外伝2-20 常に最善を考え続けろ

 昇の一言が3人の立場をかなり悪くしたのは事実だ。

 昇は要監視人物として確定して、監視として夢原、東堂、吉里の部下が交代で昇たちを監視することが決定された。しかし昇たちはあくまで救助者扱いのため、監禁するわけにはいかない。部下の監視はあくまでアジトの外に出ないように確認するものであり、アジト内での行動は、昇たちは自由に行えるし、部屋の中の会話や行動は壁に穴を開けたりしない限りは認知されない。

 3人に与えられた部屋は居住区の端の部屋。

 個室にはさらに2つの部屋がある。入り口の近くには、大きめの円の机とそれを囲むように4つの椅子、そして部屋の端に高さ1メートル位の棚がある。上に物を置く台としても活用できるだろう。最初の部屋にあるのはそれだけだ。

 その奥には2段ベッドが2つ用意されている。

 部屋自体は質素だが、実際これくらいで生活は可能だ。

 食事をしたければ生産地区の食堂に行けばいい。デバイスの整備や開発をしたければ、これも生産地区の専用の部屋に行けばいい。戦闘訓練をしたければトレーニングルームに行けばいい。そもそも必要な道具はデバイスを使ってその場で生産すればいい。

「すまん」

 部屋に設置された机に座り、やや疲れた2人に向けて話かけたのは昇だった。

 しかし、2人は何に対しての謝罪か心当たりがなく、昇に問い返す。

「なんで謝るの?」

 季里が一呼吸早かったので、明奈は口を閉じた。

「その。俺があんなことを言ったせいで、こんな監視されて窮屈なことに」

 頭を下げようとした昇。

 しかし行動の前に明奈が返答によって止めた。

「別に、謝るようなことじゃない。反逆軍の連中にだって事情がある。それがお前と合わなかっただけだ」

「でも、こうやってまるで捕まってるみたいになっているのは事実だ」

「そう悲観的になるな。そもそもあの歩家の精鋭が狩りに来ていた時点で厳しい状況だった。今は生きてこうしてまた会えた幸運に感謝するべきだ」

 明奈は、グラス3つをデバイスで実体化させて、あらかじめ部屋に持ってきておいてほしいと、監視役に頼んであった緑茶をグラスに淹れる。

 季里は監視役をパシリに使う明奈の精神の逞しさに驚きを隠せなかったのだが、明奈曰く、何事も頼んでみるもんだし嫌なら断られるだけだ、ということだった。

「それに私は、あそこでお前が弱気な発言をしたり黙ったりしなかったことは好印象だった」

「え、でもこうなった」

「それは結果論だ。そういう話じゃない。私たちは歩家と戦うと決めたんだろう。その意思を、あの連中を前に突きつけてやったんだ。歩庄にやられて弱腰になっていなくて安心したよ」

 明奈は少し唇の端を吊り上げて、

「弱気なことを言ったなら、失望のあまり引導を渡してやろうとも思ってたくらいだ」

「怖えなおまえ……」

「私としては十分な回答だった。そして季里も、嫌な顔はしていない。なら、お前は正しかったんだ。胸を張れ。今はこの状況になったことを嘆くよりも、これからどうするかだ」

「ああ、どう脱出するかだよな」

 ややご機嫌だった明奈がまた呆れ顔になる。

「頭が固いな。その、最短経路を突き進むしか見えていない視野の狭さは何とかした方がいいぞ?」

「でも、このままじゃ、歩家の発電所に行くどころか、このまま連行されちまうぞ」

「さっきの話を思い出してみろ」

 明奈の指示で、昇と季里は会議での話の内容を思い返す。

「その脱出作戦はすぐに行われるのか?」

「いや、5日とか言ってたな」

「アジトの中には使える施設は結構ある。それを自由に使えるのなら、今は脱出のことを考えるのではなく、この施設でできることを考えた方が手っ取り早い。最悪、5日後、敵対すればいいだけの話だ」

 明奈は先ほど貰ったアジトの案内冊子のデータの中から、アジトの施設の中で自分達に利益を与えそうな施設をピックアップして、机の上の空間に画面を展開する。

「今の私たちにもできることはいろいろある。それは」

「待ってくれ。考えさせてくれ」

「どうした?」

「ああ、いつも考えるのを明奈ばかりにやらせるのもな。ほら、歩庄から逃げる算段を立てたのは明奈だ。俺もいい加減頼ってばかりじゃ良くないと思うからさ」

「そうか。なら私は何も言わない。ちょっと案を出してみるといい」

 明奈がしばらく目を閉じて待つ。

 その間昇は、明奈がピックアップした画像を見ながら今後の方針を立てる。ちなみに季里も明奈が何も発言しないこのタイミングで自分も考えてみようと頭をひねる。

(まあ、ぱっと見で役に立ちそうな場所だけど。でも、確かにこう並べられても、具体的にどう俺達に利益になるのか分からんな……)

 残念ながら昇は戦う術は学んでいて、戦闘中の頭の回転はいいのだが。作戦立案や策略を立てたり、相手の思考を予想するなど、頭を使って理論的、論理的に考える行為はめっぽう苦手である。

(うーん)

 頭を振り絞って、昇が出した答えは、

「トレーニングルームで修業ができるな!」

 という至極当たり前のことだった。

 明奈はうなだれた。

「確かにそうだが、5日で自分の技能を鍛えようとしてもたかが知れているだろう」

「ええ……」

「もっと効率的なことをすべきだ。そもそも戦いの技能は、十分とは言えなくも不足しているわけじゃない。それよりもお前に足りていないのは自分の武器だ。お前、前の戦いで私が渡した〈透化〉〈忍歩〉を使ったか?」

「あ……ああ……」

 季里がここで一言。

「使ってなかった」

 昇がぼかそうとしていたことをズバッと白状する。

「……はいぃ」

「私が渡したデータだけじゃない。このアジトにはデバイス研究室がある。そこに使えそうなデータがあったなら自分のデバイスにインストールして、自分の武器にしろ。そしてトレーニングをするなら、その使い方を詰めるべきだ」

 明奈の講義は止まらない。

「後は、情報だ。お前、〈発電所〉に行って仲間を救うと言ったが、具体的にはどうやるんだ?」

「ああーそれは後々」

「それこそ今詰めるべきだ。ここは〈人〉と敵対するアジトなら、繁華街や〈発電所〉の情報もあるかもしれないだろ。だが情報集めは私がやる。まあ、お前も時間があるときに集めどうやって攻めるかは集まった情報からお前が考えればいい」

「なるほどー……」

「それに、幹部たちは逃げようとしているが、アジトの500人の中にはもしかしたらお前に協力してくれる奴がいるかもしれない。それに東都反逆軍は〈人〉の拠点を攻撃する組織だろう。お前がしっかり計画を立てれば、協力をとりつけることだってできるかもしれない」

「すげえ、めっちゃ頭回るな」

「これくらい当たり前のことだ。常に頭を使って最善を探すのは、いつだって大切なんだよ。後悔しないように」

 最後の言葉、かなり感情が籠った言葉だった。昇は少し気になったが、踏み込まない方がいいと判断し、追及はしなかった。

「明奈が情報集めするなら、私は昇を手伝ったほうがいい?」

「いや、季里は最初はアジトを見回ってみてほしい。どんな部屋があるか、どんな人間がいるかをいろいろと見回ってみてほしいな」

「分かった」

 昇は素直に明奈の能力の高さに感心しつつ、

(きっと、俺の知らないところで、苦労してきたんだな)

 かつて故郷の学び舎で言われた『人は経験で強くなる』という恩師からの言葉を思い出していた。

(俺もただ強くなるばかりじゃダメだな。ほんと)




 現在部屋の前で昇他2人を監視しているのは、夢原の部下である2人だ。

「お? どうした?」

 部屋を出た昇に、壮志郎が話しかける。

「これ、敵からもらったデバイスを試したいんだよ。トレーニングルーム、いやまずデバイス研究室か?」

「2つの部屋は隣続きになってるよ。行く場所は同じだ。なんなら訓練なら付き合うぜ?」

「いいのか? 監視対象だろ俺」

「監視命令は出てるけど、別にお前が何かする分には問題ないだろ。内也。ちょっとこいつ案内してくるから、ここで待機してくれ」

「おう。途中で逃がすなよ」

 壮志郎の後ろを昇はついて行く。

 先ほどの戦利品である、黒木の兄のデバイスを早速確認して、自分の武器になりそうなものがあれば身に着けるつもりだ。

「あ、あとで明奈と季里も別の部屋に行きたいって言ってたんだけど」

「だってよ内也」

「そっちは俺が案内するよ」

「おっけ、なら行こうぜ。えーと、昇って呼んでいいか?」

「もちろん」

「よし、俺も暴れたりないところだったんだ。トレーニングルームで一緒に暴れようじゃないか」

 目を輝かせた壮志郎は、やや速い足取りで歩き出す。

 昇はそれについて行く。

 方針は決まった。しばらくはアジトでの生活になるが、自分にできることははっきりした。

 いろいろと明奈や季里に頼りきりな旅になっていることが少し情けなくなくはあるが、どんな状況でも自分がやるべきことは変わらない。目的のために、今は焦らず、情報と武器をそろえる時。

 昇は今自分にできることをしようと意気込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る