第54話

 なにをする気だ?

 怪しむ僕をよそ目にリアスはそれをフェンリルに飲ませた。

 すると……。

『グオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!』

 突然の咆哮と共に黒いフェンリルの肉体から淀んだオーラのようなものがにじみ出る。

 黒く、禍々しい魔力のうねりだ。

 それは一目見て異常で、かつ危険だと理解できた。

 さっきまでと違い桁違いの強さを感じる。

「な、なにを飲ませたんだっ!?」

 リアスは余裕を取り戻していた。

「エメラルドエーテル。神木、ユグドラシルの木の実を濃縮したものだ。時空を越える大樹に相応しい効能をもたらしてくれる」

 時空? 効能? どういう意味だ?

 僕はリアスがなにを言ってるか分からなかった。

 だけど乗っていたしずくから感じられる緊張感が膨れ上がるのは分かった。

「……おそらく強制的に肉体を強化する類いの魔法薬でしょうね。副作用として寿命が減るとかありそうだけど。でないと薬を飲んだだけでこんなに魔力が膨れ上がらないわ」

「そんな……」

「予定が変わったわ。降りてちょうだい」

 そう言ってしずくは僕らを地面に降ろした。

「いつまで続くかは分からないけど、あれをフレアだけに任せたら大変なことになるわ」

「それは……負けるってこと?」

「本気を出すってこと。もしそうなったら面倒だわ。あの子、怒るとしつこいから」

 確かに。

 ていうか今も張り合って叫んでるし。

「あたしも負けないよー! がおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」

 フレアは目を大きく見開き、空が割れんばかりに張り上げる。

 全身を包む金の鱗が輝きを増した。

 こっちはこっちでさっきまでより力強くなっている気がする。

 まるでそれが合図だったかのように二頭の怪物がぶつかり合う。

 獰猛さが増したフェンリルがフレアを空から落とそうと飛びかかる。

 その鋭い牙が金色の鱗に突き刺さった。

「グルルルルルルゥッ!」

「痛っ!」

 だけどフレアも黙っちゃいない。

 体を素早く回転させ、フェンリルの牙から逃れると口から勢いよく火を吐いた。

 その火をフェンリルが爪で切り裂き、魔力の弾を放つ。

 フレアはそれを翼を盾のように閉じて受け止める。爆炎が起き、

 一瞬視界が塞がった。

 かと思ったらフェンリルは跳躍し、フレアの頭上を取っていた。

「危ないっ!」

 僕が叫んだ時には既に遅し。

 フレアは強力な力でフェンリルにたたき落された。

 山頂に撃ち落とされ、また標高が少し下がった。

 大きな衝撃で地面がえぐれ、地鳴りが響く。下敷きになった大きな岩が粉々になる。

「フレア!」

「大丈夫よ。あれくらい」

 心配する僕をよそにしずくは気にしてない。

 しずくはさっきから爆風や岩の破片、魔力の攻撃から僕らを守ってくれていた。

 実際しずくの言う通りで墜落されたフレアはむくりと起き上がり、天に向って炎を吹いた。

「わんこのくせにぃ~」

 そう言ってフレアは歯ぎしりしてまたフェンリルに向っていく。

 二頭は絡み合うように戦い合った。

 牙が、爪が、翼が、魔力が烈しくぶつかり合う。

「グオオオオオオオオォォォォ!」

「ちゃんと喋って!」

 二頭の戦いが続く間、しずくが風を纏いわざとらしく告げる。

「行ってくるわ。わたしはどうしたらいいかしら、ご主人?」

「フレアが動きやすいようにして支援してあげて。でも、なるべくフェンリルを傷付けないように。レム君が言ってたことが確かならあの子は戦いたくて戦ってるわけじゃない」

 しずくはふっと笑い、頷いた。

「中々忙しいオーダーね。でも少し難しい方がやりがいあるわ。あなたも自分の身を守ってね」

 そう言うとしずくは銀の羽をはばたかせてフレアの元へと動いた。

 二体がかりで暴走するフェンリルを押さえ込もうとする。

 そうは言ってもしずくはほとんどフレアのサポートだ。僕の指示をしっかりと守ってくれている。

 金のドラゴンと銀のグリフォンと黒のフェンリル。

 三体の超弩級モンスターが空が壊れるんじゃないかと思うほどの戦いを繰り広げた。

 その戦いはまるで三つの震災が互いの力を誇示し合うようだった。

 フレアの強靱な肉体が存分に動き回り、巨大な炎が躊躇無く吐かれる。

 フェンリルはそれを躱したり引き裂いたりして、鋭い牙を向けた。

 しずくはフェンリルを牽制しながら二体の攻撃で被害が出ないようコントロールしている。

 人とはスケールが段違いだ。

 大人の格闘家が戦っているリングに赤ん坊が放り込まれたような気持ちになる。

 それでも僕は逃げなかった。

 今、僕にできることは――。

「ウィスプ! 僕があの人を倒す。そしたらフェンリルが解放されるかもしれない! 援護して!」

「は、はい!」

 僕は戦いを見上げるリアスへと走った。

 そして思いっきり叫んだ。

「リアス! カインを返せぇっ!」

「む? 貴様何故両目ある? さては別人だな? よく見ると村人丸出しではないか!」

 リアスは驚き、そして睨んだ。

 まるで僕が騙したような言いぐさだ。

「うるさいっ! 村人を舐めるな!」

 僕はそう叫び、飛び込みながら拳を振るった。

 リアスは油断している。この攻撃は当たる!

 だけど僕の拳が当たる瞬間、リアスの体が光った。

 同時に僕の体が吹き飛ばされる。

 それは魔術だった。

「…………え?」

 僕は後ろにいたウィスプの前にバタリと落ちた。

 尻餅をつく僕をリアスを見下ろした。

「薄汚い村人風情が我に触るなど、片腹痛いわっ!」

 リアスは自分の前に指で円を描く。

 魔方陣だ。

 しまった。この人、魔術も使えるのか――――

 魔方陣を描き終えるとリアスは詠唱した。

「誉れ高き精霊よ、我に悪成す敵を吹き飛ばせ! 『ショックアサルト』」

 放たれたの『ショック』の強化魔術。

 巨大な衝撃波が僕とウィスプを吹き飛ばした。

「うわああああああああぁぁぁっ!」

「きゃああああああああぁぁぁっ!」

 気付くと僕らの体は山頂から遠く離れ、眼下には巨大な森が広がる。

 横への移動が終わると、僕らの体は落下を始めた。

 絶望の二文字が脳裏に浮ぶと、背筋が凍った。

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