外伝2 エピローグ 3/3 頂へ歩きだす

 明奈は病室の中で目を覚ました。

「起きたか」

 床に伏していた彼女を見ていたのは意外な人物だった。

「あなたは……天城様?」

 天城正人。天城家次期当主だ。

「久しぶりだな」

「……私……」

「状況が分かってないって顔だな。一応説明しておくか。まあ、そう難しい話じゃない。お前の連れが、お前がくたばってたところを助けたってだけの話だ。確か、あのクソガキ……そうそう、アマエ……とか言ってたか」

「そうですか……」

 自分の最後の記憶は地下道で座り込んだところだった。あの時は必死に平常を振る舞っていたのだが、見破られていたと分かり、自分の未熟さと嘘がバレた恥ずかしさで顔をほんのり赤らめる。

 しかし、その反面、あの時は本当に死にそうだったため、気づいてもらえたことは少し嬉しかった。

 もちろんここでは口にしないが。

「私なんかのためにベッドを1つ貸していただけるとは、ありがとうございます」

「そう自分を過小評価するな。俺の部下もお前に世話になってるのは聞いている。天城家領内の敵をするのそれに戦果を各地であげている傭兵を悪いようにはしねえよ。俺らは実力主義の社会を理想とする天城家だからな。そこは筋は通す。それに、お前を変な風に扱うと、反逆軍独立魔装部隊と八十葉家の2つからにらまれるからな。隣で騒ぎを起こされている現状で、さらにその2つを相手にするほどの覚悟はまだない」

 明奈はその名前を聞いて、焦りを見せた。

「その人たちに連絡は?」

「俺はしてないぞ。ただ、どこからかぎつけたのか、どうも天城家のどこかにはいるらしいというところまでバレてるみたいだ。なんだ、見つかりたくないのか?」

「はい……」

「太刀川奨と須藤明人を奪われたことへの復讐があるから、なんだろうな。光のやつも野田和幸もなんだかんだで過保護そうだからなぁ。確かに見つかったら厄介かもな」

 太刀川奨と須郷明人。

 明奈が大好きだった師匠と先輩の名前だ。

「はい。私は、そうすると決めています。そのためなら、この命など、喜んで投げて捨ててやる」

「……そうか。あいつらは幸せものだな」

「先輩は死んだんですよ……何が幸せ」

 天城はムッとした顔になった明奈に臆せず語る。

「それは忠誠とはまた違った在り方だろう。思慕と言うべきか……。ともかく、誰かに本気で想ってもらえるっていうのは、本当に幸せなことだ。俺は、そんな経験がないから、正直羨ましいぜ?」

「すみません。私、貴方にそんな気にさせるつもりじゃ」

「そう気を遣うな。俺らがあの頃、もう少し力があれば……〈影〉なんかに負けなかった。お前は、情けない俺らを責める権利がある。俺はその自覚はある」

「いえ。皆さん本当に凄いことをしたのだと、今、本当の意味で理解しています。多くの生存者をもって脱出できたのはあなた方の尽力のおかげだった。旅をしながら分かったのは、あの日、各地で起こった〈影〉の襲撃の中で、生存者がいたのは、源家本領からだけだそうです。〈影〉の強さも、狡猾さも。旅の中で理解してきた今だからこそ、それがどれほどの偉業だったかは分かるつもりです」

 明奈は腕と足に力を籠める。この場で受けた治療は完ぺきだったようで、もう痛みもなく各場所を自由に動かすことができる。

「治療費は後程振込します。すぐに、出る必要がある」

「なんだ。俺としては、あのクソガキについていてほしかったんだけどな。ついでに俺の家に所属してもらってもいいんだぜ? 傭兵、太刀川明奈。その実績は多くが認めるところだ。ウチでもいい線いくと思うんだが」

「魅力的なお誘いですが……私にはやるべきことがありますので。ここで足を止めるわけにはいきません。あなた方のところに所属することはできない」

「ほう、魅力的には思ったか。そりゃよかった。だがまあ、それは〈影〉を殺した後の楽しみにとっておくか。その方が望みありそうだからな」

 天城は満足げに笑みを浮かべる。

「治療費は結構。ツケはあいつらに払わせる」

「あいつら……?」

「お前の連れ2人」

 明奈はそれが昇と季里のことであることをすぐに理解する。

「隣の領を騒がせてこっちに迷惑が出る分は働いてもらうことにした。俺の弟の近衛になってもらう予定だ。それまで生きていればの話だがな」

「それは、ダメです。私のことは私が責任を持たないと。彼らに、変な責任を押し付けて行くことはできません」

「そう言うなよ」

 天城はしばらく言葉を選ぶ猶予を取った後、明奈の不思議そうな顔に向けて疑問に対する回答をした。

「なんつーかな……お前は今まで1人のつもりだったかもしれないが、もうこれからは正真正銘、お前を心配する生きた人間がいるってことだ。あのクソガキと歩家の裏切者。ってこう言うとなんか悪いやつみたいだな。それはさておきだ。天城の一員となったあいつらが悲しむようなことがあれば、最悪俺の弟にも影響が出かねん。だから、俺がお前に恩着せがましく言うのは1つだ」

 デバイスを起動し、少しの間目を閉じる天城正人。

 彼は想像していた。

 そして、紙をペンをその場で創り出し、明奈に差し出す。

「今時手書きかってのは、まあ、風情があるからってことでな。とにかく、あいつらにお前を心配させてやれ。その方が友人らしいってもんだ。貸し借りってのも1つの縁。俺は、お前の師匠に借りがあるから、それがきっかけでお前を気にかけてる。それと同じだ。金輪際関わることはないだろうなんて寂しいこと言わずに、縁は繋いだままにしておけ。その方が、アイツらのためにも、意外とお前のためにもなるかもしれん」

「……でも、少し怖いんです。もしも、彼らを私の戦いに巻き込んでしまった時が」

「お前がここに運び込まれてから10日。その間、俺もあいつらを観察してたが、俺から見れば、たぶん喜んで巻き込まれるだろ。だから気にすんな」

 天城正人のデバイスに通信を知らせる通知が入った。天城は一度病室を離れるため立ち上がる。

「まあ、もう少しゆっくりしていけ。怪我が治ったら……そうだな、京都に向かうといい」

「京都……?」

 天城正人の声のトーンが少し下がった。これは彼がまじめな話をする時によく見られる兆候だ。

「もうすぐ、京都の人間自治区を狙って差別主義の連中が合同で作戦を講じるらしい。それを俺達実力主義派と御門家と八十葉家で迎え撃つつもりだが、どうも、そこを狙って〈影〉が来る。その神託を、御門が受けたらしい。おそらく京都は、人間と〈影〉と〈人〉が争う史上最大規模の戦場になる。そして、恐らくそこには〈影〉の幹部も」

「幹部……!」

 明奈の目に突如、天城も感心するほどの殺気が宿った。

「そうだ……どのみち次のお前の戦場は決まってる。ウチにいようが、傭兵として生きようがな。だから俺はお前に変な強制はしないのさ」

「ありがとうございます。……たぶん、秘匿情報ですよね」

「なに、気にすんな。強いて言うなら、次の戦場、すこーし俺ら贔屓のつもりでいてくれりゃいいさ。じゃ、手紙、書けたら呼んでくれ。俺のデバイスのアド、教えておくぞ」

 正人が部屋を後にする。

 明奈は感謝の言葉を述べたのち、筆を持ち、文面を考え始めた。





 京都の町は神秘と呪いの街。

 人間と彼らを守護する霊が自由に街を行き来する、和を意識した建物の数々が並ぶ繁華街。

 林太郎と如月は、未だその街を歩くことに慣れない。

 しかしその慣れ具合も、2人の間では差がある。

 林太郎はすでに京都に来てから1週間経過したにも関わらず京都の都会ぶりにきょろきょろしながら挙動不審な様子で街を歩く。

 一方で如月は、既に街の雰囲気には慣れたのか、京都で購入した新しい服を着て堂々と歩いている。

「ああ、やめてリンタ。もういい加減慣れなさいよ」

 リンタ。というのは如月がいつも林太郎を呼ぶときの愛称だ。

「いやあ、もうしばらくは無理だな。お前の肝のすわりかたが羨ましいよ」

「だからって長すぎ」

 京都は12家の中でも親人間派である御門家の敷地であり、御門家があえて内政について口をほとんど出していない人間自治区でもある。伊東家領と反対で、人間と〈人〉が対等な立場で暮らしているその光景は、伊東家領出身の彼らにとっては目新しいものだったことに違いない。林太郎が慣れていないのは、生活環境があまりに変わりすぎているからだ。

「そこの兄さん」

「はい?」

 林太郎に話しかけてきたのはなんと〈人〉だった。

 林太郎はつい身構えてしまうが、向こうは特に彼とことを構えるつもりなどさらさらない。

「おいらの式神をしらないかい? その、生き物なんだけど、黒くて丸っこい……、説明が難しいんだが、球体みたいなやつ」

「いや……みてませんね……」

「そうか。どうも!」

 その〈人〉はすぐに駆け出しその場を後にする。

 如月はきょとんとした顔になっている林太郎をニヤニヤした顔で見つめた。

「ビビってた」

「そ、そんなわけねえし」

「ほんとかなぁー?」

 2人が今向かっている先は、京都反逆軍本部。今日は一般公募枠の入隊試験を受けるべく、試験会場である京都タワーの下にある本部兼要塞へと向かっている。

「あ、君たち!」

 2人で向かっている途中、林太郎と如月は同じ方向へと向かっている同い年くらいの男子に話しかけられる。2人はその顔をみて、知り合いとは認識せず、どこかで会ったような、という感想を抱いている。

「あの、どなただったっけ……?」

 慣れ慣れしく話しかけてくるということは、向こう側に面識があるということ。しかし如月は全く思い当たる節がなく、首をかしげてしまう。

 接近してきた男子はその反応に納得の表情を示し、自己紹介をはさんだ。

「俺の名前はレオン。歩家領から逃げてきたアジトのリーダーやってたんだ」

「あ、あああ!」

 林太郎は思い出し、驚きの声をあげる。

 如月はピンときていないものの、林太郎の反応を見て妖しい男ではないことは納得した。

 レオンは軽い態度で2人に話しかける。

「俺も今から反逆軍に、入隊試験を受けに行くんだ。でも少し緊張しててね」

「他のアジトの仲間とかに居なかったのか。一緒に入る人」

「ああ、いるにはいるんだけど。俺、昇くんと季里ちゃんがてっきりこっちに来ると思って、彼と一緒にチームを組もうって思って仲間にもそう言ってたから、今ぼっちなんだよね」

「ああ……そうなのか」

 林太郎や如月も同じような経緯となっている。

 その共通点があり3人の間にあった緊張感が少し緩和される。

「だから、一緒に行かないか。俺が彼の代わりになれるわけじゃないが、全く知らない奴と一緒よりは、話題にも困らなさそうだ。どうかな?」

「それはいいわね」

 如月がすぐに賛成した。

「アジトでのアイツの話、聞かせてほしい」

「そうだな。せっかくだ。ライバルは多い方が楽しそうだ。レオン、ってよんでいいか?」

 レオンは2人に認められたことに満足し、嬉しそうに頷く。

「レオン、俺達と一緒に、向こうで頑張ってる昇を驚かしてやろうぜ、次に会うときにさ」

「それはいい。そうしよう。共通の目的だな」

「いいねーそれ」

 林太郎と如月、そしてそこにレオンが加わり、3人組となった彼らは歩き出す。

(昇……! 待ってろ。ここから一気に追い上げて、お前を置いて行く!)

 新たな未来へ。




 アリーナに集合する新規入隊希望の雛鳥たち。

 その舞台裏から、集まった人間の見るのは反逆軍守護者、第8位と第9位の夢原と東堂だった。想定していた以上の人間の救出を成し遂げた功績をふまえ、昇格したのだ。

「すごい数だな……」

 今回の入隊希望者は過去最大の300人以上。

 その多くは歩領で起こった戦いの関係者だった。

 彼らの多くは、志望理由が書かれている志願書には、あの戦いに感銘を受けて自分がああなれたら誇らしいだろう、と新しく見つけた夢を語っている。

 夢原はそれを見てうれしそうに見ていた。

 特に、内也や壮志郎のことを挙げている人間はかなり多かった。

「夢原……」

「うん……」

「何を泣いてる。ここは誇るところだろう。お前の部下が、新しい反逆軍の未来をつくったと言ってもいい」

「この光景を……見せてあげたかった」

「見せてあげたかった? そうじゃない。見せるんだろ」

「そうね。でも、ああ……本当に嬉しい。私は、ただの師匠なんだけど」

「なら、夢原。お前は落ち込んでいる場合じゃないぞ。壮志郎や内也がいない分、俺やお前が、アイツらの手本になるんだ」

「ええ……そうね」

 試験が始まる。

 2人は今回の試験官の一員だ。そして最初の挨拶と演説を担当することになっている。

 夢原は一滴こぼれた涙をふいて、東堂の後をついていく。





 ちょうど同じ頃。

 天城家の一室で、新しい制服に身を包み、新たな門出に出ようとしている2人がいた。

 その制服は、天城家本家の戦闘員見習いが身に着けるものだ。

 そしてそれを着ているのは、天城家次期当主、天城正人の弟、来人の近衛を目指すことになった2人。

 天江昇と歩季里。

 正人に『迷惑料』を払い終えるまでは天城家で働いてもらうことが、他の連中を見逃す条件だと脅されて、今ここにいる。

「なんか新鮮だな」

「ああ。まさかお前がウチの制服を着ている姿を見るとは思わなかった」

 天城来人はこれまで近衛を頑なに否定していた。少なくとも自分が認める者でなければ、近衛はいらないと主張していたのだ。

 それが今回になって、その候補となる2人が突如出現し、天城家では大いに話題になっている。

「でも……ことが大きくなりすぎている気がしますね」

「季里、昇を見ろ。堂々としたもんだろ。お前もそれくらいでいていい」

「でも……」

 今後のことが心配な季里に対し昇は自信たっぷりの表情だった。

「今から悲観的になっても仕方ねえって。俺らはあの地獄を生き延びた。なら、もうなんでも行ける気がしないか?」

「そうかなぁ……?」

 今回の場合は残念ながら季里の方が正しい。昇が経験した戦いよりも、より凄まじい戦場などこの世界には当たり前のように存在する。

 それを知っている来人だが、ここはあえてそれは言わないでおいた。

「さて、しつこいようだが、お前達のこれからをもう一度言うぞ」

 その代わり、これからの昇たちの義務を来人は声に出して確認する。

「天城家の近衛になるためには」

「もう大丈夫だって。まず、師匠を見つけて師事しながら実力をつけて、師匠と天城家本家に力を認めさせる」

「そうだ。そして」

 次の条件を季里が述べた。

「そして、危険度Aランク以上の任務に赴き、功績をあげまくる。もしくは、天城家、戦闘員合同訓練武闘大会で好成績をとる」

「その2つがまず最低条件だ。そのために、お前達にはもっと、頭も体も鍛えてもらう必要がある」

 来人はそれを聞き一安心すると、懐から手紙を出す。

「なんだよそれ」

「まず、俺の近衛候補はお前達2人だけだ」

「え、あ。やっぱ明奈はいないのか……」

「だが、兄貴から彼女の手紙を預かってるんだ。お前達は今日から天城家の一員として、士官学校に入るからその祝いの代わりにってな」

「本当か?」

 来人はその手紙を差し出す。昇と季里が同時に手を出し、昇がすぐ季里に手紙を譲った。実は昇以上に季里は明奈のことを今日まで心配していた。それを本人は態度に出さなかったものの、昇はそれを察していた。

 しかし中身が気にならないわけではない。昇も季里が見ている横から、中身の文字を追っていく。




『昇。季里。まず初めに。ごめんなさい。天城様が言っていた治療費の件もあるけど、それより、私はあなたたちとは一緒にいることはできない。だけど、あなたたちとの戦いは大変だったけど、振り返ってみれば楽しかった。少なくとも、いつも復讐のために戦っていた時に比べて。私はまた〈影〉を追うわ。そのために、少しの準備の後京都へと向かうことにした。


戦友に私のことはあまり深く話はしていなかったことは少し心残りだけど、それは、同封しているデバイスに私の記憶映像を入れておくので、興味があったら見て。興味がなかったら別に見なくていい。そこは強制するつもりはない。


ただ、私だけがあまり自分のことは語らなかったのはちょっと後ろめたかったから一応ね。あなたは私を友達だって言ってくれた。私も、本当にそう思っている。だから一度だけの関係にはなりたくないから。筋を通す……って昇、貴方の言葉を借りるわけじゃないけど、私なりの誠実な対応のつもり。


昇、言ったよね。私たちの道はまた交わると。聞くところによると、晴れて近衛になれば、貴方たちも自由に動けるようになるとか。昇、季里、あなたたちにあえてこう言うね。


京都で待ってる。来れるものなら来てみなさい。』




「……燃える?」

「もちろん。明奈にここまで言わせて、グズグズしてられるかっての。向こうには林太郎や如月、レオンとかいろんな人が頑張ってるからな。お前はどうなんだ、季里」

「私は……」

 手紙を折り、大切に懐にしまうと笑顔で答えた。

「うん。君と同じ気持ちかも」

「よっし」

 2人向かい合う。

 新しい相棒と共に、これから向かうは望まずとも悪くはない新たな未来。

「さて、行くぞ。近衛候補。さっさと上がって俺のところまで来いよ。まずは、お前達の師匠が、そろそろこの屋敷に到着するころだ。出迎えるぞ」

「おう!」

「うん!」

 天城来人の後ろを追い、昇の新たな戦いが幕を開けようとしている。



(『予告 Against human〈人〉への反逆:炎と剣の双英』 へ続く)

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