくりと上体を起こし、シエラの目をまっすぐに見つめた。
「
彼女はそういうと、テーブルからゆっくりと降り立ち、身体を捻って全身の動作を確認し始める。
「各関節は、正常に機能していマス。筐体の強度にいささか不足を感じマスが」
「それはそうじゃろうな。まあ仕方なかろう……。……うん? いや、それは何と比べてかや」
「ハイ。私の前身……前世……元来……、の身体は非常に強靭でしたので。アレのことデスが」
そう言って、彼女は後ろに見える巨大な白龍の亡骸を指さす。
「おぬし……記憶があるのか?」
「部分的には、イェス。大脳が失われており、パーソナリティは99.2%が欠落していマスが、自身がどういった存在であったかは、核の中枢に焼き付いていマス。なにやら、最後は棒切れ一本で向かってきた人間に敗れたようデスね。――そう思えば、あの身体も案外脆弱だったということかもしれまセンが」
それを聞いて、シエラは内心で頭を抱えた。
「あー……それはわしの身内じゃな……。……こうして、生命を弄ぶ形になってしまったことは、すまないと思う」
しかし、彼女はシエラの言葉に眉一つ動かさなかった。
「魔物は、輪廻する存在。どう生きてどう朽ちても、最終的にこの世界の輪廻に還っていくだけデス。そも、前の身体は1000年以上前より存在しており、暇していたところでシタ」
「……そうかや。では……改めて、いくつも聞きたいことがあるが、よいかの」
「イェス。なんなりとお聞きくだサイ」
自動人形はそう言って、着てもいないスカートを持ち上げる動作とともにお辞儀をした。
「……では、おぬしは今どの程度わしの制御下に入っておる?」
「その質問は、いささか含意が広いと判断しマス。私の行動、言動については規定のセーフティの範囲内であれば自由デス。お母様の設計の通りでは?」
「まあ、そういうことにしておくか。では次だが……その《お母様》というのは何じゃ?」
その質問に、自動人形は小首を傾げた。
「自らの創造主を何と呼称すべきか、ライブラリを参照した結果デス。ある者が新たな生命を創ったとき、その者は母になるものと記憶していマス。別の呼称をご要望でしたら、なんなりと」
「別にそのままでもよいが、見た目の上ではせいぜい姉妹のようにしか見えぬしな……。マスター、というのはどうかや」
「かしこまりました、
何か発音に違和感があるような気もするが、ひとまず頷くシエラ。
「それで、おぬしのその自我はどうやって形成したものなのじゃ? 先に言った通り、わしはそういったものは全く設定した覚えがないのだが」
自我がどこから来たものなのか。まともな人間であっても答えに詰まってしまう質問ではあるが、彼女は淀みなく口を開いた。
「私の自我、人格、意識を形成しているものは、
「なる、ほど……、わしでは想像の及ばぬ領域だが、そういうものなんじゃな。 では最後になるが……わしに何か、要求はあるかの?」
予想外な質問だったのか、今度は答えるまでに二秒かかった。
「――個体名を、いただきたく思いマス」
「ああ、確かにそうじゃな。あったほうがなにかと都合がいいか」
「それだけではございまセン。名は世界に刻まれ、個としてこの世に存在を確立するための、重要な
「なるほど、魔法的な力の満ちるこの世界では、そういった考え方もあるか。以前の名――《ザ・ホワイト》というのは誰につけてもらったものなのかや?」
「今となっては、わかりません。気づいた時には私はすでに《ザ・ホワイト》であったし、彼の地の者たちからその名で呼ばれていまシタ」
「ふむ、そうか……。……実は、おぬしの名はもう考えておったのじゃよ。――《ハツユキ》。……どうじゃ」
《ハツユキ》。その名を聞いた自動人形は、目を伏せ、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございマス、お
「な、なんじゃと……!」
そのやりとりを聞いていたリサエラが耐えきれず吹き出し、それに釣られてシエラも苦笑を漏らす。それを見る自動人形――ハツユキの口元も、ほのかに笑っているように見えた。
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