80.設計

「自動人形……オートマタ、ですか?」


 リサエラは何を唐突に、という顔で聞く。


「うむ、そうとも言うな。コレは魂を入れる器を内包しているのだから、さらに外殻となる身体を作って命令を規定すれば動かせるのでは、と。まあそういう単純な思いつきじゃが」

「なる、ほど……非常に興味深い発想かとは思いますが、実現したとしても核の持ち主が持ち主ですし、危険では……?」


 リサエラの懸念ももっともである。核の持ち主だった白龍はシエラでは足元にも及ばない戦闘能力を持っていたのだ。リサエラでも単身では討伐できないであろう強敵である。


「それは確かにのう。だが、筐体を丈夫にしなければ力は出せぬだろうし、魔力は《絶界符》を応用すれば異相に飛ばして抑えられるじゃろう。

 ……そもそも、この核にはたしかに白龍の魂の残滓は残っておるだろうが、記憶は残っておるのかのう。ちゃんと方向付けしてやれば、そう悪いことにはならんのではと思うんじゃが……」


 途中からは説明というよりリサエラを説得するためのお伺いと化していたが、シエラの語った考えに嘘はなかった。

 リサエラはしばらく考えていたが、考えがまとまったのか一つ頷いた。


「……ええ、シエラ様がそうお考えなのであれば、私からは何も」

「……本当は反対しておるのか?」

「いいえ、私はシエラ様ならば成功させられると信じております。それに、《エレビオニア》にも存在しなかった人工の自動人形――、実現するところを私も見てみたいですから」

「――よし、それならば早速基礎設計に入るとするかのう。魔法銃の時とは違って、ハード面以上にソフト面のほうが大変そうだが、楽しくなってきたぞー!」


 リサエラは、特にこの世界に来てからはシエラに危険がないように行動してきた。リスクのある選択はしたくはないのだが、シエラが非常に楽しそうなので、選択の針が振り切れたのであった。それに、何かがあっても自分が守れば良いのだ、と考えていた。




「ふーむ、筐体はこんなものかのう……」


 数時間後。作業テーブルの上には何枚もの紙が敷かれていた。そこには人型の人形の設計図と、各部関節の構造が記されている。

 そこに、白いトレイを持ったリサエラが戻ってきた。


「お菓子と紅茶をお持ちしました。そろそろ休憩されてはいかがですか?」

「おお、ありがとう、リサエラ。では言葉に甘えるとしようかの」


 そう言ってシエラが資料を脇にまとめると、空いたスペースにリサエラが紅茶を置いていく。いつ見ても優雅な所作で、どうやって身につけたものなのかシエラは興味がつきない。


「どういったものになる予定かお聞かせいただいてもいいですか?」


 紅茶とクッキーを美味しそうに楽しんでいるシエラを見て幸福を感じつつ、リサエラが聞く。


「うむ、では聞いてもらおうかの」


 シエラはクッキーをくわえたまま、リサエラに何枚かの資料を手渡す。


「なるほど、女性型なんですね」

「特に理由はないのだが、まあどうせ作るなら可愛らしいほうがいいじゃろ」


 資料には、シエラより若干背が高い少女型の設計図が描かれていた。胸の膨らみが中の下ほどの大きさなのは、構造上の都合かシエラの趣味によるものかは定かではない。


「それはなんとなくわかる気がします。各部関節の構造は何か参考にされたのですか?」

「うむ、わしがあっちで集めていたプラモデルだったり、フィギュアだったりじゃな。シンプルなほうがメンテナンス性も高そうじゃろ。ただ胴体に関しては、ある程度本物に即した骨盤、背骨、肋骨などを入れるつもりじゃ。胴体にあまり単純な関節を用いると、挙動が人間とかけ離れてしまい動作を設定するのが不便になりそうなのでな」

「なるほど……しかし、シエラ様がこういった人体の構造に強いというのは初耳でした。なにか医療関係のお仕事をされていたのですか?」

「ん、ああ、いや特にそういうわけでもないが……、絵を描くのに解剖学を勉強したのだが、思いの外面白くてな。多少ハマったというだけじゃよ」


 照れ隠しに苦笑いをしながら、シエラが語る。


「やはり、なんでも役に立つ瞬間があるものですね。ところで……お腹の球体構造は核の収納部ですよね? 今の核はどうにも人間サイズではありませんが……収まりそうですか?」


 設計図の胴体部分、下腹部寄りの部分に、内蔵の代わりに金属の球体構造が記されている。

 そこから全身に魔法金属のワイヤーの束が伸び、血管のように全身を巡っている。


「うむ、少しずつ解析を進めているのだが、どうやらこの核の大きさというのは変化するものらしい。説明が難しいのだが……魔物核はほぼ全ての成分が固形化した魔力なわけだが、そもそも魔力や魔素といった魔法的エネルギーは本来実体を持たないもの。故にその存在は曖昧であり、魔物核にしても然るべき手順を踏めば、大きさを変化させることができる……のではと考えておる」


 シエラが少しずつたどり着きつつある理論を語ってみるも、リサエラは難しい顔をしているままだ。


「確かに……魔法は非現実的な力ですし、そういうこともありうる……のでしょうか。すみません、私にはまだ理解できない領域のようですが……」

「いや、まあわしもまだ理解を深めている最中の仮説じゃからな。必要な手順や手続きについてもある程度は目星をつけたので、あとで実践してみようと思う」


 シエラ自身としても、魔法などという目に見えない不思議な力のことを語ると全く現実感がないのだが、それを言ってしまうとこの世界自体が非現実そのものである。


「とはいえまあ、ハード面についてはこんなところじゃな。次は……ソフト面の設計に入ろうかの」


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