外伝3-14 影から逃げる一筋の希望
悪夢から抜け、春はむくれていた。
「結局何もできなかったし、何なのあの強さ……」
「お前の心酔する莉愛先生の別側面。なかなか可愛いだろう?」
「あれが可愛いって……」
聡が驚きだったのは、幾度となく殺されていながらも、奨は全く辛そうな顔も苦しそうな顔もしていなかったことだ。
(精神が強すぎる……)
自分の恩人が、喜びながら自分を殺すなんてとても耐えられないだろうに。
「お生憎さまだな。俺はお前に救ってもらう必要はない。分かったらとっとと今日やるらしいパーティーの準備でもしてきたらどうだ?」
「……むぅ」
「そんな顔してもだめだ」
「分かったわ。なんか脅してるのこっちなのに手玉に取られてる感じがする」
「気に入らなければ、俺を明人ともども殺せばいいだろう?」
「そんな簡単に言わないでよ。私諦めないから。いつか私にメロメロにしてやるんだから」
「メロメロ? 馬鹿になったか」
「意地悪! 先行ってるからね」
春はそれでも少し楽しそうな顔をして、部屋を後にする。
その背中を見送った奨は2人に接近する。
「ようやく、邪魔者も消えたし、話せそうだな。聡と……華恋だっけか」
2人は頷いて奨に反応を返した。
奨の第一声は、なんと頭を大きく下げるのと共に発せられた。
「すまなかった」
聡は謝られる理由が分からずに絶句。華恋もまた理解不可能だったものの、奨にしっかりとその旨を発言した。
「あの……奨さんがなんで謝るのでしょうか?」
「俺が、あの島で春を止められていれば、君たちは逃げられた。この結果を招いたのは俺が不甲斐なかったからだ。俺がもっと強ければ、もっと上手く立ち回っていれば、君たちに地獄を見せる羽目にはならなかった。謝罪で済むことじゃないことは理解しているつもりだけど」
聡は頭で考えるより先に言葉が先に出てきた。
「そんなことないですよ。〈影〉が恐ろしい組織であることは知ってます。それでもあなたはきっと戦った。僕らが捕まったのは、少なくとも奨さんのせいじゃないです」
それはつまり聡の本心で在ることを示していた。華恋もそれに付け足しも反論もしなかった。
「……失敗は必ず取り返す。少なくともお前達を、必ず和幸と八十葉さんのところに返す。必ず」
「お気持ちはありがたいですが、そんなこと、できるのでしょうか?」
華恋の即時の反論は
奨もそれは否定しなかった。
「ああ。今すぐには無理だ。それは認める」
「そしたら、少なくとも私のことはお気になさらないで結構です。時間がかかれば、光様は私のことを忘れるでしょうから……」
「……ここで死ぬ気か?」
「う、それは」
「だろ。希望を捨てるな。生きる道は何も1つじゃない。だけど、このまま影に居て腕輪をつけていれば、連中の仲間とみなされて断罪の対象になることは目に見えている。手は打たなければいけない」
奨の言う断罪とは、いずれ来るだろう〈影〉と十二家との全面戦争の瞬間を表している。
世界の敵となった〈影〉を倭を統べる十二家覇許さないだろう。その時、腕輪をつけている者は容赦なく殺される、聡や華恋にと言っては、望んでいない最悪の未来が訪れる。
「……だが、今すぐ逃げるのは、仮に脱出手段を持っていたとしても無理だ。君たちも春に妙な術を掛けられているだろう?」
「はい。規定の敷地から離れようとすると意識を失うようです」
「それは強力な呪いのようなものだ。俺にもつけられている。そしてそれは、春だけではなく、幹部以外の全ての団員がそうだ。〈影〉の信用を得られない限りは、呪いが外れることはない。特に、反逆でも起こそうものなら、心臓に呪いがグサリだ。今のままでは、俺達も連中の言う通りにするしかない」
「え……」
聡はすぐ胸に手を当てる慌てよう、もちろん意味はない。体の中身に作用する呪いなのだから。
「あう」
「馬鹿ね」
華恋は聡に苦言を呈して、奨の方を意味ありげに見つめた。言う間でもないが『ではどうやって、その呪いを解除する気か?』という意味を込めている。
それをくみ取った奨はその質問に答えた。
「方法はある。この呪いは何人かの幹部と総統であるクソジジイが多重で効果を強めているものだ。だけど、それを解析して効果を向こうにできそうなやつに心当たりがある。まだ時間はあるだろう。君たちには紹介したい。ついてきてもらっていいか」
逃げられる算段はある。
2人に断る理由はない。可能性を全く見つけられない2人にとって光明ならば、そこに賭ける価値は十分にある。
2人は奨の申し出を了承して共に部屋を出る。
影の本拠地である街の港に停泊している大きな船。
どうやら現在は船としては使われておらず、〈影〉の人間の住居として使われているらしい。元々が豪華客船だったためか、いろいろと住用の部屋の他に施設があるらしい。
B1フロアへと続く階段を降り、廊下のT字路を右へと進みしばらくの先に部屋に入る。
「……人質であり、今、療養中の俺の相棒がいる」
部屋に入ってすぐ聞こえてきたのは、苦しそうに叫ぶ男の声。
聡はその男を見てすぐに誰かが分かった。
「明人さん」
須藤明人、明奈のもう1人の師匠。そして太刀川奨のたった1人の相棒だった。
「……源家本島での戦いで、奴はテイルを全て失って倒れた」
「え、それじゃあ」
「だが、腕輪にはテイルを補う力がある。その力を応用して、奴に腕輪をつけることで、本来は二度と戻らないはずの意識が戻っている状態だ」
「生き返ったという……ことですか」
「ああ。だが奴がつけているのは腕輪だ。今も奴は死の夢を見続けている。それも尋常ではない何かだ。悪夢に囚われ目覚めないのはさすがにおかしいはずなんだ……」
心配そうに見つめる奨だったが、すぐに本題へと戻った。
「まずは奴の回復を信じて待つしかない。大丈夫だ。あいつは絶対に負けない。明奈を残したまま、くたばるはずがないんだ」
「奨さん……」
「そして戻ったら、アイツの手で、俺達に埋められている呪いを解析して無効化してもらう。行動はその後だ。呪いをかけている全ての連中に反逆を始めるのは」
華恋は少し信じてない顔だったが、聡は、腕輪というオーバーテクノロジーを解析し、奨の腕輪を封印していたその腕を知っている。信用には十分値すると分かっていた。
「そうですね。僕は信じます。明奈も、きっと生きてると信じてる。また、会いたいですから」
「聡……」
華恋が聡の様子を見て、奨を信じる方へと意識を振り切った。
「私も、賭けます。この可能性に」
「そうか、ありがとう」
奨は2人に言う。
「俺は手を尽くす。だけど1人じゃできないこともあるだろう。その時は協力してほしい。そして、しばらくは耐える時間が続くだろう。でも、諦めるな。〈影〉に染まるな。負けるな。今俺は、それだけを君たちに要求する。悪夢にも打ち勝て。そうしないと、壊れることになるからな」
無茶な要請だったが、それは是非に関係なく、そうしなければいけない状況だ。
2人の前に希望が見えた今、それに確かな意味が生まれたことが大きな救いだろう。
「はい」
聡と華恋は声を重ねて、奨の頼みに肯定の意を表明した。
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