第37話
畑から離れた僕らはイモを掘っては食べるマンドラゴラを見ていた。
しずくが嫌そうに僕を回復する。
「やっぱりあなたってそういう趣味なのね。その内僕を叩いてって命令し出すのかしら?」
「しないよ………………多分」
「ならいいけど」
ウィスプはまだいじけてるし、フレアはさっき見つけたキラキラチョウを楽しそうに追いかけてる。
長閑な雰囲気が漂う中、しずくは僕の隣にあった岩に座った。
「あなたってリーダーの資質が全く以てないわね」
容赦のない的確な指摘に僕はがっくりとうな垂れる。
「ううぅ…………。まあ、人の上に立つなんて経験がないからね。いつも誰かに言われて、それをやるだけだった。それ以外じゃ畑を耕すくらいだし」
「けどそのせいでなにかを失ったりしたでしょう?」
「まあ……なにかと命令されたり、いじめられたりとかはね。野菜を買いたたかれたりも。けど……仕方ないよ。僕はなんの力もない村人だもの」
「それは過去の話でしょう?」
「……え?」
僕が見上げるとしずくは遠くを見ていた。
その瞳は吸い込まれそうなほど透き通っている。
しずくは不敵に笑った。
「今は最強の肉体を持つ金のドラゴンと最高の魔力を持つ銀のグリフォンを率いる史上最大の魔物使いなのよ? その力を存分に使いたいと思わないの?」
「ど、どうだろ? そうなんだろうけど……、使いたいってのは違うかな……。そもそも僕にとっては分不相応だし。しずくはやっぱりやりたい放題してたの?」
僕の質問にしずくは少し間を開けてから答えた。
「……強すぎる力というのは時として信仰の対象になるのよ。わたし達グリフォンは魔力が全ての世界に生きているわ。当然わたしは担ぎ出された。将来一族を導く存在としてね。それは謂わば王女。子供の頃から一族を従える訓練を受け、実際そうして生きてきた」
「へえ……。すごいんだね」
しずくは肩をすくめた。
「でもリーダーというものは息苦しくもあるの。なんせ皆を先導しないといけないわ。冷静でいて強く、強くいて美しくなければならない。そうでなければ誰もついて来ないわ。そしてわたしはそれが嫌になって逃げ出したの。そこで会ったのがあの子よ」
しずくは蝶を捕まえて嬉しそうなフレアを懐かしそうに見つめる。
「あの子と会って随分色々やったわ。今までやりたくてもできなかったことをね。自分で立場を捨てたわたしにリーダーがどういうものか言う資格はないわ。けどあなたのようにあまりにも村人で無能なゴミ屑野郎を見るとついつい口を出したくもなるの」
「あはは…………。ごめん」
苦笑するしかない僕にしずくは少し真剣に告げた。
「いい? リーダーっていうのは少しワガママなくらいがいいの。そりゃあ暴君には誰もついていかないわ。けど自分に自信がない者の言うことを誰が信じるのかしら? 少し無茶苦茶でもいいからとにかくこうと決めて命じなさい。修正はあとできくわ」
「で、でも……、僕は……」
煮え切らない僕にしずくが近寄って体を寄せた。
僕の目の前に綺麗な顔があった。
突然のことに僕は慌てる。
「ちょ、ちょっとしずく――――」
「分かってないわね。あなたが『命令』すればわたしもフレアも逆らえないのよ? それはつまり、わたし達を好きにできるってこと。あなたにはその力があるの。魅力的でしょう?」
しずくの胸は僕の体にあたると柔らかさを示すように形を変えた。
「やるべきことはシンプルだわ。しっかりと、自分のやりたいことを、伝えるだけ」
しずくの唇が僕へと向う。心臓がバクバクと高鳴って、顔が真っ赤になるのが分かった。
唇が触れそうになった時、僕は顔をそむけた。
顔を赤くする僕を見てしずくは呆れて笑った。
「あなたをからかうのってすごく楽しいわ」
「……やっぱり冗談だったんだ」
薄々気付いていた僕にしずくは肩をすくめた。
「だっていつまで経っても優柔不断ではっきりしないのだもの。曲がりなりにもわたし達のパートナーなのよ? 最強のグリフォンのパートナーがいつまでも最弱の村人じゃ見栄えが悪いでしょう?」
しずくは腕を組んで告げた。
「さあ言って。あなたがどうしたいか。なんなら不服だけど『命令』でもいいわ」
微笑を浮かべながらもしずくは本気だった。
一族のリーダー。そんな僕には想像もできない重責を負っていたしずくだ。こういうことには厳しいんだろう。
リーダーとして僕がしたいこと……。
僕はどうしたいんだろう? なりたかった憲兵にはなれた。
もしかしたらそれで満足してたんじゃないのか?
口では色々言っても、目指していた者になれたんだから。
でも人生はそれで終わらない。
僕はこれから何になれば……。
すると脳裏にいつの日か描いた夢が現われた。
最強の魔物使い、将軍――――
もしそれを本気で目指すなら僕はもっと強くならないといけない。
その為にはせめてパーティーくらいには自分の意見をちゃんと言えるようにならないと始まらない。
僕はしっかりとしずくの目を見た。
しずくは驚いて目を丸くする。
「ぼ、僕は多分……ちゃんとしたリーダーにはなれないと思う。だけど、目標ができたんだ。その為にはみんなの力がいる。だから助けてほしいんだ。それに僕はあまり『命令』したくない。だってそれじゃ奴隷と主人みたいだろ? どっちかっていうと、その……、二人とは、家族になりたいと思ってるんだ」
恥ずかしかった。でも僕はしっかりと僕の思いを僕の言葉でしずくに伝えられた。
うわ。なんかすごくすっきりする……。
しすぎて変な気分かも。
自分の気持ちに触っていた僕が顔を上げると、そこには顔を赤くしたしずくがいた。
「……へ?」
あまりにも意外な反応に僕は間抜けな声を出す。
しずくは目線を逸らし、口元に手をあてた。
「そ、それはつまり……、わたしと交尾がしたいってことかしら?」
「………………………………………へ? ち、違っ! 違うよ! なんでそうなるの? そういう意味では決してないから!」
「ねえ、さっきから二人でなんの話してるのー?」
最悪のタイミングでフレアがやって来た。
「この人がわたし達と交尾がしたいそうよ」
「なにそれ? 楽しいこと? じゃああたしもやるー」
フレアは無邪気に小首を傾げる。
「言ってないって! 僕はただ家族になりたいって言っただけで!」
僕が弁明すると後ろでなにかがぽとりと落ちた。
それはさっきまでウィスプが作っていた花飾りだった。
僕が振り向くとウィスプが涙を浮かべている。
「うううぅぅ……。やっぱりアルフ様はロリと巨乳が好きなんですね……。私みたいな中途半端な胸と背のウィスプはいらない子なんですね?」
「違うって! 僕は誰よりもウィスプのことを――――」
「ねえ、交尾ってどうするのー? ここでやってみせてよ。あたしもマネするから」
「やりません! ていうかそんなに詳しいわけじゃないし!」
もはや滅茶苦茶だった。収拾が付かない。
すると耳の奥でさっきしずくが言った言葉が繰り返される。
――いい? リーダーっていうのは少しワガママなくらいがいいの。
だからと言うかなんと言うか、とにかく僕は叫んだ。
「ああもう! うるさいっ!」
僕は気を変えて三人を順に指差した。
「フレアは少し静かにすること!」
「しずくはからかうのをやめて!」
「ウィスプはもっと僕を信じてよ!」
はあはあと息を切らしながら、僕は三人に指示を出した。
三人はぽかんとしながらも、最後には僕を見上げて「はい」と頷いてくれた。
これでよかったのかは分からない。
でも僕は初めてちゃんと指示を出せた気がした。
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