第36話 rebellion for myself「刃を向けるは己の為」

 駅、と名付けられていても建物はどちらかと言うと関所、門の意味の方が大きい。大型自動飛行車が桟橋に停車し、島への来客を迎える場所である。


 そして、源家の島を覆うようにドーム状の大きな結界が張られていて、その結界をくぐり抜けて人が通行可能となっているのが、駅という建物の内部だ。


 そしてそこから先は島を巡るためのレンタル自転車が数多く並ぶ大きめのロータリーがあり、島中央道、商店街道に続く3つの大きな道が島のその先へと続いていく。


 普段は賑わいを見せる駅周辺も、夕方になると静まり返り、人の行き交いは少なくなっていく。故に、その男を目の当たりにするのに苦労はなかった。


「来たか」


 源家次期当主、源閃。彼は1人駅の出口に近いところで立っていた。


「お前はこの後例の場所で待機。俺が呼び出したら本家にすぐ戻れるようにだけはしておけ」


「承りました」


 春は一礼して、デバイスをいじりながらその場を去る。先ほど宣言した通りの2種類のメッセージを送っているのだろう。


 一方で、閃は明奈を見る。しかし言葉は発さない。それはそれで圧を感じてしまう明奈だったが、以前と違い気圧されて言うがままになるつもりはない。


 源家の子供としてではなく、真に従者として主を守るために最善を行動を使用と緊張を最大にして向かい合う。


 しばらく、場が静まりかえった。


「ほう」


 ここでようやく源閃が口を開く。


「俺に気圧されないとは。1か月前とずいぶん変わったな」


「なんで、奨先輩を」


「お前に言う必要はない。……と言いたいところだが」


 閃がプレッシャーをかけるのをやめ、明奈を見る目が睨みから通常のものへ戻る。


「源家は日々他の家との小競り合いも激しく。戦闘員の数は減っていく一方だ。だからこそ、源家当主と本家の人間は、当主の命の元、敵戦闘員の捕獲を行ってきた。今回も以前夜に会ったあの日当主命令が下ったのだ」


「奨先輩を使い潰そうというわけですか」


「ああ。主が見つかったところ悪いが、お前の主には源家の兵器になってもらおう」


 奨をあくまで道具としてしか見ていないその価値観は〈人〉としての精神に由来するものだ。閃も奨の存在を尊い命ある生物とは思っていない。


「そんなことで、先輩の夢をつぶそうなんて」


「奴は人間だ。人間ならば〈人〉のために命を使う。それはこの世での秩序だ。恥じることではない」


 閃はデバイスを起動した。腰に一本の細い剣が鞘に入った状態で現れる。躊躇いなく剣を抜くと、柄に対して刀身の長さの比がやや長くなっている凶刃が姿を見せる。


 そして閃がそれを持った時の佇まいは、通常の時に比べ、否、前に怒鳴られたときよりも比べ、異質な恐怖を明奈に感じさせた。


 剣を構え、明奈を見る。明奈は鳥肌が立ち始めている。畏怖していると表すことが、今の彼女に最もふさわしい。


「調教の第一歩は、主人との差を見せてやることだ。叶わないと悟らせる」


「……そんなことさせない」


 怖い。その思いを持ちながらも、明奈はデバイスを使う。


 最後まで足掻くぐらいはできる。幸い閃は明奈を舐めているだろう。油断しているところをうまくつけば逃げられるかもしれない。まだ望みは捨てない。


 自分さえ何とかなれば奨が無事に済むと信じ、明奈は自分を奮い立たせる。


 想像した。源閃が持つ剣を凌げるような、美しくも力強い鋼の刀を。


 ――否、これでは抽象的すぎる。脳を酷使して視界の現実を塗り替える。それは、奨が何度となく使っている短剣、それを伸ばし、上手く日本刀として形作っていく。


 そして、そのイメージは現実のものになった。剣は明奈の戦う決意を汲んだのか、しっかりとした刃を伴って現れた。


「……出来損ないにしてはよく吠えた。何か考えがあると見える」


 元々明奈にできることは逃げることだけだ。


 それは自分でもわかっているからこそ、今何ができるかを必死に考えようとする。が、その余裕はすぐになくなった。


 一瞬で間を詰められ、次の瞬間に、凄まじい刺突が明奈に迫る。しかし、閃は手を抜いている。動きに工夫はなくただ剣を突き出しただけだ。それでも並みの人間では、あっという間に刃を突き立てられる速さなのだが。


 明奈もこの1か月、奨に厳しく鍛えられてきた。成果が試されるときだ。


 突き出された剣を後ろに下がりながら、右へ重心をのせるように動き躱す。


 また、閃が突きを放ってきたがそれも躱す。


 再び突き、少し速い刺突は剣で弾いた。


 閃は明奈の反応に驚く。同時に剣戟が止まった。


(今がチャンス……!)


 千載一遇の機会を逃さないように、一瞬で想像するのは、かつて襲撃者に襲われたときに自分のすぐそばで起きた爆発。


 想像する。以前明人の手によって起こされたことを、今度は自分で起こすために。


 そしてそれは現実化する。


「……ん?」


 突如地面から爆炎と煙が発生した。視界が煙に埋め尽くされた。


 明奈は後ろへ向き、〈爆動〉を使用し次の曲がり角まで跳躍。できる限り逃げようと足に力を込めた。


「え……?」


 驚愕する。閃がいた方向と真逆の方向なのに、その方向に閃が現れた。繰り出される一蹴をどうにかすることはできず、明奈の腹に手痛い一撃が見舞われた。


「がぅ」


 明奈はその場に崩れ落ちるしかなかった。痛みが体を蝕み逃げようという思考すら奪ってしまった。内側の何かが破裂したのではないかと考えてしまうほどの激痛で、蹴られた箇所を押さえうずくまるしかない。


「驚いたぞ。随分腕を上げたな。このような対面でなければお前をほめてやりたいところだ」


「ぐ……はぁ、あぁ」


 明奈の目の前に剣の切っ先を見せ、閃はその場から動かないよう脅す。


「だからこそ、太刀川奨は欲しい人間だ。出来損ないを1か月でここまで鍛え上げた指導力。戦闘員ではなく、指導員として使うのもアリだな」


「そんな……こと……」


 明奈の全身に痛みを伴った痺れが起こる。


「あぁあ……!」


「お前には人質になってもらう」


 明奈は意識を失った。






 奨が部屋に帰ると明人と明奈の姿はない。その代わり、机の上には明人が目立つように置いて行ったデバイスが1つ。明人が普段通信用として主に使っている黒い板型のデバイスだった。


 そこに先ほど届いていたと思われる2つのメッセージを見た奨は言葉を失う。


 1つ目。源家から。


『明奈を預かった。7時に源家の島駅前に来い。さもなければ、人質は殺す』


 2つ目。それはなんと春からだった。


「奨。今まで逃げててごめん。この後しっかり話がしたい。他のみんなを探すのなら私も手伝いたい。もしも私を連れだしてくれるなら、7時に源流邸で合流しよ?」


 奇しくも両方が7時指定。奨もさすがに源家が仕組んだ罠という説を疑った。そこでようやく、自分のデバイスを起動しメッセージが届いていないかを確かめることに。


 空中に画面を展開すると明人から何通かメッセージが遺されていた。奨はその中でも一番最近に届いたメッセージを読む。


『奨へ。春の方へ行け。こっちは大丈夫だ』

 とだけ書いてある。


 明人に気を遣われたという事実にため息。そして己の考えの甘さを反省し、目を閉じる。


(迷う必要はない。俺は、この命を使うに値する方を選ぶだけだ)






 数時間は意識が飛んでいただろう。すでに空は夕焼けを見せていて、既にうっすらとではあるが星が見え始めている。


「やっと目を覚ましたか。愚図なのは変わっていないな」


 明奈が周りを見渡すと、見覚えのある景色だった。


 やけに体が熱いと周りを見ると、オレンジ色の球体がゆ熱を放ちながらゆらゆら宙をたゆたっている。


 体はまだ痛む。明奈は何とか体を起こすことができたものの、それ以上のことは何もできない。足にはなぜか力が入らず、逃げないよう細工されているのが分かる。


 明奈は周りを見渡す。現在時刻は6時30分。


「安心しろ、まだ希望を捨てる必要はないぞ。奴には7時に来いと言ってある」


「なぜ……?」


「奴に万全の準備を整えさせるためだが、他にも理由はあってな。今日から襲撃者の迎撃のために冠位と仁位の家の戦闘員が街に出ることになった。源家を含めてな。俺が駅の前で、弟が源流邸で手下に通信で指示を出すことになる」


 閃の顔は、戦いが楽しみ仕方がないと言わんばかりの、仕事とは思えない顔をしていた。


「襲撃者が現れれば街は戦場になる。俺が襲太刀川奨と戦ってもおかしくは思われない状況だ。太刀川の鹵獲は親父、つまり当主命令である以上遂行するしかない。本来であれば主が戦っている中、俺がこれなど不敬極まりないことだがね」


 何とかしたかったのに、何もできず結局人質になっている。何もかもが向こうの思うままになっている現状、明奈は自分の無力が情けなく、泣きそうだった。


「奨はこないぜ」


 明奈が人質になっている地に一人、彼女を救うために現れた。明奈は2つの感情に自分の感情を支配される。


 1つは歓喜。助けに来てくれたことが嬉しかった。もう1つは悲嘆。自分のせいで、先輩に危険を冒させてしまうことが、どうしようもなく悲しかった。


「お前は呼び出していないはずだが。須藤明人」


「黙れ。明奈を返してもらうぞ」


「……やる気ならちょうどいい。準備運動をお前で済ますことにしよう」


 明人がすでに銃を実体化させて、源閃の前に立っていた。

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