外伝2-19 反逆の拠点(後)

 アジト内部は街を歩いてきた昇たちにとっては目新しく映る、ちゃんとした建物だった。

 壊れている場所がない。通常は居住区ならば当たり前のことなのだが、昇にとってはかつての寺子屋以外では初めて見た景色だ。

「……へえ」

「馬鹿みたいな顔を晒すな」

「ああ、すまん……。でも、こんなにしっかり残っている建物は初めて見た」

「そうか。まあ、歩領を見ればそういうこともあるのか」

 アジトに現在住んでいるのはおよそ500人程度。それに比べて、建物全体はあまりに広い。

 その理由を、内也や夢原が説明しながらアジト内の目的地まで進む。概ね説明された内容はこのアジトには何があるかだ。

 それはすべてがこのアジトに住む人々の生活スペースというわけではない。居住区は工場跡周辺の地下にある一方、廃街の地価はアジト生活で必要な様々な用途の部屋が用意されている。

 普段アジトに住む人間はキューブという万能栄養食で栄養を補っているが、角砂糖を毎日食べているのでは腹が減る。1日3食というわけにはいかないものの、毎日1回は食事ができるように、アジトの多くの部分を食材生産を行う場所として確保している。

 そして、アジトの中には歩家の〈人〉に対処するために使用する下手も多い。

 外の監視カメラの映像を確認する監視室、作戦会議室、さらには瞑想室も完備されている。瞑想と行っても精神統一ではなく想像を行うために集中するための個室だ。テイルで新たなものを開発して実体化させるには、具体性の想像は不可欠だ。さらにはデバイスエンジニア室があるので、この場にただ隠れ住んでいるだけではなく、テイルによる新しい器具の開発を積極的に行っている証だ。

 さらには、戦闘訓練用のトレーニングルームもあるという。反逆軍が来る前から自分達で自衛の方法を、このアジトの利用者は研究していたことになる。この大きな居住空間が単なる避難用シェルターとは呼ばれず、アジトと呼ばれているのは、このようなところに所以があるのだろう。

「基本的に、廃工場の地下区域が居住区と生活スペース、そして廃街の地下に在るのが食品生産と開発機関、トレーニングルーム等ね。まあ、俺達はそれぞれ居住地区と生産地区って呼んでいる」

「こんなにも広いアジト、寺子屋の連中が1から作ったとは思えないな」

「ああ。ある程度彼らように改造はされているが、このアジトの原型は、元々伊東家領を攻略しようとした昔の天城家がかつて使用したものらしい、もっともそれはもう30年以上前の話で、今では廃棄されていたがな。そこに目を付けた、現在のアジトリーダーが仲間たちを〈人〉に抗う意思を持った、伊藤家領の邪悪な思想教育に毒されていない寺子屋出身の逃亡者に、この拠点を与えて今の巨大な反逆組織になったらしい」

 明奈も内也からこのアジトの事情を聞いて、この大きな規模のアジトがあるのに納得する。

「今向かっているのはどこなんだ?」

 昇の質問には壮志郎が答えた。

「居住地区と生活地区の間に、アジト全体を管理、運用方針を決定する幹部用のオフィスがある。今はそこに向かっているんだ。もう俺らの通信を聞いて他の連中も集まってる頃だろう」

「なんか、隠れ家って感じはしないな」

「仕方ないさ。むやみに外に出るワケにはいかない以上、これくらい広いアジトじゃないと500人以上の生活を営むことはできないからな」

 まだ遥か奥まで続く道を歩き続ける。




 昇たちが案内された会議室、幹部用のオフィスにあるものでそれほど広くはない。多くても30人位しか入らないだろう。

 演説台が部屋の奥の方にあり、その方に向けて机が一定の間隔を保って並んでいるところを見ると、寺子屋の一斉教導室、いわゆる教室をイメージして作られているように見える。これは元々が寺子屋の出身の人間が多いことが影響しているかもしれない。

 人数はそれほど多くはこの場にいなかった。

 この場にいる人間の中でも、大きく2種類に分けられる。

 まずは夢原と同じように京都反逆軍の証である紋章をつけた隊服を着ている1人。そしてそれによく似ているものの、こちらは現在争いが絶えない紛争地域になっている関東圏に拠点をおく、東都反逆軍の人間が2人。そしてこのアジトのリーダー格と思われる人間が3人。合計8人が待っていた。

「お待たせ。東堂くん」

「夢原、だいぶ外で暴れてきたみたいじゃないか。おかげで外が厄介なことになってるぞ」

「仕方ないよ。ウチらは人間を助けるために来てるわけだから、見捨てるって選択肢は信義に反するわけだし」

「それはそうだが、事後報告だけじゃなくて一言相談が欲しかったところだな」

 昇たちは、その8人から少し離れた席に座らせられた。

 近くには、内也と壮志郎が座り、夢原は用意されていた自分の席に腰を下ろす。

「まずは我らの紹介から行きましょう、東堂様、夢原様、吉里様。いかがでしょうか」

「ウチらはあくまで客人、最初はアジトリーダーの貴方から挨拶すれば?」

 腰に刀をつけている男とストレートの黒髪の女性が頷く。雰囲気も含めその2人が東堂、吉里と呼ばれた人間であると昇は察した。

 提案をしたアジトリーダーが昇たちに近づくと目の前で挨拶を行う。

「このアジトの総責任者をしている、レオンだ。ああ、名字を言えないのは許してくれ。俺の本名を知ってるやつは俺含めて誰もいないんだ。名付け親がもう死んでるからな」

 握手を求められたので昇はそれに応える。そして隣の季里も快く応じた。明奈はすぐには応じなかった。

「おや、だめかい?」

「私は指輪型のデバイスを使うんでね。中を見られたくない」

「スキャン装置とかはつけてないんだけどな」

「生憎、信頼できる人間の言葉しか信じない主義だ。手を変えてくれ、左手なら承る」

「そうかい。なら」

 アジトのリーダーは快く明奈の申し出を受け、手を変えた。今度こそ明奈は握手に応じる。

 握手を得たリーダーはアジトの幹部と思われる2名を紹介に入る。

「さっき僕が座っていたところの両隣に座っているのが、一応僕の補佐兼それぞれの区域のサブリーダーだ。向かって右の眼鏡が宝生ほうしょうくん、居住地区のサブだ。左のでかめのやつが安芸あきくん、こっちには生産地区のなかでも食品生産の担当だ。そして俺は生産地区のテイル開発、器具管理のとりまとめを行っている。ここ最近は新人もいなかったし、皆サブリーダーなしでも生活できているから、しばらくは君たちの面倒は僕ら3人で見れる予定だ。よろしくね」

 紹介を受けて、今名指しされた2名が昇たちに向けて会釈をした。

 アジトリーダーのレオンこそ、およそもうすぐ20歳の大台を迎えそうな年長者だったが、その他2人のサブは自分と同い年に見える。昇は、先ほど言われた『同世代』という言葉が事実だとよく分かった。

「じゃあ、次はウチらじゃん? もう夢原隊は挨拶済みだから、東堂くんからね」

 夢原の話を受けて、東堂と、吉里、その他1名が立ち上がる。

「俺からだな、京都反逆軍実働部隊、東堂小隊、隊長の東堂逸とうどういつ。京都反逆軍守護者、階位第10位だ。ちなみに夢原が第9位だ」

「あーばらすな! ウチら雑魚みたいじゃんそのランクだと」

「悪いな。本当は俺の部下もいるんだが、今は任務で外に出ている。後で紹介する」

 不服そうな顔をした夢原がガミガミ言いそうなのを気にせず、吉里という女性もまた立ち上がる。

「東都反逆軍、吉里みのりです。隣が部下の早坂零です。お見知りおきを」

 立ち上がって昇たちに一礼、その後すぐ再び吉里隊の2名は腰を下ろす。

 何やら不思議そうな顔を吉里を見る季里。その理由を察した明奈は尋ねる。

「どうしたの?」

「京都と東都、同じ反逆軍なら、戦力は1つのところに集めた方が……」

 この場で勝手な発言は特に禁止されていない。誰かが不機嫌になることはなく、東堂が説明を加える。

「思想の違いさ。京都反逆軍は人間の住処である京都を守るための組織だ。故に積極的に攻めるのではなく自衛を重視している。逆に東都反逆軍は〈人〉の殲滅を最終目的に掲げる攻撃を重視した組織だ。故に、それぞれ最終目的が違うしそれに至るためのプロセスが違う。相容れないわけじゃないが、それなら別行動をとったほうがいいだろう?」

「なるほど」

 季里は納得した。隣で昇が、

(そんな些細な違い全然気にしてなかった……)

 と、細かなところに気がつく季里に感心していたのには気が付かなかっただろう。

「さて、紹介も済んだことだし、早速だけど、あの子たちにあの話したら? きっと喜ぶわよ」

 夢原が早速議題へと話を移行させる。

 アジトに入った以上、必要以上に自分勝手は許されない。郷に入っては郷に従えということわざもあるように、世話になる場所の方針には、納得ができない場合を除いては従った方がいいのは、余計な問題を背負わないためにも必要なことだ。

 特に昇は、現状で歩家に勝つための算段が具体的についていない状況だ。

 ここの人たちを巻き込むつもりはないが、何か勝算が付くまでは拠点としてこのアジトは有効活用できることだろう。そのためにもこの場には控えめな態度でいどむ心構えだ。

「5日で準備の予定だったが、あの3人と夢原が暴れたせいで、天使兵が出てきたとなれば作戦は考え直さなければいけない」

「ちょっと、それはしょうがないでしょ。そもそも歩庄が出てきた時点で、計画が狂うのはしょうがないじゃん」

「まあこちらとしては、すこしアジト生活を延長するくらいなら問題ない。それはアジトリーダーの名にかけて約束する。なのでこちらを気にせず、救援隊のあなた方の都合に合わせてもらうといいと思う」

「すまない。なら、まずはこちらの今後の動きを言う必要があるな」

 東堂は立ち上がると、演説台に立ち、近くの空中に大きな、歩良の平面地図を映像として映しだす。

 そして、昇たちの方を向き話しかけてきた。

「君たち3人には良く聞いてほしい。アジトに来て早々このような話をすることにはなるが、近々このアジトを我々は放棄する予定だ。反逆軍は、このアジトに隠れ住んでいる500人を脱出させる予定になっている。地図を見てくれ」

 東堂は昇たちの注意が地図に向いたのを確認して続きを話す。

「とりあえずは隣の天城領へと脱出するのを目標にする。すでに別動隊が大規模な輸送手段を天城領の許可を得て用意済みだ。それに乗れば無事に京都につくだろう。現状候補に挙がっている脱出地点は3つ。どこからになるかは当日にならないと判断がつかないが、そのつもりでいてくれ」

 脱出地点は繁華街からかなり遠い。それはつまり、昇が最終目的とする発電所の奪還からは遠くなってしまうということだ。

 昇はこれには頭を横に振らざるを得ない。

「どうした君。確か、天江昇くんだったか」

「そっちの動きは分かった。なら、俺は従えない」

 季里が悪態をついた昇に焦り、明奈は、満足げに笑みを浮かべる。

「……一応理由を聞こうか」

「俺は発電所に向かっている。そこに囚われている仲間を助けるために」

「自分が不可能を言っているか分かっているのか?」

 東堂が、否、この場にいる明奈と季里以外のすべての人間が、今の昇を変人を見るような目で見ていた。

「それが俺が歩家の〈人〉どもと戦っている目的だ。そもそも俺は発電所から逃げてきた脱走者だ。脱走の時は余裕がなかった。だけど俺は、仲間を取り戻したいと思ってる」

 それは迷うことなどない昇の望みであり目的。

 向こうの反応は。

 壮志郎は笑い始める。

「はははははは! マジかお前」

「な……!」

 アジトリーダーは、まだ昇の言っていることに理解が追いつかず絶句している。

 そして夢原と東堂、そして吉里は険しい顔になった。夢原が、

「それは無理」

 昇の望みを完全に否定した。

「実力がないのは分かってる。そして1人で無謀だってことくらいも。でもあんたらに迷惑はかけない。この2人も降りるって言ったらそれは認める。でも、俺は、友達を救うまでは伊東領を出るつもりはない」

「……なら、私はあなたに言う。諦めて」

 夢原は昇の反論に一切の譲歩をしなかった。

「諦められない。俺は脱走して、そして戦っているのは全部そのためだ。言っただろ。そっちが認めないなら俺のことは見捨ててもらっていい」

「それが認められないの。いい昇くん。自分力不足を認めてるんでしょ、無謀だってことも分かってるんでしょ。私たち反逆軍はそんな戦う力を持たない弱い人間を救うのが仕事なの。あなたが勝手にしますって言って、はいそうですか、と認めるわけにはいかない。それは私たちの助けられる人間を救うという信念に反する」

 夢原の言うことは、お前は救われる側の弱い人間なのだから意地を張っていないで素直に逃げなさい、ということだ。

 侮辱に聞こえたが、昇は非力であることは自覚している、しかし、それでも、この戦う目的だけは譲れない。

「それはこっちだって同じだ。俺は友を救いたい」

「もう救えないわ。こう言いましょう。天江くん。君は私たちが京都へと連行するわ。伊東領にいる非難できる人間を全員避難させるのが私たちの仕事。私たちに救助された以上、貴方も避難民よ」

「それは、それはだめだ」

 吉里がここで発言した。

「彼は思想が危ういです。東堂さん、作戦終了まで眠らせてはいかがでしょう」

「過激です隊長。でも閉じ込めておくくらいは必要かもしれません」

「……そうだな。救助者を早々こんな扱いをするのは本意ではないが、仕方がないか」

 自分の要望は完全に否定され、挙句の果てに閉じ込められそうになっている。

 反逆軍は反逆軍の正義で戦っている。

 しかし、こちらにも自分の正義があるのだ。そして託された『諦めるな』という言葉も。

 捨てられるものじゃないのだ。決して。

「でも、俺は」

「昇くん」

 レオンが口を開く。

「無念は分かる。俺らも寺子屋出身で、幸運にも逃げられた身だ。俺の友達にも、発電所に捕まっているやつはいる。だけど、もう助からない。発電所は戦力が集中している厳戒地域だ。簡単に手は出せないんだよ。……それは逃げてきた君が一番わかるはずだ。一緒に逃げよう」

 アジトも反逆軍も〈人〉に対する組織と聞いて、自分の野望に巻き込めるとまでは思ってなくても、ここまで真っ向から否定されるとは思っていなかった。それどころ身柄を拘束されようとしている。

 思ってもみない新たな危機に直面していた。

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