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 ある意味候補から逃げ出す理由が出来て彼女としては良かったのだろう。


「…本当に貴族って面倒臭いですね。」


「そんな事を言ってはいけませんわよ。

 この煩わしい義務があるからこそ私達は貴族でいられるのですから。

 …でも少しだけファンティーヌ嬢を羨ましく思ってしまいましたわ。」


 内緒ですわよ?とアグネス嬢が片目を瞑る。


 いつも完璧な令嬢であるアグネス嬢だからこそ人一倍息苦しい時もあるだろう。


 かっこいいなあとキャロルはしみじみ思った。


 そんな事をくっちゃべっている間にフワリー嬢が戻ってきた。


 キャロルは今日は魔術師としての参加の為ダンスの義務はないし勿論踊るつもりも無い。


「あっフワリー様お疲れ様です。

 では私は花火の打ち上げで外に行くのでお先に失礼しますね。」


「綺麗なのを楽しみにしてますわ!」


 キャロルは頭を下げて会場を後にする。


 担当する場所である王宮庭園には薄らと新雪が積もっていた。


 さくりさくりと真っ白な雪をブーツで踏みながら歩く。


 吐く息が真っ白だ。


 空気が凍るように冷たく夜空は雲一つない。


 花火も綺麗に見えるだろう。


 キャロルは懐に隠していた瓶を取り出し麦酒を煽る。


 酒でも飲まなきゃ凍えてしまう。


 キャロルは掌に火の球を出し暖を取りながら時間を潰していた。


 さくさくと足音が聞こえ横に目をやる。


「……こんばんわ。」


「……こんばんわ。」


 ダンスホールにいたはずの彩花嬢が立っていた。


「…寒くないですか?」


「…寒いです。」


 彩花嬢はドレスのままである。


 足元もハイヒールのパンプスだ。


 雪の上では寒いだろう。


 キャロルは仕事用に準備していた自分のマフラーを外し彩花嬢に渡す。


 彩花嬢は黙ってマフラーを巻いた。


 キャロルは火の球を動かし彩花嬢の足元に浮かべる。


 少しは寒さもましになるだろう。


 キャロルは黙ってまた麦酒を煽る。


 彩花嬢も何も言わない。


 一体この子は何をしに来たんだろうか。


「…あたしね頑張ってるよ。」


 彩花嬢がポツリと呟く。


「キャロルさんにこの国の事を受け入れる気がないって言われて悔しくてね、ダンスも覚えたし挨拶も苦手だし会話も難しかったけど大丈夫だったって、ちゃんと出来てたってさっき褒められたよ。」


「…そうですか。」

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