第32話 secret ring「奨の秘密」
「俺の人生には目的ができた。俺からすべてを奪ったそいつらを倒すこと、奪われた仲間を取り戻すこと」
懐中時計は莉愛の形見の品。彼女はその5分ずれた時計をずっと持ち歩いていたという。
その時計はデバイスを兼ねていた。師匠を見送った奨はそこに思い出の写真や映像をしまい込み、必要なものだけをバッグの中に入れ旅に出たという。約束を果たすための旅に。
「旅の途中、明人を助けたのは、俺が太刀川を継ぐと決めた覚悟からだ。莉愛先生は決して苦しむ者を見捨てないから」
それからの話は、明人の知る通りで、明奈も断片的に知っている。語る必要はないと判断した奨は口を閉じ、飲み物を一口含んで、渇きを訴えている口内を潤した。
明奈も明人も、奨の話した今の昔話になんと言葉をかければいいか分からない。一方で御門は少し不満気味だった。
「ちょっと―、僕の話がないぞ?」
「俺はお前と莉愛先生が外で何をしていたかは詳しく知らん。自分の話は自分でしろ」
明人がとりあえず、御門と奨がなぜ慣れ慣れしく話をしているのかについては納得した。
「もう16歳か。初めて会った時が10歳だったから、こうしてみるとずいぶん大きくなったもんだ」
感慨深いのは事実のようで、
「莉愛もうれしいだろうさ。君が自分と同じように弟子を取っているなんてね。成長を感じるよ」
明奈を見ながら御門はその本音を暴露する。
明奈は奨の言葉の直後に御門に見つめられ目を逸らす。かわいいねー、と独り呟く御門。
「莉愛先生と同じようにとはいかないだろうけど、あの人の真似事をするのはとても楽しい。ようやく先生の気持ちが少し分かったような気がする。弟子がいると、可愛がりたくなるもんだな」
明人も同じことを思っていたのか、単に可愛がりたいという言葉に同意を示したのか、うんうんと頷く。
テーブルのおつまみがなくなり、奨の長い話が終わった。そろそろ日付も変わろうとしている。
奨の話が終わった後は、なぜか御門が場を掌握し、自分の話をし始めた。
莉愛とともに戦ったとされる北条家との戦いの頃の話はしなかい。代わりに初対面の2人が相手だからか、御門家が行っている研究の概要や日々の活動、御門家の人間共存理念などを熱心語った。
彼が言うには、自分をさらけ出すのが信用を得る最初の一歩、という思想から来るものらしい。しかし、うんうんと素直にうなずく明奈はともかく、〈人〉の社会も体験してきている奨と明人にはその目的は筒抜けだった。
「君たち、うちで働いてみないかい?」
「やっぱりスカウトか。光さんに同じことされたことがある」
「な……! おのれヒカリン……やってくれたな」
「光さんよりも露骨だ。思惑が透けて見えている」
「いやあ、そこは仕方ないだろう。家を知ってもらわないと、話を切り出すこともできないからね」
この場に居座ってきたのも、元々スカウトが目的ではないかと言うほどの、流暢かつ準備万端なプレゼンテーションだったので、明奈は見事に、御門家が魅惑的に見えてくるマジックに引っかかっている。
自分だけ、という事実に恥ずかしさから明奈は顔を赤くした。
「でも、これは君たちにとっても悪い話じゃないはずだ」
御門は続ける。まだあきらめていないのか、と奨は呆れたが、御門は本気だった。
「ここは源家の領内だ。つまり〈人〉の支配圏。君たちは彼らといつ戦いになってもおかしくはない。万が一捕獲されることがあれば、君たちの安全は全く保障されなくなる。今のままだとね」
奨は源家に狙われているのを知ってか知らずか、このタイミングで御門が出した提案は的確と言わざるを得なかった。
「だが、御門家所属なら僕は君たちを助けるために動ける。当然立場上労働という対価は貰うが身分と生活は保証するし、万が一があっても助けてあげられる」
「手厚いな。どうしたいきなり」
「莉愛の弟子とその仲間に万が一のことがあってはならない。6年前からずっとそうしようと思ってきた。奨君、僕は莉愛の忘れ形見の君を見殺しにしたくはない。保険を取っていてほしいんだ」
その時の御門は珍しく真面目な顔をしていた。
それに対し、奨は迷いはしなかった。
「遠慮する。ようやく春を見つけた。まだどこかに落ち着くわけにはいかない」
「1人見つけるのにも4年かかっている。他の子は……御門家でも見つけられていないのが現状だ。僕は莉愛の忘れ形見は絶対に取り戻す。それだけは本気さ。そして君も当然その中に含まれる」
「……恋人とはよく言ったもんだな。責任を取る気はあると?」
御門の珍しく真顔で頷くところを見て本気を感じた奨はしばらく悩み、そして口を開いた。
「俺はいい。その代わり、もしもの時は明人と明奈の2人を助けてくれ」
明人はやや怒り顔で奨をどついた。勝手に決めるなと。
奨は肘を思いっきり突き刺された脇腹をさすりながら、その理由を説明する。
「明奈との約束を守れそうになくなったら、俺は明人や明奈がどうなるかが怖い。御門家が保護するなら俺と道連れになることはなくなる。お前には無事でいてもらいたい。明奈のこともお前になら任せられる」
現に源閃が奨を狙っているのは事実だ。八十葉家の傘下であれば、奨の傭兵として腕は聞いているだろう。
八十葉家は自らを頂点として傘下の家を強い順に決める。そこで徳位の次、仁位に存在するのなら、それ相応の力が伴っている。そこの次期当主となれば、普通に考えて人間が叶う相手ではない。
奨が弱気になるのは当然だ。それに加えて奨が不安を隠せない理由を、明人はもう1つ知っていた。
「奨、お前」
「ああ。おそらくあいつと戦うときに使うことになる」
明奈は何の話をしているのか分からない。しかし、御門は何故か奨の秘密に心当たりがあるようで口を開いた。
奨は着ていた私服の長袖をまくる。明奈は違和感を覚えたのは、奨は今まで毎日、激しい訓練をしている時も長袖を着ていて、腕を露出したことがなかったからだと、今さらになって気が付く。
そしてそこに禁断の秘密が隠されていた。
「腕輪……?」
当然それが、『そういうもの』だと考えざるを得ない。奨はそれを否定しなかった。
「明奈、お前の考えている通りだ。これは莉愛先生がつけていた実験品だ。事件があった後、切り落とされた腕を先生は持ち帰ってきた。それを継承した」
御門の機嫌が悪くなるのも、奨がその腕輪を見せたのとほぼ同時だった。
「俺は幸いにも適合者だったらしい。腕輪を使うと俺の体は〈人〉と同じになる。テイル粒子数が爆発的に増えてより強い武器も想像できるし、身体能力も向上する」
「危険性は説明されなかったのか! 体に大きな負担が来る! 全身に信じられない痛みが来ることだって」
「何回か経験したよ。けど、お前も知っているだろう。一度つけたらこれは外せない。俺は別にいいと思ってる。これは誓いだ。春を、他の仲間を取り戻すという決意の証だ」
怒りを見せる御門に一歩も譲らない奨。明人が奨をフォローする。
「現状腕輪の力を使わなければ影響はない。これも所詮デバイスの1つ。使おうとする強い意思がなければ起動はしないし、使い終わって封印したら奨は元に戻る。俺が腕輪の影響が最小限になるよう封印してる」
そして、明奈を安心させるために、彼女の方を向き次の言葉もつけ足した。
「奨は今もまだ人間だ。奨を何もかも変える前準備しかしていない状態で機能を止めている。だから今まで見た普段の様子も、戦闘の間も奨は人間だ。それは俺が保証する。腕輪を使わない限り〈人〉じゃない」
「明人先輩は腕輪の話を知っていたのですか?」
「対〈人〉用の最終兵器だと聞いてたし、事実使わざるを得ないときもあった。その後、血を吐いたりはしてたが」
「全身が痛むとか、血を吐いたとか……! そんなの、心配です!」
明奈の本気で心配する目を見て、奨も今更に秘密を隠す必要はないと考えたのか、自分の今の状態を報告する。
「後1回か、2回使えば。俺の意志と明人の技術があっても腕輪を抑え込めない。俺は完全に変わるだろう」
つまり明人や明奈が忌避している〈人〉になるということ。
「俺は精神の変質が、思考が変わるのが一番怖い。俺にとって明人も明奈も大切な仲間だ。でも、所有物のように扱うかもしれない。それは嫌だな」
いつもはクールで格好いい師匠だった奨が、本気で怖がっているところを明奈は初めて見た。
御門は奨に語り掛ける。
「なら君はもう戦うべきじゃない。うちでも、いや八十葉がいいなら八十葉でもいい。もう仲間探しは諦めてでも、落ち着ける場所を探すべきだ」
「だめだ。これは俺の生きる理由だ。俺は自分のやり方で最後まで戦って死ぬ。それは誰にも邪魔はさせない」
明確な拒絶。御門もそれ以上言葉を重ねて説得をしようという気は起らない。御門は在りし日の彼女に重ね、奨を憐れんでしまう。
死ぬ覚悟があるというのは酷な話だ。まだ奨は16歳、莉愛よりも若い彼を、御門は見捨てることはできそうになかった。
「死ぬ覚悟があるのは俺だけだ。明人も明奈もこれからがある。だから、せめて俺のせいで破滅してもらいたくない。御門、お前に2人を守ってもらいたい」
ここで明人が一刺し指で、奨のこめかみをつついた。
「何勝手に格好つけてんだ」
明人はつついた指をそのままぐりぐりと動かすと、最後にピンと弾く。
「俺は最後までお前と一緒だ」
それを聞き、明奈もそれに続いて、
「私も、まだ離れたくはありません。ここでお別れは嫌です」
と自分の意志をはっきりと言葉にする。
明奈はしっかりと自分の意志を話すようになり始めていた。少しずつ、自主性と積極性が生まれ始めている。御門は3人の結束を前に開きかけていた口を閉じ、言いかけていた言葉をしまう。
「……今は諦めよう。僕も僕の誓いを君に邪魔させるつもりないよ。それは覚悟しておいてくれ」
御門は立ち上がると、足が痺れているのか、左足を引きずりながら、入り口の戸に手をかける。
「気が代わったら、僕は迎賓館の客室で寝泊まりをしているからいつでも来るといい。僕も莉愛の元相棒として、強引にでも責任をとるつもりだからね」
御門は3人のいる宿から去った。
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