外伝2-48 人間にとってのヒーロー(前)
内也の反応は速かった。〈スリーストライクサークル〉を多数展開、内也の意志に従って動く自動兵器として、シールド機能を使い圧倒的な数を触手を押しとどめた。
そして内也本人は生物の上にいる敵を補足して、アサルトライフルを装備。そこから光弾を放ち、現れた敵へと発射する。
攻撃は易々と通りはしなかったが、触手を破りながら向かった光弾のおかげもあり、そこに中年の男が立っているところを視認できた。
「馬鹿な……!」
この領地に来る際に、歩家の土地のことは事前調査を念入りに行っている。
そしてこの地を調査するのならば否応にも必ず目に入る男がいる。それこそ歩家現当主、
その名の通り、今まさに目の前にいる、巨大で惰球形の、触手を飛ばしてきた怪物を使役して戦うことで有名であり、歩庄以上に召喚兵器を主力とする伊東家らしい戦い方と言える。しかし当主だからと言って消して権力を盾にして偉そうな態度をとっている雑魚な輩ではない。基本的に〈人〉の社会では強いものが権力を持っている。歩怪もまた当主を名乗るに十分な実力を有しているに違いなかった。
「だが、なぜ当主がここに」
歩家の本家は今いる発電所よりもかなり遠くにある。この襲撃が始まってからでは当主がここにはせ参じることができるほどの時間は、間違いなく経っていない。それに仮にそれが可能だったとしても、誰かが飛来に気が付くはずだ。
つまり最初からこの男はここにいたということ。
男は、領地から逃げようとしている不埒者全員に聞こえるように、叫ぶ。
「私は歩怪。歩家現当主にして、貴様らにすべてを破滅させられた哀れな男だ」
この場にいる全員がその名前を危機、今までの希望に満ちた表情から一転、驚愕と恐怖にすくむ。
特にともに戦っていたアジトメンバーの皆の顔の変わりようがひどいものだった。しかし無理もない。彼らは知っているのだ。自分達を救ってくれるはずの反逆軍はもうすでに限界を超えている者ばかりだと。それでも自分達を救う為命を顧みず戦った彼らをこの期に及んで、もう戦えないのかと無能扱いする者は一人もいない。
だからこそ、今、歩家の中でも最強と言ってもいいその男がその場に現れてしまったことは、悲報以外の何物でもなかった。
「嘘だろ……なんで、ここまで来て」
昇が述べたこの一言は、皆も思っていたことを言葉にしたものだった。
歩怪は叫ぶ。
目の前の人間たちに恨みを込めて。
「人間如きに壊された以上、伊東家の皆様は私を許さないだろう。娘にも裏切られ後継者を失った。本当ならこの戦いが終わった後、庄に代を譲り余生を過ごそうと思っていたというのに。私が抱える無念、もはやお前達を地獄に道連れとすることが、最期を目の前にした戦士としての粋だろう?」
触手の攻撃がさらに増えた。その数は倍以上。
宣言通り、触手はここにいる人間を全員地獄へ送ってやろうという意気で襲い掛かってくる。
テイルが残っている壮志郎や季里が触手の数を減らし、さらに少しは戦いの心得がある林太郎や如月が見よう見まねで攻撃した。
「助かる! そのまま続けてくれ!」
内也からの声に如月と林太郎は気合を入れて返事をした。
「はい!」
「分かりました!」
しかし、数があまりにも多すぎる。
結局、未だ誰も犠牲を出していないのは、内也が全力で自分の武器である黒い輪のシールドを展開しているからに他ならなかった。
「く……!」
歩怪は、不機嫌を前面に出し、
「これでも人生の中で一番怒りに震えているんだ……
自分の使役する召喚兵器にさらに攻撃を苛烈にするよう命令する。
触手がもう進路を埋め尽くし、前の景色が深緑で埋め尽くされようとしているほど。
「このままでは……攻撃の手が足りません!」
吉里が焦って声を上げるが、東堂が冷静に悪すぎる戦況を吉里に伝えるしかない。
「だが、攻撃できる奴は皆攻撃を始めている。これ以上は無理だ」
昇も、反逆軍のほとんどもすでに力尽きる寸前であり加勢はできない。
唯一の希望となるかもしれないのは、たった2人。 反逆軍。夢原隊、西内也と刈谷壮志郎の2人だけ。
さらに悪いことに、目の前にいるのは普通の生物ではなく本当に怪物と言うべき存在であり、そんな相手、英雄でもない限りは人間2人で叶う相手ではない。
「壮志郎」
内也がシールドを展開し、急激にテイルを消費しているからか、少し具合が悪そうな顔で親友に声をかけた。
「どうした?」
「諦めるか? 俺達でどうにかできる相手には見えないぞ」
「……まさか。と言いてえけど」
「すぐ答えろ」
「内也?」
「頼む。お前はどうしたいか俺に言ってくれ。俺はお前に合わせる。これまでと同じように、相棒だからな」
珍しく真面目な顔で問うてくる内也。
今まででそんな顔を見たことがない。内也の表情は、壮志郎から見て、否、たとえ誰が見てもわかる位に何かへと覚悟が決まっている表情だった。
壮志郎は、内也のことをよく知っている、昔からの親友だからこそ、それがどれほどの緊急事態かよく知っている。その顔は無茶をする時の顔だと。
目の前に敵となれば、行き着く結論はただ1つ。内也はこれから、守りを捨て攻撃に出るつもりだ。しかし残りのテイルからすればそれは片道切符。敵を殺せるか自分が死ぬかしかない特攻になる。長い間戦場に出てきた壮志郎は、そうなることを察していた。
「……お前。らしくないだろ、無茶なんて」
「覚悟を決めて戦ってきたはずだ。俺達は反逆軍だ、そして俺達は」
それは合言葉。危険な任務で心が折れそうになったときや、決戦を前にしたとき覚悟を決めるための言葉だ。
「ヒーローだ」
「ああ。そうだ」
「だとしても」
「なら、お前はここで諦めるのか」
壮志郎はすぐに否定する。後ろで何かをしようとしても何かをする体力がなく悔しそうな顔をしている少年を見て、
「諦めない。昇はそうしてここまでの道を拓いてきた。なら、俺達だって諦めるわけにはいかないだろ! あいつに負けれられない」
「そうだ。だから戦うぞ。相棒」
内也は敵の方を向く。
「……そうだな。行くぞ!」
内也は前へと駆けだした。
「ああ!」
そしてそれに続き壮志郎もその後に続く。自分もまた片道切符であることを分かっていながら。
夢原は突撃する自分の部下2人を目撃して、それを止めようとする。
「ダメ、何やってるの!」
しかし隊長の命令を『初めて』無視し、2人は触手が暴れまわるシールドの先へと突撃した。
夢原は慌てて2人を追いかけようとしたが転んでしまう。もう、夢原に2人へと追いつくだけの体力は残っていなかったのだ。
壮志郎が迫る触手を斬りながら道を作り、黒い輪が壮志郎と同じく内也を援護して、内也の手には、攻撃手段としてこれまでの銃よりも数段高い弾を放てる対物ライフル型の大型銃が両手持ちで握られていた。
自分の守りは最低限に、後のシールドは全て、避難者を守るために使い続ける。
「戻りなさい! この出力で戦い続けたらもう!」
夢原の命令を部下は今回に限って聞こうとしなかった。壮志郎は触手を斬り続けながら叫ぶ。
「じゃあ、誰がこれを止められるんすか! 隊長!」
「それは……」
夢原は周りを見て、壮志郎の言う通りであることを認めるしかなかった。
しかし、感情的には、夢原はどうしてもそのまま行かせたくはなかった。
危険を犯すのは自分でなければだめなのだ。率先して危険に突撃して、勝ち続ければ仲間を失わないと思ったからこそ、強くなったし、ここまでずっと自ら前線に立って頑張ってきた。まさに、こんな時に、自分が危険にさらされなければ、その信念は崩れる。守護者になった意味がなくなってしまう。
夢原はこの瞬間、自分の体がもう動こうとしない状況になっている情けなさを恨んだ。
気合で立ち上がっても走ろうとしてもふらつき、東堂に体を支えられる始末。その有言不実行なことを恨んだ。
幹部なんかに苦戦している場合ではなかった。たとえそれがどんな相手だったとしても。
「無茶だから! 下がりなさい! 死んじゃうでしょ!」
夢原のその声は決して届かない。
内也も壮志郎も分かっている。もう、あの男と戦えるのは自分達しかいないと。だから、無視し続けた。夢原がどんなに泣きそうな声で命令をしていても。
触手の地獄。先ほど触れた瞬間肌が解け、壮志郎も内也も警戒をさらに引き上げた。
「3秒後だ。狙うぞ」
「分かった、合わせる!」
内也がその怒涛の攻撃の中で狙いをつける。そして黒い輪は放たれる弾の威力を高めるべく、弾道が輪の中を通るように、位置についた。
さすがに歩怪も敵が何かをしようとしていることが分かった。触手の攻撃を少し抑え、防御へ使うよう、己の足場にもなっている怪物に命令を下す。
大きな壁が現れても関係ない。すでに狙いは定めた。
空間を裂く斬撃波が邪魔な触手を斬り飛ばした。壮志郎は完璧なタイミングで内也の攻撃のチャンスをつくったのだ。
(無茶だと分かってはいる。ここで殺せなかったら俺は反撃を受け殺される。――だからどうした)
内也が思い出すのは、あの夜、壮志郎が反逆軍に入ったときのこと。そして多くの困難を乗り越えたこと。
壮志郎が来るまでは、敵を目の前にすると怖いという感情ばかりが浮かんでしまっていた。しかし親友という存在は偉大で、負けたくないと思えるし、彼と共に戦うなら怖くないと思える。彼は自分が最初から目指していた理想をずっと口にしていた。
ヒーローになる。
内也だって最初は、それを願って戦う道を選んだ男だったのだ。
そしてその理想は今、親友と2人で交わした約束だ。どんな戦場に居ても、どんな脅威を前にしても。この誓いがあるからこそ、どこででも戦ってきた。
(俺達は反逆軍。我らの存在は、多くの人間の救済によって報われる……! それがこの世界の人間にとってのヒーローの在り方だ)
師匠が口癖のように言っている言葉を復唱した。
(だからこそ、俺と壮志郎は、勝てなそうだからと、逃げ出すわけにはいかない……!)
ライフルの引き金を引いた。
通常の突撃銃に比べ反動が重く、爆音と共に威力の高い弾が放たれる。
内也の残りテイル250となった。0になれば、意識が消え、心臓が動いていても、もう二度と目覚めることはない。それが万能粒子を完全に失うことによる代償だ。この量では、仮に殺せなかったら、触手の防御にテイルを使い切るか、死ぬしかない。
だからこその一撃必殺。黒い円を通って、弾はさらに威力を増し、貫通力が数倍に増幅した一撃は触手の壁を易々と打ち破った。
「ぐぁあ!」
歩怪の悲鳴が聞こえる。
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