第11話 middle battle2 〜反撃の狼煙~
停電が起こり薄暗闇に包まれた土曜のショッピングモールは、一時騒然となっていた。
「停電……⁉」
「――まさか‼」
何かに勘づいた荒夜は、大窓から漏れる夕陽を頼りに外へと駆け出す。
「おい! “BABEL”の動力源は何かって湊から聞いてるか⁉」
「確か、電力だって……ッ! まさか!」
荒夜の質問の意図を察したルミが息を呑む。
荒夜とルミが外に飛び出した途端、血色の従者たちが一斉に二人に襲い掛かってきた。
飛び出した勢いで二人は迎撃に成功するが、外はレギオンとパニックに陥った観光客で大混乱だった。
二人はほぼ同時に空を見上げる。否、正しくは聳え立つタワーを。
そこには、タワーをよじ登っていくレギオンの大群があった。
「そんな……! “BABEL”が機能していない!」
「いや、非常電源に切り替えるから直ぐに機能はする筈だ! だがレギオンの侵入を外から許しちまった!」
ルミは弾かれたように闇に包まれたタワーを振り返る。まるで怪物が潜む洞窟のように、タワー内部からは不気味な悲鳴が上がっていた。
「なら早く中に戻って、奴を捜そう!」
ルミの提案に荒夜は一瞬頷こうとするが、荒夜は鼻をひくつかせる。狼のキュマイラである荒夜は、一般人より何千倍も鼻が利く。その微かな海風に乗ってきた血の匂いを、荒夜は逃しはしなかった。
「――屋上だ‼」
荒夜はレギオン達が登るさらに上――地上から遥か273m先の屋上を見上げた。
「屋上で輝生がマスターレギオンと戦ってる!」
荒夜が口にした情報にルミは目を見開く。
「それは、確かなのかい?」
「一度会った奴の匂いくらい覚えてるさ! この血の匂いはあの野郎で間違いねェ! しかも例のあの子も一緒だ! あの野郎、このタイミングを計ってやがったのか!」
阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる中、荒夜は舌打ちすると屈伸運動をし始めた。
「悪ィ! アンタは中に戻って湊達と合流してくれ! 俺は別行動を取る!」
「別行動⁉ 一体何を……!」
ルミが眉間に皺を寄せながら尋ねると、荒夜は狼の姿へと変身した。
「輝生とあの嬢ちゃんの救出だ‼」
そう叫んだ荒夜はレギオンが赤く蠢くタワーへと全速力で駆けて行き、レギオン達を足蹴にタワーを駆け上がって行った。
無茶苦茶だ、とルミは一瞬唖然とするが、懐から取り出した手燭で薙ぎ払うと、襲い掛かろうとしていた周囲のレギオン達を光の刃で一掃した。
「隊長! ご無事で!」
昨日からタワー周辺で待機させていたマルコ班の隊員達が、ルミの許に駆け寄ってくる。
「やはり読みが当たったね。では、手筈通り一般人の避難誘導をお願いするよ。……こっちも後手後手ではいられない。もうヨコハマステーションの二の舞は取らせないよ」
「了解!」
ルミの指示に隊員達が散開すると、ルミは夕陽とレギオンで赤く染まっていくタワーを一瞥する。
――テンペスト……!
もう既に黒い狼はレギオンの集団に紛れ、一つの点ほどに小さくなっていた。
「支部長! 高島支部長‼」
非常電源に切り替わり、支部長室のドアが開くと、廊下の惨劇に支部員たちから悲鳴が上がる。
血を流しながら横たわる湊を守るように、ミラリオが上に覆い被さる。
「一体何があったんですか!」
アイシェが支部長室まで駆け付けると、銃声と共に隣にあった花瓶が粉々に砕けた。
――ライフル⁉ 一体どこから……!
咄嗟の判断でアイシェは湊を抱え支部長室に飛び込むと、ミラリオも後に続く。
「アイシェさん!」
「皆さん中に入って扉を閉めて! また狙撃されます! モニターで敵は確認できますか!」
物陰に隠れながらアイシェが支部員に尋ねる。
「今しがた電力が復旧した所です! こ、 これは……!」
電力が復旧したモニターに映し出されたのは、血の従者によって塔の下半分が赤く染まったランドマークタワーだった。
「レギオン⁉ まさか、停電中を狙って……!」
赤い部分が見る見るうちに塔を包囲していき、窓ガラスすら突き破ってタワーに侵入していくのがモニター越しに見えた。
やられた、とレギオンを利用した大規模な奇襲にアイシェは唇を噛む。
「“BABEL”はどうなってる⁉」
「只今復旧作動中です!」
そんな中、治療を施している支部員は、緊張と恐怖で手が震えていた。
「早く、早く高島支部長を病院に搬送させないと!」
「外に出たら狙撃されるんだぞ! 迂闊に出られるか!」
「けど……けど早く輸血しないと! 高島支部長が!」
止血をしようと試みるが湊の血は一向に止まらず、支部員の手を赤く染めるだけだった。
「支部長……目を開けてください! 支部長!」
高島湊というカリスマリーダー的存在を失った今、MM地区支部は混乱を極めていた。
その時、アイシェは重大な事に気が付き辺りを見渡す。
「あの子は⁉ あの子と輝生くんは⁉」
先ほどまでいた筈の少女と輝生の姿が見えないのだ。
「確か、屋上で夕陽を見に行ってくるって……!」
嫌な予感がアイシェの胸の内を過る。
――まさか、マスターレギオンはそれを狙って……⁉
だが、狙撃犯のせいで外にも出られず、通信すらまともに取れない。支部長室に閉じ込められたアイシェ達は、このままレギオンに攻略されるのも時間の問題だった。
最悪としか言いようのない事態に、アイシェはどうにか現状を打破しようと脳内に打開策を張り巡らせる。だが何をどうしても、どう考えても時間ばかりが過ぎていく絶望的な状況が横たわっているだけだった。
――何か、何かこの状況を打破できる一手があれば……この混乱を打ち砕く“銀の弾丸”があれば……‼
アイシェが天井を振り仰いだその時、支部長室の壁に一直線の亀裂が走った。
レギオンの襲来かとアイシェと支部員たちが身構えるが、切り崩された壁の中から現れたのは意外な人物だった。
「――隊長!」
「ルミさん!」
「ごめんよ。外に狙撃兵がいたもので、こちらから合流させてもらった」
MM地区支部員の一人に軽く謝ると、ルミはアイシェの隣にしゃがむ。
「下の階にいた一般人は、隊員達のお蔭で大体避難できたよ。霧谷支部長とUGN本部にも連絡は入れておいた。それと荒夜が言うには……マスターレギオンは屋上にいる」
唖然としているアイシェにルミは淡々と状況を説明する。
「だけど外はほとんどレギオンに埋め尽くされてしまっていた。UGNエージェントも、何人かやられてしまった。すまない」
「そんな! ルミさんだけでも無事で良かったですよ!」
彼らを見捨ててここまで来てしまったことに罪悪感を覚え、ルミはUGN支部員に頭を下げた。
「隊長……!」
「……待たせたね、アイシェ」
「……はい」
アイシェが安堵の息をついた直後、システムの再起動音が支部長室に響いた。
「電力の復旧100%完了! “BABEL”、再起動! 自動迎撃モードに移行します!」
支部員たちから歓声と安堵の声が湧き立つ中、マルコ班の二人はそれをじっと見守る。
「今まで数多のFHの侵攻を食い止めた“BABEL”だ! レギオンなんて一掃してくれるさ‼」
ルミを含む支部員たちが固唾を呑んでモニターに映ったタワーを凝視する。次々とタワーに這い上がっていくレギオンを、“BABEL”のレーザーが一瞬で一掃した。
「やったか‼」
「いや……」
支部長室から歓声が上がる中、冷静に状況を観察していたルミとアイシェは、眉間に皺を寄せたまま爆炎に包まれたモニターを見つめていた。
「な、何だと……⁉」
モニターを監視していたオペレーターが“BABEL”の爆心地からレネゲイド反応の異常なまでの増大を検知する。その直ぐ後、煙の向こうから勢力を弱めない大群の姿が垣間見えた。
“BABEL”は正常に機能していた。だがタワーと地平を埋め尽くす軍団(レギオン)を殲滅させる事は出来なかった。
「そ、そんな……!」
仮に相手が“反逆の聖人”アルフレッド・J・コードウェルであろうとも、オーヴァード個人が単身で挑む限りおよそ無傷では済まないだろう。高重工業の技術の粋を凝らしたセントラルスカイは、それだけの力を有している。
「これが…………レギオン……‼」
だが、今彼らが相手にしているには“マスターレギオン”ヴァシリオス・ガウラス――“軍団”の名を冠する理外の怪物であるのだった。
その埒外な戦力の差、圧倒的な物量による奇襲に、支部員たちは戦慄すら覚えた。
「もうダメだ……“BABEL”でも太刀打ちできない、高島支部長もいないなんて……俺達はオシマイだ!」
オペレーターの一人が絶望に満ちた悲鳴を上げる。だが、そんな絶望的な状況でさえも希望を捨てずに立ち上がる者がいた。
「さて、どうやら今度はこっちが本格的に反撃開始かな……アイシェ」
ルミが扉を睨んだままアイシェに声をかける。
「君に一仕事お願いしたい……やってくれるかい?」
そう言いながらルミは、モルフェウスとエンジェルハイロウの能力で武器を錬成させる。光り輝くルミの手から生み出されたのは、一挺のライフルだった。
「……勿論です。隊長」
ルミの命令にアイシェはにこりと微笑みを返す。
「おい! アンタ達、扉は危険じゃ――」
「このまま袋のネズミというワケにもいかないだろう。今度は、こちらから行かせてもらうよ。君たちはもう少し待機しててくれ。何、直ぐ終わるさ」
言うとルミは扉を少し開け、廊下を覗き込む。直後、一発の銃弾が扉の縁を掠めた。
「やけに腕のいい狙撃兵だね。だけど、サプレッサーすら装着していない狙撃は、自分の位置を知らせる弱点にもなる」
過去の経験から一瞬で狙撃手の位置を見極めたルミは、後方で待機しているアイシェに視線で合図を送る。
片膝を突きライフルを構えているアイシェは、スコープを覗きながら照準を調整していた。
「撃ってくるタイムラグから考えて、恐らく狙撃兵は一人……アイシェ、出来そうかい?」
距離は直線で約700m。眩しすぎる夕陽が集中力を削がせるが、アイシェはスコープ越しに、ビルに潜む従者の姿を捕捉した。
傍らにはライフルが置かれている。間違いない。奴が湊を撃った狙撃手だ。アイシェは乾いた唇を少し舐め、トリガーに指をかけた。
「……はい」
その目は、さながら獲物を狙う狼そのものだった。
アイシェは合わせた照準をずらさないよう、何回か浅く呼吸するとふっと息を止める。
支部長室を静寂が支配する。聞こえるのは、パソコンを起動させているモーター音のみ。
アイシェは躊躇う事なくトリガーを引く。雷撃を帯びながら放たれた一発の弾丸は、銃声と共に支部長室の薄暗闇を切り裂いた。
ルミが所持していた双眼鏡で確認する。そこには電撃と銃弾が直撃し、血溜まりに戻ったレギオンの姿があった。
「……お見事」
もはや職人技とも言えるアイシェの鮮やかな仕事に、ルミはにっこりと微笑む。アイシェはふーっとため息をつきながら額に浮かんだ汗を拭った。
「す、すげぇ……!」
支部員の一人が呆気に取られていると、横たわっていた湊が呻き声を上げた。
「高島支部長‼」
「湊、無事だったんだね」
半分泣きそうになっている支部員たちが、意識を取り戻した湊に駆け寄る。
起き上がった湊は自身の胸元に手をやる。そこには確実に穴が開いていた筈なのだが、今は何事もなかったように綺麗に塞がれていた。
「……輝生は⁉ 輝生とあの子は!」
湊の記憶では、輝生が屋上に行ってくると言っていたが、この緊急事態にあの二人がいない事に、湊は嫌な予感を覚えた。
「二人は屋上だそうだ。荒夜が言うには、屋上でマスターレギオンと交戦中だ」
「何だって⁉」
湊は弾かれたように立ち上がると、扉を勢いよく開けた。
「支部長! まだ安静にしてないと……!」
「こんな状況で安静にしていられるかッ! このまま出撃する! “コスモワールド”にも連絡を取ってくれ!」
「支部長‼」
湊が地上200m離れた窓から飛び降りると、ミラリオもそれに続く。
「――“ミラリオ”‼」
湊が叫んだ瞬間、金色に輝き出したミラリオが変形し、湊の身体を覆っていく。すると、崩壊したキングの塔だけでなく横浜税関の“クイーンの塔”、そして横浜市開港記念会館の“ジャックの塔”までもが、湊の叫びに応えるように光を放ち出した。
「“ミライオン”‼」
その声を合図に、3つの塔から一斉に金属の装甲が勢いよく射出された。クイーンの塔からは鳥型のロボットが、ジャックの塔からはクジラ型のロボットが出現し、落下する湊を守るように全身を覆っていく。
胸の装甲にライオンの頭部を模した“キングミライオン”が湊の身体を覆う。その背中に鉄の翼へと姿を変えた鳥型のロボットが装着され、ハンマーへと姿を変えたクジラ型のロボットを右手に装備した直後、日本丸メモリアルパークに巨大な水柱が立った。
地上で跋扈していたレギオンが何事かと慌てふためく中、水飛沫と地響きと共に姿を現したのは金の装飾を施した鋼の巨人――横浜の守護神“キングミライオン”とは、少しばかりフォルムが違うロボットだった。
「待っていろ、輝生……マスターレギオン‼」
湊が空を睨むように見上げると、背中にジェットエンジンを搭載したミライオンは、一気に空へと駆けて行った。
「ふぅ。どうやら、我の加護が功を奏したようじゃの」
ランドマークを遠くから見張っていたかれんは、ミライオンの起動を見届けると軽く息をつく。
彼女の背後には、マスターレギオンによって爆破された筈のキングの塔が堂々と建っていた。
「全く、歴史ある“キングの塔”にすら手を出すとは……」
その口元には笑みを湛えていたが、彼女の目は決して笑ってはいなかった。
「この我の愛する街に手を出した事、地獄で後悔するが良い。ヴァシリオス・ガウラス……!」
かれんの愛らしい紅い瞳が、一瞬で苛烈なものへと変わる。
MM地区最強のレネゲイドビーイング“赤い靴履いてた女の子”の異名は伊達ではない。その気になれば一夜にしてMM地区を血の海に沈められる彼女にとって、一建造物を爆破前の景観に戻すのも、“たとえ穴が開いた湊の心臓を何事もなかったかのように一瞬で修復する”のも、造作もない事なのだ。
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