第53話
「フレア。お願い」
「おまかせ~」
フレアは金のドラゴンの姿になった。
背に乗ると黄金の鱗はびっくりするほどなめらかだ。
フレアは僕らが乗るとそのまま遠くに見える山頂まで勢いよく飛んでいく。
「行っくよ~!」
「ちょっと! 早すぎるってっ!」
あまりのスピードに僕のほっぺたはぶるぶる震える。手を放せば死ぬと僕とウィスプは必死になって金の鱗にしがみついた。
登るのにあれだけ時間がかかった山頂にあっという間に着いてしまう。
最初からフレアに乗せてもらえばよかったんじゃ……。
「がおおおおおぉぉぉぉ!」
フレアは楽しげに大きな咆哮を上げる。
それだけで山全体がビリビリと震えた。
するとまるで待避の合図を受け取ったかのようにモンスター達がざわつき始める。
山の下ではモンスター達の大移動が起こってるみたいだ。
「……フレアはなんて言ったの?」
「今からここで遊ぶよー♪ って言ってるわ」
しずくは頬に手をあてる。
遊ぶって……。本当に事態を分かってるのかな……。
僕が苦笑いを浮かべるとしずくが告げた。
「あなたに言っておくことがあるわ。わたしもフレアも戦うことに文句はないの。弱い人間相手ならともかく、相手は獣族最強と言われるフェンリル。翼獣族のわたしからすれば目の上のたんこぶだもの。だけどもしわたし達が本気になったら、これはフェンリルもそうだけど、この辺り一帯は不毛の地になるわよ。それがいやなら上手く制御することね。戦闘になればわたしだって手加減できないわ」
「……う、うん。頑張るよ」
そうだった。僕は守る為にと思って出てきたけど、この二人にかかればこの山を消滅させることだって訳ないんだ。
それはきっとフェンリルもそうで、だから僕には舵取りが求められる。
圧倒的な力を前に急に緊張してきた。
でもやめようとは思わない。もう僕の後ろに道はないのだから。
するとフレアの咆哮に答えるように向こう側の麓から遠吠えが聞こえた。
ドラゴンの炎が爆発するような咆哮ではなく、狼の高く力強い声だ。
フレアの楽しげな声と違い、フェンリルの遠吠えには禍々しさが含まれている。
山の上がぴりっとした緊張感に包まれる。
「来るよー」
「来るわね。さあ乗って」
そう言うとしずくは巨大なグリフォンの姿に変わった。
僕とウィスプはしずくの背中に乗る。
白銀の翼はふかふかしていて気持ちが良かった。最高級の羽毛に包まれているみたいだ。
「ふわふわですね~」
「うん。うちのベッドに欲しいくらいだ」
僕とウィスプが呑気にそんな感想を浮かべていると、黒い大きな影がものすごい早さで跳躍するのが見えた。
黒いフェンリルが山頂を踏み砕き、現われた。
その瞳は月のような静けさを持ち、不気味さにゴクリと唾を飲んだ。
その背中には見たことのない金髪碧眼の男の人が乗っていた。
きっとあれがレム君の言ってたリアスっていう人だ。カインを倒し、捕らえた人だろう。
相当な実力者であることは違いない。
リアスは僕らを見て目を見開いた。
「金のドラゴンに銀のグリフォンだと? それを一人で……。なるほど……。あの猿の言うこともあながち間違いではないようだな」
「ウィ、ウィスプだっているんですから!」
張り合うようにウィスプが声を出す。
「そんな雑魚は知らん」
リアスの酷い言い方にウィスプは沈み込んだ。
僕はよしよしと頭を撫でてあげる。
リアスはフェンリルの上で宣言した。
「我は神国サンタナの特級兵、リアス・ハルバードである。貴公は公国最強と謳われる魔物使い、ゼファー・リンカーンと見受ける。いざ尋常に勝負だ!」
「そんな奴は知らん!」
長い口上に苛立ったのかフレアが火の玉を放つ。
それをフェンリルが黒い魔力の弾で迎撃した。
二つの超級魔力はぶつかり合い、相殺と同時に大爆発が起きた。
さっきまで空を漂っていた雲は消し飛び、岩が粉砕され、木が根元から吹き飛ばされる。
まるで震災でも起きてるみたいだ。
唖然とする僕。
それも気にせずフレアがあっけらかんと尋ねる。
「アルフってゼファーっていう名前だったの?」
「違うよ! 今自分がなんて言ったか精査してみて!」
「だってあいつがそう言ったよ?」
フレアの金の爪がリアスを指差した。
「勘違いでしょ。ゼファーさんは本国の魔物使い部隊を率いている将軍で僕とは全然格が違うよ。滅茶苦茶すごい人なんだ。なんたって二体のモンスターを操るんだよ」
「じゃあアルフの方が上じゃん」
「いや、僕はまあ、実力というより運というか、不運というか……」
なんでか悲しくなった。
「何をごちゃごちゃ言っている!」
僕らの会話に苛立ったリアスが命じ、フェンリルが黒い魔力弾を放つ。
狙いは僕らしく、巨大なシールドジャイアントを吹き飛ばしたあれが向ってくる。
「うわああぁっ! 死ぬうぅ!」
「耳元で気持ち悪い声を出さないで」
しずくはそう罵倒すると前方に魔力の盾を出した。
「私相手に飛び道具で挑むなんて舐められたものね。消し去りなさい。『アキレウス』」
その盾がフェンリルの攻撃を受け止める。
強力な盾は魔力の弾を完全に消滅させた。
「なっ! フェンリルの攻撃を……」
砕かれるフェンリルの魔力を見てリアスの額から一滴の汗が流れた。
「すごい……」
僕も二人がこんなに強いと思わなくてびっくりしていた。
リアスの顔が真剣なものに変わる。
「さすが隻眼のゼファー。将軍の面目躍如と言ったところか……」
「もうなんなの!」
怒ったフレアがぐるりと縦に回転しながらフェンリルに向う。
そしてそのまま魔力を纏った固そうな尻尾を振り下ろした。
「ちっ! 避けろ!」
リアスの指示によりフェンリルは紙一重で攻撃を避けた。
金の鱗を纏った尻尾によって山の山頂が大きく砕け、標高を五メートルくらい下げる。
「難しい言葉使わないで!」
そんなことに怒ってたのか……。
「……ってダメ! 山砕いちゃダメだよ! 山登りする人が思ったより低いなーとか思っちゃうでしょ!? 山砕くのは禁止!」
僕は慌ててフレアに指示を出す。
こんな指示を出す魔物使いは後にも先にも僕くらいだろう。
フレアはむっとした。
「ええー。楽になっていいと思うなー」
「登山は苦しむのがいいんだよ! とにかく山を砕くとか消滅させるとかはダメだから!」
僕の指示にフレアは面倒そうだった。
「むー。やれたらやるね?」
それやらない時に使う言葉だよね?
「もしまた山を砕いちゃったらしばらく肉抜きだからね? 分かった?」
「ええー……。しょうがないなー」
やっぱり分かってなかったか。
僕が溜息をつくと、砕かれた山を見て眉根を寄せるリアスが静かに呟いた。
「あのドラゴンとグリフォンを同時に相手しなければならないのか……。致し方あるまい……。これを使うか」
そう言ってリアスはフェンリルから降りると液体の入った小さな小瓶を取りだした。
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