第58話
*
リアス・ハルバードは目を丸くしていた。
なにせ森へと吹き飛ばした村人が空から舞い降りたのだ。驚くのも無理はない。
「……貴様、移動魔術が使えるのか?」
――魔術師の中でもそれに特化した者しか使えない移動魔術をこんな村人が? ただでさえ獰猛なドラゴンとグリフォンを従わせているというのに……。こやつ……!
リアスの顔に焦りが見える。
だが今後の帝国を担う覚悟を持つリアスが怖じけたままでいることはなかった。
「読み間違えた……。お前はただの村人ではないようだ。放置すれば帝国にとっての危険因子になり得る。ここで排除させてもらう!」
リアスの前に魔方陣が現われる。
先程放った『ショックアサルト』の魔方陣だ。
「誉れ高き精霊よ――」
詠唱はそこで中断された。
ウィスプの放った『ショック』がリアスの頬をかすめたからだ。
「させません……!」
モンスターは人間と違い詠唱を必要としない。
人が魔力の一部を自然から借りるのに比べ、モンスターは全て生み出すことができるからだ。
リアスは舌打ちした。詠唱を破棄して放てる魔法は簡単なものだけだ。
仕方なくウィスプが放った『ショック』に同じものをぶつけて相殺する。
そこへアルフが攻めてくる。
「ウィスプ!」
「はい! 『パワプラス』」
ウィスプが攻撃力強化の魔法をアルフにかけると体が赤い魔力に包まれた。
強化されたアルフはそのままリアスへと走り出す。
「リアスッ!」
「村人如きが我の名を気安く呼ぶなッ!」
アルフが拳を放つ。
それをリアスは『ショック』で迎撃した。
二人の鋭い眼光がぶつかり合う。お互い引く気はなかった。
強化されたアルフの拳とリアスの『ショック』はせめぎ合い、互いに弾かれる。
それが二度、三度と繰り返された。
もう一度アルフが殴ろうとした時、フェンリルの黒い魔力弾が飛んでくる。
だがしずくの盾が当たるの直前に現われ、アルフを守った。
「ありがとう。しずく」
「お礼ならあとにして。あの子が暴走するわよ」
あの子こと金のドラゴンは黒のフェンリルと壮絶な戦いを繰り広げている。
フェンリルの爪をドラゴンが受け止めると、素早い尾が飛んでくる。それをフェンリルが躱しながら口に溜めていた魔力が放たれた。
魔力はドラゴンに直撃するが、鉄壁を誇る金の鱗が多少傷つくだけで致命傷を与えることはできないでいた。
「もう! 本気で怒るよ!? 『ギガフレア』」
「『ダークバースト』」
フレアは今までで一番巨大な炎の弾を、フェンリルは高威力魔力の光線を同時に放った。
二つがぶつかり合うと大規模な爆発と爆風が発生した。
「ぐうっ!」
リアスとアルフはその凄まじい風圧に耐える為、背を丸めた。
ウィスプに至っては必死に岩にしがみついている。
爆風が止むと二人の魔物使いは同じ思いを共有した。
――早く相手の魔物使いを倒さなければこちらがやられる。
アルフは再びリアスへと走り出す。
「リアスッ!」
「何度言えば気が済むッ! 貴様が呼んでいい名ではないのだッ!」
リアスが魔法『エッジ』を放つ。魔力の刃がアルフへと向った。
アルフがそれをなんとか避けると後ろの岩にヒビが入る。
そこでウィスプの魔法『パワプラス』の効果が消え、アルフの体から赤い魔力が消えた。
「ウィスプ! もう一度!」
「はい!」
ウィスプは再びアルフへと魔法を放った。アルフの体を魔力が包む。
それを見てリアスは勝利へのプランを決めた。
アルフがまた飛び込んできたところを隠し持っていた小刀で突き刺す。
いくらパワーアップしていても対魔法効果を持つ刀で刺せば致命傷を負わせることができるはずだ。
先程からリアスは魔術による攻撃しかしていない。
いきなり斬り付けられたら反応は遅れるはずだ。
そうとも知らず強化されたアルフは愚直にも突進を繰り返す。
「カインを返せッ!」
「欲するなら奪い取ってみろッ! それが戦場での唯一の法だッ!」
リアスは続けざまに『ショック』を放つ。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッ!」
アルフは叫びながらそれを拳ではじき飛ばしていく。
いくら強化されたとはいえ、純度の高いリアスの魔術をはじくのは簡単ではないらしく、先程とは違って魔術と拳がぶつかるたびに血飛沫が舞った。
しかしアルフは怯まなかった。
歯を食いしばり前だけを向き続ける。
徐々に縮まる二人の距離。
それはアルフの跳躍によって一気に縮んだ。
「戦いたくないモンスターを無理矢理戦わせるなんてッ! あんたには心ってものがないのかッ!」
「それを捧げたからこうして業を背負っているッ!」
互いに目を見開き、信念をぶつけ合う。
アルフが振りかぶって力いっぱいリアスを殴ろうとした時だ。
リアスは隠していた小刀を取りだし、アルフの胸に突き刺した。
心臓を一刺し。
決着がつく、はずだった。
「なっ――――」
リアスは小刀から伝わる感触と目の前で起きた出来事に唖然とした。
自分が突き刺したはずのアルフがまるで蜃気楼のように消えたのだ。
それとほぼ同時にもう一人のアルフがリアスの懐に踏み込む。
しまった――――。さっきウィスプがこいつにかけたのは強化魔法ではなく――――
優秀なリアスはすぐさま理解した。
だがその瞬間アルフの拳がリアスの顔面を捉える。
「がはっ――――」
リアスの顔が血を飛び散らせながら跳ね上がった。
前述通りウィスプが使える魔法は四つある。
『ウィスプちゃんが使える魔法ってなにがあるの?』
『えっと……。『ショック』『ナ・オール』『パワプラス』『イリュージョン』かな』
『イリュージョン』
魔法『イリュージョン』は一時的に対象の分身を生み出す効果を有する。
効果は短く、触れれば消えるが、アルフはそれを目隠しに使った。
魔物は詠唱を必要としないことを利用し、一度目に強化魔法の『パワプラス』をかけ、カモフラージュに『イリュージョン』を使用したのだ。
本来『イリュージョン』は敵から逃げる為の弱い魔法。
弱い者が囮を作り強者からの逃避を可能にする魔法だ。
それをアルフは攻めに使った。
自分より遙かに強い相手から逃げず、弱い自分を抑えて戦った。
強化されていない拳は既にボロボロだったが、それでもアルフは歯を食い縛って耐えた。
殴られたリアスの膝から力が抜け、体がふらつく。だがまだ目は死んでいない。
「我を舐めるなッ!」
反撃する為にアルフへと手をかざし、『ショック』を放つ。
だがそれはウィスプの放つ『ショック』によって弾かれた。
「アルフ様は私が守りますッ!」
――雑魚の分際で……。
リアスは優れた血統を持ち、優れた才能を持ち、優れた才気を持ち、優れた環境で育った。
万全を備えた優れたリーダーになる為、己の全ての時間を注いで訓練に励んだ。
全ては母国繁栄の為。愛する母国が笑われぬように努力を惜しまなかった。
弱者を嘲り、切り捨て、自らはそうならぬように最善を尽くした。
なのに今、弱者と吐き捨てた相手が知恵と勇気で強者である自分を追い詰めている。
弱者であることを受け入れ、それでもなお前を向こうとする者に追い詰められている。
アルフは再び踏み込み、全身全霊を持って血にまみれた拳を振り上げた。
「喰らええええええええぇぇぇぇぇぇッッッ! 村人パアアアァァンチッッッ!」
アルフが放った渾身の一撃は見事にリアスの腹を撃ち抜いた。
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