第33話 diary after accident「回想を経て明奈の日記」

「……ふう、行ったな」


 長袖を元に戻しながら奨が言う。その顔には明らかに疲れが目に見えていた。


 明人がキーボードとコードを出すと、奨に勝手にくっつけていく。しばらくキーボードのキーを叩くと空中に画面が展開される。明人は明奈にその画面を見るように指示した。


「30?」


 画面の横に大きく出ている数字に、明奈は注目する。


「腕輪の活性化率だ。使った回数が多いほど上がってく。50パーセントを超えると、もう奨との同期を止められない」


「30ということは、もう進行が始まってるということですよね?」


「俺がなんとかして封印しているが1回の使用でおよそ15くらい進行する。40を超えると体に異常が出るかもしれない」


「え、それじゃあ、次あの腕輪を使ったら……?」


 明奈の危惧を明人は否定しなかった。


「……相当ヤバい反動が出るだろうな。そういう事情があるってことだけは知っておいてくれ」


 奨は明奈に対し、申し訳なさそうな顔で言った。


「今まで隠していて悪かった。こういう事情もあって実は閃に狙われたらヤバいかもしれないという状態だった」


「奨先輩、私にできることならなんでも」


 源家出身の子供として、従者として、弟子として、何か奨の役にたつべきだ。頭の中に浮かぶ考えだった。


 奨は少し頭を下げて、頼みこむ。


「俺に万が一、何かあっても絶対に自分を犠牲にする無茶だけはしないでくれ」


 頭を下げた主を前に、明奈は何も言い返せるはずがなかった。


「明奈、大丈夫だ。腕輪は使わなければいいだけだし、今の奨ならもしかすると源閃倒せるかもだぜ?」


 明人がポジティブに振る舞うのは、暗い顔になった明奈を思っての事。


 この事実を知ったことで、明奈の真面目な性格が、本人を追い詰めたりしないかが明人にとっての心配事だった。故に、明人は明奈に言うのだ。奨なら大丈夫だと。


「お前の師匠の強さは、お前が今まで何度も見てきただろ?」


 明人の思惑を読み取ったのか、奨も自信ありげに、

「ああ。俺は負けないよ。絶対に」

 と胸を張って見せた。






 日記。4月2日。


 昨日聞いた話が今でも頭を離れない。しかし、訓練や研修に影響が出れば、それこそ2人が望まないことだ。頭を切り替えて行った。


 奨先輩と行う訓練は最近非常に調子がいいと言える。剣術研修で行っていた最初の訓練は軽くこなせるようになってきた。しかし、それ以外の訓練はまったく改善の兆しは見えない。


「右利きの常だな。左ばかりを狙われ続けると弱い。意識して少しずつ変えていけばいい。しっかり意識してみろ」


「はい!」


 この訓練を自分でやってみて分かるが、向こうから何が来るか分かっても大変なのに、先輩たちは相手が何をしてくるか分からない相手と鎬を削っていた。


 今になって分かるがそれは本来、信じられない難易度であり、死と隣り合わせの事なのだとよく分かる。


 奨先輩のような凄まじい修練が垣間見える芸当ができるのは遥か先、きっと何年も修業してやっとというところだろう。


 私は明人先輩のように、臨機応変にデータとその場の想像を駆使して戦う方法も模索した方がいいかもしれない。


 先輩に一度相談してみた。本当は奨先輩の言うことを信じ、ひたすら鍛錬に集中するべきなのだが、生意気にも明人先輩の戦い方の練習もすべきなのではないか、と言ってしまった。


 怒られる、と思ったのだが、奨先輩は受け入れてくれて、

「簡単なことだ。両方追い求めればいい。それができればきっと、明奈は俺や明人を超えられるな」

 と言ってくださった。


 怒られないことへの安心したのか、自分の提案を聞き入れてくれたことに対する嬉しさか、心が温かくなるのを感じた。


 そこで奨先輩はピこんと、頭の上に豆電球が光ったような閃きがあったようで、


「明日からは明人も誘うか。俺は明人の戦い方は見てるとはいえ本人がいた方がいいか。明日から練習を一つ追加しよう」


「でも、先輩の時間が」


「30分増える程度どうってことはない。こうして一緒に訓練するのも楽しいしな」


 普段は宿で待機している明人先輩を明日から外へ連れ出そうという。意地悪な顔をしている奨先輩は、大体明人先輩へのちょっかいや嫌がらせを考えている時の顔だ。


「えー、それは奨の領分だろ。俺はお昼はインドアなのー」


「うるせえ、従わないなら今後明奈の訓練が満了するまで飯抜きだぞ」


「……行きまーす」


 ご飯を脅しの材料に使って明人先輩に無理やり了承させた。その時の奨先輩の顔はまた生き生きとした顔だった。


 奨先輩は今日もいつも通りに過ごしている。とても元気なところを見ると、腕輪の代償の話は信じられない。


 もしも源家の、特に閃様か鋼様と戦うことになったら奨先輩はどうなってしまうのだろう。本人は使わずに倒して見せると言っていたが、そんなことが果たして可能なのだろうか。


 私は、何かできるのだろうか。






 日記。4月5日。


 この日、ようやく自分の使うデバイスを一人でメンテナンスできた。


 でも3時間以上休憩なしでようやくいったところ。明人先輩はこれくらいなら15分で終わらせる。


「でもすごいなー、もうこんな上達するとは。偉いぞ」


 褒められるのは好きだ。


 でも、それより、

「最近早起きして勉強してただろ? 奨が少し心配してたぞ。最近は朝と夜ご飯で奨を手伝ってもらってるし、ただでさえ、あの血も涙もない鬼の訓練に耐えてるんだから、毎日疲れてるだろうに」

 後半は完全な陰口になっていたけれど、明人先輩に自分の努力を見てもらえているのがとても嬉しい。


 そもそも努力は人に見せるものではないし、見てもらっても嬉しくない。大切なのは結果を見せることだ。


 春さんにもそう言われていたし、華恋だってそんな感じだった。もちろん、源家にいた頃には多少頑張っていたが、別にそこを見てもらっても特に何も感じなかった。


 とても不思議なことがあるものだ。


「もしかするとすぐに追い抜かれるかもなー」


「そ、そんなこと、私なんて、まだまだです……」


 そう言いながら、メンテナンスにチャレンジしている間、10倍以上の速さでタイピングして自分のデバイスのメンテナンスと新しいデータの開発を進行していた明人先輩を見ていると、とても追いつける気はしない。


「奨先輩は今日はどちらへ?」


 基本的にエンジニアの研修は夜に行われ普段は家の前で自分の訓練か、料理の研究か読書をしている奨先輩は今日はいなかったので話を聞いてみると、

「島を見て回ってるよ。今回は源流邸を隅々まで見て、その後瞑想するんだとよ」

 という答えが返ってくる。


「瞑想ですか?」


「いや、アイツが言うには、『想像力の足りない俺は、一人になって精神を集中させないと』という話だ。普段はあるものでなんとか戦うタイプだから珍しい」


「やっぱり、その」


 明奈の言おうとしていることが分かったのか先に明人が口を開いた。


「まあ、源家との戦いを想定しているんだろうけど。心配ってよりはいつも以上に万全にってことだと思う。あいつ言ってたんだよ、もう1つ夢ができたって」


「夢ですか?」


「ああ。なんだかんだ言って初めての弟子に愛着持ってんだろな。一人前にするまでは絶対に見捨てないって。まあ、たぶん過去の話をしたからそんなことを思い始めたんだろうけど。そこに関しては俺も完全に同意見だ」


「え……?」


「新しい夢のためにも絶対に負けたくないって。自身満々にそう言ってたよ」


 奨先輩には春さんを見つけ、約束を果たすという目的があったはずだ。その話をすると明人先輩はこう返してきた。


「あいつ、春を説得して源家を出てもらうつもりらしい。そのためにも、交渉の材料として源閃を倒し、身柄と引き換えに春の自由を約束させて攫って行く。そうすれば奨の夢はまだ終わることはない。……いや、こうして口にしてみると」


 やっていることは悪役そのものだ。そんなことをして奨の心象が良くなる人間がどこにいるのだろうか、と疑いたくなるレベルで。


 しかし、それでも自分と一緒に居てくれるつもりだ、ということを知れただけで、とても嬉しかった。

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