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 引き摺る様に寝室を出ようとしたその背にかけられた声にキャロルは足を止めた。


 どうする。


 意識が散漫になり過ぎて他の人間の存在に気を配る事さえ忘れていた。


 懐に隠した本を指先で触る。


 ここでバレるわけにはいかない。


 こんな所で終わるわけにはいかない。


 キャロルは息を整え後ろを振り返った。


 鋭い群青色の瞳。


 茶色のやや癖のある髪を1つに束ねた壮年の男性。


 この部屋にいるという事は、この時間にいるという事は、そしてキャロルの名を知っていると言うならば選択肢はもう殆ど残されていない。


 キャロルは膝を折り頭を垂れた。


「…お初お目にかかります。

 ワインスト侯爵家が長女キャロル・ワインストでございます…国王陛下。」


 キャロルの言葉にうむと男性が頷く。


 やはり国王だったか。


 第二王子にどことなく容姿が似ていたから賭けたが合っていて良かった。


 間違っていたら洒落にならない。


「よい、顔を上げなさい。

 ワインスト嬢には会いたいと思っておったのだ。

 …息子を刺客から庇ってくれたと聞いておる。

 父親として礼を言おう。」


「…勿体ないお言葉にございます。」


「ふむ。

 して褒美を取らせようと思っておるのだが何か希望はないかね?

 出来る限り取り計らうつもりだが。」


 キャロルはおずおずと視線を上げる。


 国王はじっとキャロルを見つめていた。


 その目はどことなく興味が混じっていた。


 キャロルが何を言うのか気になって仕方ないとでも言うかの様に。


 キャロルはゆっくりと口を開いた。


「…1つではないのですが宜しいですか?」


「…ほう。

 まあ言ってみなさい。」


 この令嬢は何を強請る気なのかと弧を描く。


 キャロルは国王の目を見て答える。


「まず1つ…私をワインスト家から除籍して下さいませ。」


「…ほう?」


 国王の目が光る。


 予想していなかったのだろう。


「…それは構わぬがそなたその後の爵位はどうする?

 魔術師で得た爵位に付くのか?」


「いえ。

 爵位は返上いたします。」


「…ふむ、平民に下るという事か。」


 国王は顎に手を添える。


「そしてそれを今日中にお願いしたいのです。」


「…まあ了承しておこう。

 して他にもあるのだろう?」

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