外伝3-15 爺と同期とパーティー会場で

「今日は、うちの隊の幹部女子勢が腕を振るわせてもらったわ。どんどん食べてね!」


 元豪華客船の2回にあるレストランブースを貸し切ってのパーティー。その内容は『〈影〉チーム12、早達春隊。新幹部の太刀川奨歓迎パーティー』という名目だった。


 春や仲間たちにとっては建前ではないだろう。


 客観的に見ても、奨は捕らわれの身。


 春や他の幹部にかけられた制約の術を受け、そして明人が人質になっていることを踏まえれば、これからは否応にも春や〈影〉のメンバーの命令に従わざるを得ない。それはすなわち、〈影〉の一員として振る舞うことになるだろう。


 そして感情的にも、春や隊の幹部となっている莉愛の子供だった皆は奨を心から歓迎しているに違いなかった。


 世の中の悪になりたくなければ潔く自殺すればいい、といった正義感は残念ながら奨にはない。


 奨は元々、仲間を救い出すためにこれまでも、これからも戦う男だ。それは正義感からではなく、彼自身がそうしたいからそうしてきた。


 故に今も、自殺は考えていない。今は『明人や聡や華恋を外に出して、そして春たちを馬鹿な行為から足を洗わせる最善の方法はなにか』と『そのために今は好機を探るしかない』ということを思に考えている。


 そういう意味では、奨は実は、仲間思いではあるが、正義の味方ではないのだ。


 そういう思想だからか、パーティーも頑なに拒むことなく参加している。そして参加している春隊の幹部、そして幹部一人一人が好きに使えるよう割り当てられた50人から100人の部下隊員も全員参加しているなかで、どんな人間がいるか、積極的に情報収集している。


「しょー、ノンアルワイン注いだぞ」


「ダイキ、まだ16歳だろう? お酒は20歳になってからだ」


「カタいこと言うなよー真面目だなぁ。大丈夫だよ、ワインっつても、まあ、それっぽい味のジュースだからさ」


「そうか。……それなら八十葉家での慰労会以来だな。飲むのは」


「八十葉での慰労会? なんだよそれ」


「地雷か? 言うべきじゃなかったか」


「俺は、大丈夫だよ。別に俺は〈人〉だったらなんでも恨んでるわけじゃねえ。そこらへんのエピソード話しても発狂しねえよ」


「そうか?」


 フラムと陽火も興味があったのか、奨へと接近する。


「お前らな……」


「気になるなー」


「聞かせて欲しいです。奨」


「……いい思い出じゃないぞ」


 そこからまるで紙芝居芸でも始まったかのように、奨の周りが賑わい始めた。


 それを遠くから見ていた聡。そして華恋。


 華恋はお腹を鳴らしている。目の前のごちそうは、莉愛に料理を仕込まれた莉愛先生の生徒たちが作ったものなので、まずいはずもない。きらきらと輝くそれを目にして、それでも敵の施しを喜んで受けてよいのかという善心が足を引っ張りどうすればいいか分からない。


 その時、1人、老人が隣に立つと皿を華恋へと渡した。


 その老人を見て華恋は驚く。


 異様な佇まい。目に光は宿っておらず、見た目から悪人だと分かるような服装と邪悪な笑みを浮かべている。


 教えてもらわなくとも、この老人が、フォーグランツという〈影〉の総統であることは分かった。


「なんで……」


「まあ、食え。腹が減ってはどうしようもない。せっかくの祝宴だ。悪趣味に騒ぐといい。若者よ。お前さんの持つ反抗心に口出しはせんよ」


「え……?」


 華恋はここまで完璧にふるまっていたつもりだったので、裏切りの可能性を言い当てられて混乱する」


「儂はこれでもそれなりに経験を積んだ爺だからな……儂を、春を、恨んでいるだろう?」


「そんなこと」


「装うな。そうだからといってここで処断はせん。どのみちゆっくりと儂の理想に染まってもらうつもりだからの。今は、言うがいい。お前の本心を」


「もちろん。あなたは嫌いです。私は、光様の元でお仕えしたかった」


「そうか。だがな、そればかりが正しいことでもないだろうに。儂の理想とは相反する。儂の理想は語るには簡単よ。人間が〈人〉の支配を受ける必要のない社会だ。そのために既存のすべてを破壊する」


 フィーグランツは、一介の見習いである華恋に、なぜか、己の本心を垣間見せた。


「我が悲願の成就が近いことを思い知る。これまで6年。〈人〉に殺された我が息子の復讐だけを考えたが、ここまで大きくなるとは思いもしなかったわ」


「……そうしたのはお前のくせに」


「ふぉふぉふぉ。否定はせんがね。だが、6年の間で、儂も丸くなったものだ。昔は最強の兵隊を作り復讐のみを目論む悪を目指したが、春を見ているとな」


「今でも悪人じゃないですか」


「ああ。そうとも。儂は悪そのものだ。おそらく我ら〈影〉は歴史上最悪のテロ組織として名を残すだろう。そのために、儂はお前達子供の意識を消し、すべての命令に従順に従う人形をつくる予定だった」


 総統は一度大きなため息をつくと、いつの間にか奨の近くにすり寄って『しょうー、あーんしてー』とのろけている春を見つめる。ちなみに奨はやぶさかではなかったのか、仕方なくもそれを受け止めた。


「だがな。春は耐えた。そして目覚めた。あれは確かに、女神になるだけの素質があるだろう。儂が破壊の化身を目指したが、奴は支配者を目指している。その違いこそ決定的であり、〈影〉の多くの隊員が意思を残しながらも〈影〉のために戦っている。それは人形ではなく、兵士だった」


「でも、それならどうして、貴方の言うことに従ってるの。みんなは?」


「言われたであろう。儂は連中に呪いをかけている。儂の理想を正しいと思う意思の制限、そして逆らえば命を奪う首輪。儂がおぬしらを支配するための枷。だが、もはやそれは〈影〉に従うきっかけに過ぎないだろう。今、少なくともこのに集まる春の部下は、春を信仰している」


「信仰……?」


「そうだ。〈人〉の世を間違いとし、新たなる秩序を掲げる彼女の理想に心酔しているのだ。儂が種をまき育ててみたら恐ろしい妖華が生まれたものよ」


 言葉とは裏腹に、爺は笑っていた。華恋にはそれが理解できなかった。自分の思い通りにならない存在を目の前にして、なぜ、嬉しそうにできるのか。


「だが、別に良い。儂は〈人〉の世を破壊してくれればそれでいいのだ。それ以上は望まん。その後の未来に〈影〉が何をしようと自由だ。〈影〉が勝利した後の世における彼らへの報酬とも言えるかの」


 爺は華恋に向けて、華恋の光を吸い込むような闇が渦巻く瞳を向ける。


「少女よ。正義とは秩序を示すものだ。だが、時にそれは正しいことではない。闇を知れ。悪を知れ。そして腹の中に蓄えるがいい。清廉潔白などという戯言を吐いていては、この〈影〉では生きてゆけぬぞ? 欲を知ればおぬしも、儂を楽しませる玩具になれることだろう。期待している」


 フォーグランツはそれだけを言うと華恋の元から去った。


 後ろで聞き耳を立てていた聡もまた、意外な大物との問答に驚きの表情を隠せていなかった。


 華恋は受け取った皿の食べ物を口に入れもぐもぐしている。怪しい男との問答の後でも光るおいしさに目を輝かせた。


 同じ頃。


 話が終わるのを見計らっていたのか、聡の近くに、2人の同年代の子供が接近する。1人はフラムの横にいた少女、もう1人は陽火の後ろに居た、女性っぽい男の子。女装をしているわけではないが、聡が今近くで見ても、とても男性とは思えない。


「あなた、春様の部下でしょう?」


 部下とは言いたくないものの、奨との約束で『〈影)の中でも耐える』ために怪しまれないように振る舞うことに。


「そうです」


「言葉使いは砕いていいよ」


「ならお言葉に甘えて。そうするよ」


 口の中を物を飲み込み華恋も聡に続き一礼して、続けて2人に挨拶をする。


「同年代の見習いって意外と少ないから、急に2人も増えるなんて驚いた。失礼、自己紹介だね」


 気合を入れたのか、聡に話しかけた少女は眼鏡をクイっとあげる。


「名前は水落みら。フラム様の弟子をしてる。〈影)で頑張るつもりだから、これからよろしく。ほら、アイも挨拶」


「相木って言います。その、どうか……お手柔らかに」


「私たち2人。フラム様や陽火様と一緒に、〈人〉を殺すため修業中。修業仲間が増えるのは嬉しいな」


「うう……水落はすごいよね……。すっかり染まっちゃって」


「だって、楽しみでしょう。春様について行けば新しい世の中が見られるんだから。いつか私も幹部になって、直接、私に知らない世界を見せてくれた春様のお役に立ちたいな……」


「……ごめんね。水落、ここに来てから、少しテンションがおかしいんだ。フラムさんの前だと、つつましくなるんだけどね……」


 これから短い付き合いになるか長い付き合いになるかは分からないものの、翻意を悟られないようにめいいっぱいの笑顔で応えた。


 仲間ではないだろう。ゆくゆくは殺し合うかもしれない。


 しかし、しばらくは何度も顔を合わせることになる。仲間、という立ち位置であることに語弊はないだろう。


「これから頑張ろう。共に、〈影〉の一員として」


 握手をして、〈影〉において奨以外の初めてともいえる接点を作ることになった。






















 ――半年後。


 同じ場所で、聡は水落と相木と話をしていた。


 そしてまた同じようにパーティーが開かれている。


「そういえば、半年前もここで話をしたんだっけ? サトル」


「ああ。そうだね」


 目を向ける先。半年前は奨が話題の中心になっていたが、今は華恋が多くの隊員に囲まれている。


 今日のパーティーの題名は『聡と華恋の幹部昇進パーティー』となっていた。

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