第49話

     *


 リアス・ハルバードは安堵の息を漏らすと胸ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭った。

 目の前では血にまみれたカインがうつ伏せになって倒れている。

 まだ辛うじて息をしているが、それも長くは続かないだろうとリアスは感じ取っていた。

「……気に食わん」

 リアスは苛立ちを口にした。

 圧倒的実力差を知って尚、カインはリアスに挑み続けた。

 時間稼ぎなら既に済んでいたはずだ。なら何故……。

 そこでリアスは気付いた。さっきまで倒れていたはずのメタルゴーレムがいないことに。

 辺りが岩石地帯ということもあり、どこかに紛れているのかもしれないが、見当たらなかった。

「……魔物を逃がす為に魔物使いが向ってくるとは」

 感心したリアスは部下を呼び寄せ、カインを治療し、山の向こう側に連れていった。

 そこにはサンタナ帝国の前線基地が設置されようとしていた。

 多くの兵達やモンスターが木材を運び、施設を作っている。砦の半分は既にできており、あと一週間もすれば完成し、ロナ公国攻略へと動き出す予定だった。

 リアスは牢に入れられぐったりとするカインを睨んだ。

「貴様、我より強い魔物使いがロナにいると言っていたな? あれは真か?」

 カインは答えず沈黙している。

 一目見て話せる状態でないと分かったが、リアスは続けた。

「なぜ貴様が生かされたか分かるか? 我は貴様を買っている。勝てないと分かった敵に向っていくというのはそう簡単ではない。お前達の軍隊が良い例だ。我に勝てぬと思った者が一人、二人と逃げだし、遂には崩れた。だが、お前の目には希望があった。それを胸に抱きながら倒れた。なぜだ? お前らの中に我を倒せる者がいるのか?」

「……………………………だったら……どうした……?」

 カインは擦れた声をなんとか絞り出した。

 リアスの瞳が冷たくなる。

「無論、排除する。我と神国であるサンタナの障害になる者は全て取り除く。それが我の天命であり、本国から承った使命だ。目的遂行の為には手駒が多い方がいいだろう」

 リアスは牢の鍵を開け、フェンリルと一緒に牢の中に入った。

 リアスが目配せするとフェンリルは頷き、カインを回復し始めた。

「賭をしよう。お前が最強と思う魔物使いを我が葬れば、お前は我の部下になれ」

「…………………………………死ねよ」

 そう呟いた瞬間、カインはリアスに突進した。手に隠し持っていた岩の欠片をリアスの心臓目がけて突き刺す。

 だが、当たる僅かばかり前にフェンリルがカインの腕を掴んだ。

 そのまま人外の力で壁に投げつける。

「がはっ!」

 カインは全身を強く打ち、また倒れた。

 持っていた岩の破片がカランと音を立て床に落ちる。

 リアスは攻撃されるのを知っていたかのように一歩も動かなかった。

「貴様に選択肢はない。どちらにせよそやつは屠る。その時にまた聞こう。だが、次断れば容赦はせん。使えぬ弱者に情けは無用だ」

 そう言うとリアスはフェンリルにカインの回復を命じて去って行った。

 回復魔法により体力を取り戻していくカインはフェンリルに尋ねた。

「……レムはどうした?」

「ゴーレムは逃げました」

 フェンリルは淡々と述べた。

 しばらく沈黙が流れ、松明が燃えるぱちぱちとした音がやけに大きく聞こえた。

 暗くじめじめとしている牢は作りが甘いのかぽとぽとと水滴が落ちる音もする。

 カインは抵抗しても無駄と悟り、静かに尋ねた。

「……てめえはなんであいつと契りを結んだんだ?」

「リルは契りなど結んでいません」

「ああ? じゃあなんで……」

 そこでカインはフェンリルの首に付けられた重そうな金の首輪を見つけた。

 視線に気付いたフェンリルは寂しそうに俯き、首輪を撫でた。

「仕方がないのです。リルが弱かった。だからこうなったのです」

 フェンリルは語った。

 狩りをしているところを帝国軍の罠で捉えられたと。

 引きちぎろうとした時、この金の首輪を付けられ、その途端体が言うことを聞かなくなり、リアスの命令に逆らえなくなったとも。

 寂しそうに、しかしこれもまた仕方ないと言わんばかりの話し方だった。

 それを聞いてカインは舌打ちした。

「苛つくな。てめえもあの雑魚と同じことを言いやがる。仕方ねえだあ? 楽な方に逃げてるだけじゃねえか」

 フェンリルが顔をあげるとカインはその胸ぐらを掴んだ。

「従うな。抗え。てめえの命はてめえのもんだろっ! そうやってなんでも諦めて悦に浸ってんじゃねえよ! ぶち殺すぞっ!」

 カインの言葉は力強く、瀕死の者とは思えなかった。

 その熱にあてられたフェンリルは目を見開いた。

 だが、次の瞬間には元の諦めた瞳に戻っていた。カインの手を掴み、振り払う。

「負けた者がなにを言っても無意味です。リルもあなたも負けた。だからここにいる」

「たかだか一度や二度負けたくらいで萎えてんじゃねえよ糞雑魚。諦めるのは死んでからでも遅くねえんだよ」

 雑魚と言われ、フェンリルはむっとした。

 それを見てカインが笑みを浮かべる。

「お前とあいつ、どっちが本当の糞雑魚か決めてこい。勝った奴を俺がぶっ飛ばす」

「……それはリルが決めることではありません。が、もしあなたの仲間が向ってくるならリルは使われ、その人は死ぬでしょう。それを示す為にその人の首を持ってきましょう。それまでここで待っていてください」

 カインが回復したのを確認するとフェンリルは牢から出た。

 それを確認すると見張りの兵士が牢に鍵をした。そしてフェンリルもその兵士も地上へと出ていく。

 重い扉が閉まる音がすると、辺りは静寂に包まれた。

 冷たい床に松明の光りが僅かに反射する。その中で一際目立つ物があった。

 それはカインが持っていた岩の欠片だ。黒く金属質なそれはゆらゆらと燃える松明を映していた。

 カインは壁に背をもたれると天井を仰いだ。

 そして岩の欠片をちらりと見て、吐き出すように呟いた。

「……………………もっと強く、誰にも負けないくらいになりてえな。レム」

 人知れず岩の欠片がカタリと動いた。

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