61.儀式

 リサエラが振る舞った夕食は非常に豪勢かつ美味であった。

 料理スキルのほうはかなりの上達を遂げているようで、多数の魔物食材も並んでいたが、それらは全てこの世のものとは思えないほどの美味さでシエラを驚かせた。

 シエラはリサエラに勧められるままに食事を平らげ、腹いっぱいになって満足していた。

 食事の間は会っていなかった期間の出来事などを話しており、用事の核心には触れていなかった。

 リサエラも無理にその話題に触れようとはせず、シエラが話し出すのを待っているかのようだった。


「……というわけで、その持ち家もなかなか良い店になっていると思うのでな、リサエラにも見せてやりたいものじゃ」

「それは素晴らしいですね、シエラ様。そういえば、報告が遅れましたがこの天空城《アルカンシェル》はすでに数日前よりエリド・ソル王国の国土上空に到着しております。現在は降下地点の選定を行なっている状況です」

「おお、それは良い知らせじゃな! して、降下地点とな?」


 アルカンシェルの移動についてはシエラはリサエラに任せたまま忘れてしまっていたので、これは嬉しい話である。


「はい、私や、人間に擬態できる一部の眷属をエリド・ソルに派遣する計画が進行中です。なので、他者に見咎められない降下地点を設定し、そこから入国できればと考えています」

「なるほど、そうしてくれれば心強いというものだな。まあそこまでして無理にわしに助力する必要はないとは言っておくが……お主は聞かぬのじゃろ」

「はい、御明察でございます」


 当然のことと微笑むリサエラに、こいつは参ったと白旗を上げるシエラ。それが本当に彼女のやりたいことなのであれば、シエラがこれ以上口を挟む必要はない。


「まあ……わしにとってはありがたい限りじゃが。あー……それでじゃな。今日の本題なのだが……」


 夕飯も終わり、そろそろ本当に時間切れだ。それを悟ったシエラは姿勢を正し、リサエラを見る。


「はい、シエラ様。なんなりと」


 リサエラはいつもの調子である。どんな突拍子のないことを言っても受け入れてくれそうな安心感があると同時に、自分はいつもその優しさに甘えてばかりだ、と感じるシエラ。


「実は、じゃな。今、至急助力を借りたい件があって」

「……? なんでしょうか? 私にできることであれば何でもいたしますが」

「……そのー……わしは、おぬしの血が欲しいのじゃ!」


 言ってみれば、実にあっけない。妙な内容ではあるが。

 それを聞いたリサエラは、不思議な表情をしたあと、何かを考え、何故か少し赤面してから、納得した顔になってうなずいた。


「……なるほど! そういうことでしたか。私の血でよければ、どうぞお使いくださいませ、シエラ様」

「……助かる。変な頼みですまぬな。では……」

「では、お風呂に参りましょう!」

「な……!?」


 シエラは言葉を遮られ、いつかのようにそのまま大浴場に連行されたのであった。




「私の血を捧げるのですから、お互いに汚れを清めなければいけませんよね、シエラ様」

「そう……じゃろうか?」


 シエラの小さな身体を手際よく洗っていくリサエラは、何故かはわからないがかなり上機嫌に見える。

 しっとりと濡れて艶やかな黒髪や、整ったボディラインを意識してしまい、シエラとしてはリサエラの機嫌をうかがうどころではないのだが。

 お互いに身体を綺麗にしたあと、二人はプールのように広い浴槽の中央で湯に浸かっていた。


「こちらに来ても、シエラ様の《吸血衝動》は健在だったのですね」

「ああ、そのようじゃ。もう数ヶ月経っていたからすっかり忘れておったのじゃがな」

「これからは、いつでも私に頼ってくださいね、シエラ様」

「う、うむ。では……」


 向き合ったシエラとリサエラは、やがて主にリサエラのほうから腕を回して抱き合った。ここからシエラが首筋に歯を立て、血を吸うというのが《エレビオニア》式の正式な吸血の儀式となる。

 シエラとしてはその知識は持っていたのだが、リサエラまでもがその儀式を知っていたというのは意外だった。いつかこういうことがあるかもしれないと考えて情報を集めていたのだろうか。

 そんな必要のないことを考えていないと、リサエラの柔らかな肌の感触と耳にかかる吐息におかしくなってしまいそうだった。

 すぐに済ませてしまおう。そう思い、出来る限り優しくリサエラの首筋に口をつけ、尖った八重歯で傷を作る。

 その瞬間、リサエラの身体が少し動き、小さな声が漏れる。

 やはり痛くしてしまったか、と焦るシエラだが、リサエラの血液がまもなく流れ込んでくる。

 暖かく、脈打つ生命の液体。それを飲み込むと、シエラとリサエラの間で確かな繋がりが結ばれるのを感じる。

 吸血鬼が血を吸うことの意味は、決して栄養補給ではない。血を吸う量が大事なのではなく、相手の血を自身に取り込むことで、契約を結ぶ儀式なのである。

 事が済み、残った傷痕に再度唇を当て、シエラでも使える初級の治癒魔法を唱える。すると、数秒とたたずに傷痕は見えなくなった。


「……ありがとうな、リサエラ。おぬしにはいつも世話になっておるな」

「……ありがとうございます、シエラ様」


 シエラが腕を解くと、しばらく間を開けてからリサエラも腕を解いた。


「……で、ではもう出るとするか」


 そうリサエラに言うと、リサエラは小さく首を横に振った。


「すみません、シエラ様。私はもう少し湯に浸かっていこうと思います」


 それはリサエラには多少珍しい反応だった。とはいえ恥ずかしさのまさっていたシエラは「そうか、では先に出ているのでな」と残して大浴場を後にしたのであった。


「……ああ、これは、すごい……。シエラ様、確かな繋がりを、かんじます……」


 一人湯船に残ったリサエラはといえば、既に傷の残っていない首筋を撫で、恍惚の表情で昇天していたのだった。

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