外伝2-30 天城来人(後)

「許せない……か」

「仲間を救うなんて言っても、それをあいつらが望んでいるかなんて分からない。これは俺の自分勝手だ。俺がそうしたいと思ったからやってることだ。ああ、さっきも言ったけど助けたいのは事実だから、そこはどう言ってくれても構わない。親友がいるし、好きな人もいるんだ」

 季里が驚きで目を大きく開く。否、季里だけではない、この場にいる人間はそれぞれリアクションをとっていた。

 来人は失笑した。

「なんだよ……色恋沙汰か?」

「それもあるってことだ。そこは笑っていいっつっただろ」

「ああ。笑い話だ。だけど、まあ。悪い話じゃないな。自分勝手が過ぎる復讐なのは、ヒーローごっこをしていると言われるより、俺にとっては好ましい」

「復讐かぁ、今までその言葉を思い浮かべたことはなかったけど、そうかもな。俺は自分の命なんてどうでもいい。そんなちっぽけなことよりも、人間がなんでも間でも思い通りになる人形みたいな扱いをされるのが当たり前だって思いこんでいるあいつらが許せないんだ。きっと」

 ここまで、昇は深刻そうな顔をしていなかった。

 まるでそれが将来の夢を語っているかのように、その顔は笑っていた。

 対して季里の顔が、昇と反比例しているかのように曇る。

(なんか……気に入らない)

 季里がそう思う理由は、この時点では自分でも分からなかった。それが気に入らず、その後の会話を二の次に考えこんでしまう。

 しかし傍から見たらそれも心の声であり、誰も季里の疑問に気が付いた者はいない。

「いいぜ天江。とてもいい。決めた。天城家本家の心強い味方が、お前に手を貸してやる」

「は? なに、どゆこと?」

「俺が見栄を張ったんだから、そこはありがたやーて敬えよ」

「……手を貸すってのは、そういうことか?」

「それ以外に何がある。手を貸すと言ったんだ。俺もここに面白い戦いをしに来てる。俺は、一番退屈しなさそうなヤツの味方をするって決めてるんだ。お前は、とてもいい。だから今回はお前の味方をすることにする。それで大暴れだ」

 東堂が呆れて、物申す。

「野蛮だな」

「まあな。でもあんたらにも言ったけど、俺は御曹司だから、『今の』お前達には生存という大きな枷があるが、俺はそもそも歩領で生き死にを考える必要はない」

「テイルは肉体の強化はできない。不意打ちを受ければお前だって死ぬ」

「馬鹿か。そんなものを受ける可能性を想定する時点で雑魚の証だ。いいか? 不意打ちは、100パーセント予防して当然のことだ。反逆軍にはその不意打ちを鍛えている連中もいるみたいだけど、勝率が高いのはお前ら守護者や上位にいる戦士の方だろ? 最終的に知恵と工夫で戦って相手に競り勝つからこそ、お前達人間は強いんだ」

 吉里が口を挟む。

「意外ですね。〈人〉である天城家のあなたが、私たちのことをよく知っている口ぶりです」

「徳位の家の情報収集力を舐めないでほしいね。まあ、今はその話じゃない。本筋に戻すけど、俺も天江と同じだ。俺がそうしたいからそうする。対して、お前達はどうなんだ? ここにいる500人を救って満足するのか?」

「それが上からの命令だからです。果たすべき最優先事項」

「お前らが上の権力に絶対服従でどうする。そんなの、歩家の人間と変わらない。お前達は反逆者、人間蔑視の今の世の中を間違っていると信じ、命をかけて人間の価値を示し続ける組織。……俺はそんな組織がこの世界にあるのかと感動したから、ここにいると聞いてわざわざ会いに来た。だけど、今のお前らを見ると、俺には天江の方が反逆軍っぽいように思える」

「なんですって……!」

 一瞬、吉里の目にとてつもない怒りが灯ったのを昇は目にした。

(怖い……)

 自分のせいではないのに、心臓がバクバク動くのが分かる。

 しかし、それに全く動じなかった来人はさらに言葉を重ねた。

「何も無謀を貫けとは言わない。だけど、俺が味方になるんだ。天使兵を全滅させることだってできるし、繁華街を壊滅させることだってできる。いろいろとやりようはあるはずだ。もう一度よく考えた方がいいと思う。お前達だって伊東家に入った途端、逃げることしかできなかった敗北者として語られたくないだろ」

 言い方を見ると完全に喧嘩を売っている他ないのだが、守護者2人と隊長吉里はあくまで冷静だった。

 夢原は御曹司に畏れはなく宣言する。

「ふふふ。私たちを挑発したのかな?」

「おや、バレてたか。でも、戦うときの戦力は多い方がいいだろう? だったらお前達を巻き込まない理由はないな」

「御曹司? 勝算なき戦いは無謀、それを言うのなら、今の私たちが納得できるような勝ち筋がないと話にならない。いくら私たちのプライドに訴えかけても、無謀をしてまで自分達の正義を貫くつもりはないわ。元々逃げることを優先にするって決めてたんだから。こうしましょう。〈発電所〉に行きたいのは結局のところ昇君。であれば、彼がまず、私たちを納得させてくれる計画と態度をみせてくれないとね」

 しかし夢原はすべてを否定をするわけではなかった。

「夢原さん! 譲歩するつもりですか!」

「……反逆軍に所属した人間は『多くの人間の今と未来を守るため、己をすべてを捧げて戦う英雄』にならなければならない。その点について、彼の言うことは間違ってない。私たちの救助を特別に無償で見逃す約束をしてくれたお隣の天城家、その御曹司を頑なに無視するわけにはいかないでしょう。少なくとも正当な理由があって断らないと、天城家もいい顔はしないでしょう」

「それはそうだが……」

「だけど、条件は厳しく設定するわ。そもそも来人くんの強さを証明してもらってからじゃないと、彼の『なんでもできる!』みたいな言葉を信用できないでしょ。後はさっき言った計画と態度。その上で、私たちの部下とアジトのみんなが、今の2つを見たうえで、〈発電所〉攻撃に賛同する者のみ、私たちは手伝う」

 夢原は黙っていた東堂に、目を合わせる。

 東堂は反対はしなかった。決定権はあくまでこちらにあるという状態なので、この場で否定をする必要はないと判断したのだろう。

「部下には明日の会議でその話をしておこう。ただし、条件を満たせなかったら、天城の御曹司、貴方にはこちらの立てた計画における戦いに加わってもらう。それが、夢原の与えた譲歩に乗る条件だ」

「ほう……やる気になったか?」

 ニヤリ、と天城来人は笑い、対して吉里は機嫌をさらに悪くする。

「東堂さん。あなたまで!」

「吉里、〈発電所〉攻撃を最初は目論んでいたのはお前だろう。なんで反対する?」

「しかし、あれは話し合いの末、無理だと決めたはずです。それをこのような男の言いなりに」

「言いなりじゃない。挑発に乗るわけじゃない。反逆軍にいる人間は、誰かを無償で助けるお人よし。そうじゃなきゃ、こんな死人ばかりの職場で働いてなんかない。俺も、夢原、そして俺達のチームメイトもな。可能性が見えたのならそれに賭ける」

 東堂は立ち上がる。

「俺達は今日の調査結果を見て、今立てている避難計画を改める。計画実行の前までに、天江昇、お前が俺達を納得させに来い」

「俺っすか」

「ああ。お前の本気を、俺は見たい」

 東堂はそれだけ言うと、未だ納得していない吉里に話があると言って、先に食堂の外へと行った。

「あらあら、なんだかんだで昇君のこと、少しは認めてるのかな?」

 夢原がつぶやく。

 レオンが何故かを問うと、

「東堂くんは冷静・冷酷に見えて、意外と情熱にめっちゃ弱いタイプなのよ。頑張っている人を見ると、どうにか力になってあげたいタイプ。優しいのよね」

 夢原も後と追おうと立ち上がりながら、レオンの疑問に答え、『私もまぜてー』とそのまま部屋を後にした。

 部屋には昇と季里とレオンと来人が残った。

 今まで昇がどう頑張ろうと、反逆軍に力を貸してもらう望みが薄いように思えたが、この会談のなかでその流れが変わった。

「お前、今までの話」

 昇が問うと、来人は自慢をするかのように胸を張る。

「立場と権力ってのはこう使うんだよ。交渉は相手の立場を理解していかにプレッシャーをかけられるかだろ。まあ、今回は相手も意外にチョロかったけどな。まあ、お前の味方をするってことをするからには、これくらいの手助けはする。後は『つまらない』ことにならないように頑張れよ。それで、俺に面白いものをみせてくれ。じゃあ、寝るか。明日は明日で楽しいことになりそうだからなぁ」

 そう言って、来人も立ち上がって、食堂を後にする。

 レオンは愉快そうに、

「とんでもないことになったな、昇?」

 と昇の顔を覗き込む。

「確かに……」

 あっという間に事態が動いた現状、そのすべてを受け入れるには少し頭が追いついていない。

 しかし、追い風は吹き始めた。

 迫ったチャンスを必ずものにすると、昇は決意する。




 昇も疲れがたまっているうえ、明日からまた忙しくなる。季里はそれを察して昇に付き添いを遠慮して部屋で休むように言った。

 その後本来の目的である明奈の元へと向かう。

 明奈はデバイス研究室で、昇が持ち帰ってきた〈天使兵〉を寝台に寝かせて解析をしている。

 右手で器用にキーボードをたたいている者の、左手を全く動かしていない。そしてよく深いため息をついていた。

「季里?」

「ごめん。今良い?」

「ええ。話をするぐらいなら。画面を見ながらだけど」

「うん」

 季里は静かにその部屋へと入り、明奈に向けて、昇が〈天使兵〉討伐に向かってからずっと考えていたある相談をすることにした。

「私の記憶を、明奈は戻すことはできる?」

 明奈はその言葉を聞いた時、作業していた手を止めることになった。

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