外伝2-47 地下道へ

 歩領に居た誰が予想しただろうか。

 何の実績も、この世界では特別ともいえない力しか持たない少年が〈人〉の中でも智位という特別な位を持つ歩家の男を倒すということを。

 巻き上がった炎、そして地下から吹き飛んできた歩庄。彼は季里のすぐ近くを過ぎ、そして水槽の部屋の天井へと叩きつけられ、血を吐きながら、地面へと落ちた。これは全て天江昇という人間1人が成し遂げた偉業であることに違いはない。

 季里の伸ばした鞭に情けなく捕まり、

「うお!」

 釣り上げられながら上のフロアに戻ってくるというユニークな回収をされていても、その勝利は確かに彼の全てによる功績だった。

「情けない。勝者ならもっと堂々とした姿を晒せないのか」

「悪い悪い……」

 昇に厳しい言葉をかけてはいるが、昇よりも季里の方が興奮していた。情けなく地面に突っ伏す姿を初めて目撃して、そしてそれを成した昇と言う人間が、今はもう下等生物などには見えない。どれだけ見ても不快さは湧き上がってこない。それだけ昇が季里にとっては凄い男に見えていたのだ。

(もったいないな。本当に。真紀さんは)

 これほどの男を切った女に憐れみを感じるほどには、実は自分に見る目があったことを自慢にも思っていた。

「さあ、行くぞ。戦いはまだ終わってない」

「ああ、残りテイルでも、明奈を助けねえと」

 昇の視線は、もう起き上がることのない真紀へと向けられていた。

「あ……その」

「気にすんな。俺達は勝った、それでいい。お前が気にすることじゃないさ」

 昇は季里にそう言って部屋を後にしようとする。

 足を引きずっている。人数的に見れば戦ったのはたった1人だが、昇にとっては対策をしてもそれだけ強敵だったということだ。

 季里が昇に手を貸そうと、彼に近づいた。

 しかし、悪報は突如として訪れる。

 昇と季里が、圧力弾によって吹き飛ばされた。威力は弱く、直撃でも死ぬことはなかったが、相当な痛手を受けることになった。

「え……?」

 昇と季里は地面を転がりながら、その弾が放たれただろう方向を向く。

 そこには、酷い外見になりながらも、未だ闘志が尽き果てていない歩庄が、立っていたのだ。

「不愉快極ま……ないが、無様な貴様の転がる姿で慰めと、しよう……!」

 目を細め、傷口を抑えがらも止めをさすべく、圧力弾は既にセットされていた。

 もはや、季里と昇では対処が間に合わない。

 歩庄は不快に顔を歪ませながら、宣言する。

「地獄で誇ることを許すぞ人間。貴様の勝ちだ。栄誉と共に死ね」

 そして、空圧弾を撃ち放つ。天江昇の命を奪うために。

(やばい……!)

 その空圧弾は倒れている季里にも向けられている。このままでは共倒れとなるだろう。

 何とか立ち上がろうとするが、それより先に弾は届く。

 これまでか。

 これまで諦めることなく全力で走ってきた昇も、さすがに覚悟を決める。

 その時。空圧弾がより強い攻撃判定を持つ銃弾によって無効化される。

「貴様は……!」

 再び、銃声が1回鳴り響いた。

 次の瞬間。歩庄の頭は一筋の光弾によって貫かれ、そのまま倒れる。その後はもう二度と起き上がってこなかった。

「明奈……!」

 部屋に入り口に立っていた明奈が銃を下ろし、昇と季里に応急処置を行った。元々怪我がそれほどではない季里はそれで十分動けるようになり、季里は昇を起こして肩を貸してあげている。

 明奈は幹部と戦っていた割には、とても余裕そうに笑みを浮かべていた。

「ふぅ……2人とも、平気だった、か。助けに、入るのが少し遅れた」

「ナイスだったぜ……助かった」

「はぁ……そうか。それは、ふ、良かった、よ」

 少し呼吸が整っていないように聞こえるのは、激闘の後だからだろうと季里は予想する。

 昇も明奈については何も言わなかった。だけど、雰囲気で分かる。かなり無茶をしたのだと。いつもよりも感情的な様子なのも、自分の表情を繕う余裕がないからだと想像することは難くない。

 昇は、明奈の気遣いにあえて何も言わなかった。本人がそれを望まないだろうと思ったのだ。

「勝ったのか、そっちも」

「はぁ、ああ。そうだな」

「めっちゃ嬉しそうじゃん。普段もそれくらい笑えばいいのに」

「……そんな変な顔をしているか」

 季里は頭を横に振る。

「そんなことない。可愛いよ、普段もそれくらい活き活きとすればいいのに」

「……お前も、からかうのか。まったく、ふぅ」

 明奈はすこしむくれて、しかし意識はすぐに次へと向ける。

「さあ、逃がそう。シェルターか?」

「天がいち早く向かってくれているわ。すぐにこっちに皆を連れてきてくれるんじゃないかしら?」

 季里の期待通り、一度隠れていた避難民は全員、こちらへとやってくる。

 如月と林太郎が疲れ気味の季里の代わりに昇に肩を貸す。

「情けねえ顔だな」

「ソレねぇー」

「うるせえな。黙って運べ、救世主だぞ俺は」

 なんとない言い合いを、友としている2人に運ばれながら、避難民と共に皆は発電所の外へと向かう。後はここから近い、天城領へと地下道へと向かうことを目指すのみ。

 昇のもとに1つの連絡が入った。

「終わったのか?」

 天城来人から。こちらも朗報と言える。

「天使兵、ようやく片付いたぞ」

「こっちも」

「ああ。全部聞いてた。直接見れなかったのは残念だが、後でお前らの記憶映像をコピーして見ることにするさ。すぐにそっちに行く。もう、終わったんだな?」

「ああ。きっと」

「分かった」





 大橋を渡り終え、アジトの人間たちが発電所の外にたどり着いたのと同じ頃、発電所の入り口から数多くの避難民が出てきて鉢合わせになる。

 当初は新しい援軍かと肝を冷やしたアジトメンバーたちだったが、その後ろから天江昇が嬉しそうに出てきた姿を見て、反逆軍の皆はすぐに避難民だと察する。本来は全員を救うのではなく囮にすると言っていたはずだったので、より良い結果を持って帰ってきた昇を賞賛する声が多くあげられた。

 壮志郎がアジトメンバーを一度待たせ、避難民が足並みを合わせられるよう、自分達の身分と今後の動きを共有する。

「俺達は東都、ならびに京都反逆軍です! 囚われていた皆さんを助けに来ました! どうかご安心ください! 皆さんはこれから、自由になれます! まずは我々に同行を! 皆さんを責任をもって京都に送り届けます!」

 京都と言えば、倭の中で唯一人間自治区がある、人間の人間による人間の為の街。そこならば少なくとも今より不当な差別を受けることはない。避難民は総じて喜びの声を上げる。自分達は本当に助かるのだと。

 一方で別の意味で喜んでいた人間もいた。

「あ、あの!」

 それは如月と林太郎だった。昇に肩を貸している割には、けが人お構いなしに林太郎のもとへ突撃する。

「いたいたいあたい」

 昇の悲鳴は無視されていて、壮志郎はその無様な昇の姿を見て笑う。

「ははは、おいおい。情けねえ顔だな」

「うるせー……これでも」

「分かってるよ。お前は凄いヤツだよ。本当に。それより、隣はお前の?」

「ああ。俺の目的も達した」

 目を輝かせている2人に林太郎は気圧される。

「俺達、その、反逆軍に憧れてて!」

「あえて光栄です! 握手をしてください!」

「お、おう……」

 スター扱いはまんざらでもない壮志郎は、すこしにやけながらその握手に応じる。一歩離れていた内也は呆れて目を細め、そして周りを警戒する、未だここは敵の陣地、警戒するに越したことはないだろう。

 一方の壮志郎は、林太郎と如月と話していた。

「君たち、反逆軍に興味あるんだ」

「はい! ずっと昔から、いつか皆さんのように人を守れる戦士になりたいと」

「わ、私も!」

「はは、そうか。そりゃありがたい。なら、この後は反逆軍に来るといいさ。良ければ俺が育ててやるからさ」

「ほんとですか!」

 嬉しそうに如月は飛び跳ねる。林太郎も喜びを隠しきれていない。

 昇はそんな2人の姿を見て、これまでの旅の中で一番ほっとした顔になっていた。

 長い旅が報われた。昇の中にあるのは、そのたった1つの喜びの感情だろう。

「こらーそうしろー。なに人気とりしてんの。おしゃべりはそこまでよ」

 夢原が壮志郎に呼びかけ、部下である彼が反応を返す。

「じゃあ、後でな」

 その場を去る壮志郎。如月と林太郎の目は、去り際の背中を見る時も輝いていた。

 十分に避難は周知された。そう判断したこのタイミングで、再び地下道への進行が再開される。多くの人間が、反逆軍主導のもと、一気に走り出す。

 その最前にいるのは内也。もうすぐテイルが最も多く残っている彼が、いるかもしれない残存勢力を前で掃討する係を務める。しかし、幹部も、本家の人間ももう倒した。これ以上の内也ほどの実力者を止められるものはいない。

 そう、思ってしまうのも無理はなかっただろう。

 だからこそ、避難者の悲鳴が上がったとき、その悲鳴はこの場まで生き残った全員を恐怖に叩き落とした。

 前方。巨大な軟体の浮遊物体が出現。そしてその浮遊物体から、凄まじい数の深緑色をした気味の悪い触手が、百を超える数で最前列の人間へと襲い掛かったのだ。

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