外伝2-23 発電所攻撃への障害(後)
「吉ちゃんも最初は発電所に攻撃を仕掛けようって息巻いてたもんね」
「当然です。東都反逆軍は、京都と違って攻撃優先ですから」
「まあ、ウチらも最初は、助けられるならなんとか助けたいって思った。けど、前提として、発電所の人間だけ救助して、彼らを外に逃がしたら、元々助ける予定だった500人の脱出は、警備がかなり頑丈になって困難になる。つまり、発電所のルートを通るなら、脱出と救助を同時に行う必要があるのよね」
「もう検討した後、ということですね」
吉里が当時提案した作戦。その内容を大雑把にまとめると、吉里隊が発電所に攻撃を仕掛け、陽動をしつつ、500人の避難者は発電所襲撃で援軍が望めなくなった大橋を制圧。一気に発電所を通り抜けて、すぐ近くの地下道へと駆け抜けるというものだ。
「まずは脱出ルート。橋を渡った先にある、天城領へと続く地下道を使う。これは元々、このアジトを作った50年前の天城家が伊東家との戦いで使った通路なのよ。現在は時々天城家の人間が伊東領に入るときに使われる秘密通路だけど、この地下道は本来伊東領にありながら天城家がつくったものだからそこだけ天城領という扱いになってる。許可なく伊東領側からの干渉があった時点で、戦争が再開されるという内容になっている。現状、伊東領に天城家と戦う余裕はない。なにせ〈影〉に戦争中に付け込まれる可能性があるから」
〈影〉という組織はどこかで聞いた名前だと昇は思い出す。
(明奈がどこかで言ってた。寝言だったか、独り言だったか、俺に話したかは忘れたけど。伊東家が警戒するほどの組織。そんな相手と戦っているのか、アイツ)
昇にとっては、伊東家は自分の敵の中でも敵の黒幕というポジションとしてとらえている。歩家は昇にとっては強大な敵であるが、伊東家の数ある傘下の家の1つだ。そんな巨大組織が警戒に値するという組織〈影〉の存在。明奈が狙っているとなれば気にならないわけではない。
しかし、仮に自分が関与することになったとしても、それは発電所を破壊した後の話になるのだろう。昇は今はその好奇心を捨て置き、目の前の話に集中する。
「地下道まで逃げ込めば、そこからは安心して、隣の天城領へ行けるわけだな」
「そうそう向こうから手出しはできない。作戦は活動人数が最も短い午前3時から4時に絞り、巡回兵を回避して橋に突撃。橋の警備は繁華街側じゃなくて奥の発電所側に集中しているから」
昇が思っていた以上に、その作戦は詳細まで詰められている様子であるように聞こえる7。
「でも、実行はできないと?」
「私たちは今回500人の生死を預かっている。雑な作戦の突撃が許されるのは虚構のヒーローだけよ。それか、この作戦をとらなければ他の方法がないというところまで追いつめられないとね」
このタイミングで、シェフから料理が運ばれてきた。
今回は客が大量に居たため、材料さえあればなんとか作れそうな天ぷらと、いくつかの炒め物を用意したようだ。
小腹がすいていた壮志郎がいち早く山菜の天ぷらを、特製のつゆにつけてパクリ。
「これは……! やべえ。食堂のシェフといい勝負だ……!」
夢原と吉里は、白身魚の天ぷらを口に運ぶ。
「……、ええ?」
「すごいですね。素材はそれほど高価ではない以上、腕がいい証です」
「そう言っていただけると、ありがたいです。私も師匠に顔向けできます」
残りの配膳は手下に任せて、明奈は自身の料理を喜んでもらえたことに満足しつつも、本題へと話を移した。
「具体的に、リスクとは何ですか?」
「それは、私から説明をしますね」
吉里が口を開き、この作戦に関するリスクを話し始める。
「発電所に至るための道は3つです。すべて西の川を渡る必要がある。その橋が3つ。その中で陽動係の少人数で発電所に至れるのは一番小さな橋。でもそこは少数精鋭で、発電所を守っている裏口。その護衛を突破できる可能性は著しく低い」
「確かに」
「そして表の大橋を制圧して、500人が通過するのにかけられる時間は援軍が来ない30分以内。それ以上は繁華街からの援軍が来て挟撃にあう可能性があります。その上、橋の上なので当然障害物は一切ない真っ向勝負。当然重要施設を守るために兵数が多い向こうに分がある。その時点で橋を突破できる可能性も著しく低い」
昇もつい納得して頷いてしまう。これらはすべて自分が解決しなければならない事項になると気づいているのか、明奈は疑問に思ったが今は追及しないでおく。
「また、発電所内の戦力も分からない状況で、内部での陽動がうまくいくかも不透明。その間生きてられるかも怪しい。さらに発電所は重要施設であるがゆえに、少なくとも歩家の最高戦力が数人はいるはずです。私たちだけでは戦力不足です」
そもそも、反逆軍の役目は、今アジトに隠れ住んでいる500人の逃亡の手助けをするのが使命であり、彼らの護衛と橋の制圧のために陽動の戦力をこれ以上増やすわけにはいかない。反逆軍は8人と言う少人数で作戦を遂行しなければいけないのだ。
明奈からすればそもそもこんな危険な任務をたった8人でやらせる反逆軍のことが理解できなかった。
しかし、明奈、そして昇でも理解できたのは、そもそも少人数で救助と突破を同時に行うことは難しいということだ。
吉里がさらっと言った2点、『重要施設を守るために兵数が多い』『歩家の最高戦力が数人はいるはず』が、仲間の救出を目標とする昇にとっても問題になる。
歩家の最高戦力を数人、全員が歩庄と同等以上の力を持っているとみていい。
「発電所の救助を諦めるのなら、何も大橋にこだわる必要はありません。別のルートで脱出すればいいだけです。どのみち歩家の手勢との戦いは避けられません。しかし、近くの発電所からの攻撃がない分、まだ他の関所から脱出する方がリスクが少ないと判断できます」
「これが反逆軍の私たちが〈発電所〉への攻撃を諦めたのか、その理由。どう、貴方たち3人であの要塞みたいな〈発電所〉に突撃、仲間を助けて逃亡までできるイメージは湧いたカナ?」
夢原が昇に尋ねる。当然と言うべきだが、現状では何も反論できない状態だ。昇では、玉砕すら難しい圧倒的な戦力差がある。
しかし、反論しないだけだ。
隣の季里は、昇の瞳に確かな闘志が燃え上がるのを確かに見た。
「ご教示、ありがとうございました」
今は何も言えない以上素直に引き下がるしかない。昇はそう判断し、自分の中の闘志を見られないように冷静を装って、笑顔で夢原と吉里に礼を述べる。
しかし、その心の内では、明奈の先ほどの心配が杞憂であり、昇は今あげられた問題をどうやって解決すべきか考えなければと息巻いていた。具体的にどうすればいいか、何一つぱっと思いついた内容はなかったのだが。
とりあえず腹を満たしてから考えようと、昇は明奈が用意したかしわ天を頂く。
「うま」
「海老……おいしいよ?」
季里のすすめに従い、呑気に食事に勤しむ昇。そして一連の話も終わり、反逆軍やアジトの諸君も明奈が用意した情報の対価に手を伸ばそうとしていた。
この場はそれだけで終わると思われたが、速報が訪れる。
「吉里、夢原……なんだ、皆いたのか」
「どうかしました?」
「作戦に支障が出そうだ。映像を出す、食いながらでいいから見てくれ」
吉里と夢原、そしてアジトリーダーのリオンを前に、映像が出される。映っているのは外の様子、それも上空に焦点を当てていることは明らかだ。
空に人型の何かが飛んでいる。しかし人間とは言い難い、全員が同じ白を基調とする服を身につけ、背中から、翼を連想させるような光体を背負っている。
「……マジ? ちょっと待って、さすがに速すぎでしょ!」
「だとしても今見えているのが事実だ」
「逃走難易度が3倍跳ね上がったじゃない」
夢原が声を上げる。一方でリオンはその存在に心当たりはないようで、それを見ても首を傾げるほかない。そしてそれは明奈も同じだった。
対して、昇は初めて見たものの、その姿からある言葉を連想していた。
「廃街と工場跡を中心に飛び回っている」
「まずい……ですね」
吉里も、この現状に言葉が詰まっている様子だった。
季里が尋ねる。
「アレは?」
もっとも、本来は伊東家傘下の歩家の一員である季里も知っているはずの存在だ。答えを出したのは昇。
「〈天使兵〉、なんだろ?」
正しいかどうかを窺うように夢原の方を見る。
夢原はそれが正しいと頷く。そして、その存在を知らないこの場の人間に完結にその存在が何たるかを説明した。
「伊東家の本家が管理する召喚兵器。本来の姿で召喚すると膨大なテイルが必要な、伊東家次期当主の召喚神霊〈双天使〉を、人間の子供の体内に魂だけ召喚、その子供の体を肉体の代わりとして天使として成り立たせた、〈双天使〉の劣化版召喚兵と言えばいいかな」
「何……?」
「人間を道具以下で扱う思想を持つ伊東家だからこそできる非人道的な兵器と思ってくれればいい。見て」
カメラにはっきりと映る〈天使兵〉の1人を指さす。見た目は人間の子供だ。それは誰の目から見ても間違いない。
「何だこれは……」
リオンの声が震えていた。
「これが元は人間なのか」
「伊東家が人間を捕らえる理由は主に、〈天使兵〉の増産のため。人間の子供が大好物なのよ。ここの〈人〉様は」
「まさか、ここにいるみんなも、捕まるとあんな風に」
「だからこそ、私たちは必ずあなたたちを逃がしたかったのよ。でも、まさかこんな末端の歩家の地域で出るとは思わなかった……」
あの歩庄に対して強気な態度をとっていた夢原が焦りを見せていることが、昇にとっても季里にとても驚きだった。それだけ〈天使兵〉が脅威である事の証と言える。
「俺達が外で暴れたから?」
「暴れたからといって、すぐに用意できるほどの安い兵じゃない。おそらく、歩庄が俺達反逆軍の捜索を始めるにあたって、歩家があらかじめ借り受けていたとみるべきだ」
「智位の家に?」
「家の格と信頼は別の話だ。発電所1つの管理を任されるほど信頼を置かれている家だ。その家の申請であれば受諾してもおかしくないだろ」
リオンと宝生が心配になるのは、当然自分たちの逃亡計画へどのような支障が出るかだ。
現状では天使兵がアジトで入り口付近を飛んで警戒しているだけであり、具体的な攻撃行動が見られないことから、東堂はアジトが見つかっている可能性は低いと報告。
そして、その吉報と一緒に悲報も伝える。
「幸いにも天使の数は少ない。多く見積もっても100だが、作戦の練り直しは必須だ。今の俺たちがアレ襲われたら守り切れない」
「それほどなんすか。その〈天使兵〉ってのは」
「宝生。1つ例を出そう。訓練をしっかり行っている今の君たち100人が束になってようやく1人殺せるか殺せないかの強さだ。そんな化け物10体に一斉に襲い掛かられたらどうする?」
「ナルホド……」
新しい脅威。
それは明らかに昇にとっての脅威でもある。現在劣勢であるにも関わらず、さらに向かい風が強まった速報だった。
しかし、昇はそのの映像を興味深く見ている中で別のことに気が付いていた。
(今、誰かいたよな……あのヤバイ奴らの下走ってた)
誰も気が付いていないが、映像の中の天使兵のうち数人は、まるで誰かを捜して顔を動かしているように見えた。
確証はないが今言うべきか。
昇は迷った末、今はやめておいた。場を無意味に混乱させて楽しい性格ではない。
その代わりこの後も映像を見続け、確実に居るとわかったら、誰かに相談することにする。
本来ならそんなことをしている暇はないはずだが、もしも襲われていたらと考えると、昇は無視することはできそうになかった。
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