外伝2-EX2(挿入話) まだ見ぬ誰かを救うため
内也が隊長と呼んでいる女性が戻ってきたところで、壮志郎は忘れず礼を述べる。
その女性は反逆軍所属である内也の先輩であり、夢原隊のリーダー『夢原希子≪ゆめはらきこ≫』であり、当時反逆軍最強と呼ばれる守護者10名の座にいずれは就くとされているスーパーエリートだった。
反逆軍は独立魔装部隊と呼ばれる特殊部隊を除けば、任務は基本的に2人から4人で1組のチームで遂行する。
「よかったよー手遅れじゃなくて」
「本当に格好良かったです」
「それはうれしーなぁ」
心底嬉しそうに歯を見せて笑う夢原に、壮志郎は尋ねる。
「俺、もうすっかり惚れちゃって。その、俺も――」
内也が目を見開いたのは驚きからに違いなかった。
「なれるよ。その覚悟があれば」
「覚悟?」
「ヒーローはね。光ばかりを見るものじゃない。例えば君、人を殺せる?」
「それは……」
「例えば君、多くの人々を助けるために、生きたいと願っている少数派を見捨てられる? 例えば君、戦ったら自分が死ぬっていう絶対に勝てないって相手でも逃げずに戦える? 例えば君、毎日骨折よりもひどいけがを何度しても立ち上がれる自信はある?」
「え……」
「反逆軍は苦しむ人々を助ける組織だけど、きっと君が考えているようなきれいな組織じゃない。私たちは常勝じゃない。毎日反逆軍からは死者が出ている。人々を助けるために、その命を犠牲にする仲間がいるの」
脅しにも聞こえるそれは事実だ。
〈人〉の中にも強弱はあり、今日のような雑魚もいれば、反逆軍が総出でかからないと勝てない化け物まで数々存在する。そして現れる怪異は決してどのようなものか会うまで予測はできない。
出会った相手が自分の死神になることだってあり得るのだ。
「悪いこと言わないからさ。そんなに覚悟がないならやめたほうがいいよ。早死にしやすいからね。この仕事。それに、私は違うけど、君ね、それほかの人に言ったら殺されるよ。軍にいる人たちは、家族を奪われたり復讐をしたい人がいっぱいいるからさ」
明確な脅しだった。
壮志郎が抱いた夢をすぐに崩壊させる一言。
しかし壮志郎が折れない理由は内也にあった。
「じゃあ、なんで内也はそんな危ない仕事をしているんだ」
壮志郎は隣にいる友に尋ねる。
内也は隠す必要はないと思ったのか、もったいぶらずに彼に自分が持っている思いを述べた。
「俺も、助けられたんだ。師匠に」
「え……?」
「1年前、お前と同じように襲われたところを助けられた。だから俺は、恩返しがしたかったんだ。命を救ってくれたこの人の役にために、そのためなら命をかけてもいいと思えるほどに。まあ、師匠に怒られたけどな」
「当然! 何もかも生きてこそだからね」
「でも、大事なことを教わりました。あなたの恩返しのためじゃなくて、誰かが命をかけてでも今日みたいにここに住む多くの人を守るための生贄は必要であり、自分たちが戦うのは、この京都という、人間にとって最後の楽園に住む人々に感謝されるためなんだって」
希子はうんうんと満足そうにうなずいている。
自分とは違う崇高な目的と意識を持っていてそれを堂々と語る内也に、壮志郎は供の知られざる誇りと、自分との格の違いを見た気がした。
普通ならそこで諦めるだろう。お前には覚悟が足りなすぎる、生半可な覚悟でこの世界に入ってくるなと強くくぎを刺されたのだから。
しかし。
壮志郎は折れなかった。
なぜか、と言われれば本人にも理解できない感情がそこにあったからだろう。
輝かしい活躍をするのが目的ではなく、ただ、初めて現実にしてみたい憧れを目にしたから、逃げるという選択肢がなかったのだ。
「馬鹿にしてもらって構わないよ。でも、やるだけやってみたい」
「お前!」
「……覚悟はするよ。今すぐは無理でも、いつか必ず。だから、やらせてほしい!」
内也も希子も、そしてすべての反逆軍の人間が見たことのない、ヒーローになりたいからという理由で軍に入る男が誕生したのだ。
反逆軍、夢原隊控室では新人に夢原隊に新たに配属となった新人に向けて、先輩2名が話をしていた。
「こいつそのあと何回泣いたんかな」
「うるせえな。でも宣言通り覚悟完了したじゃん」
「最初のほうは、つらいぃ、こわいぃ、とかな。壮志郎?」
「言うなー」
新人である加茂くんに、これまでの話をするのは夢原隊の先輩となった内也と壮志郎だった。
壮志郎は、あの日からの行動は非常に早く、1週間後には反逆軍訓練生の数多くの1人に仲間入りをしていた。
その後の壮志郎の苦難の連続は語ると長くなるので省くが、結論から言えば、隊長である夢原希子の言うとおりになった。
訓練の辛さは覚悟の上、それよりも厳しかったのは実際の仕事からだっただろう。
ケガは日常茶飯事。集中治療室に運ばれた経験は2回以上ある。壮志郎は運だけはあったほうで、幸いにも絶対に勝てないような敵と今まで戦ったことはなかったが、それなりに強い相手とは何度か剣を交え見事にボロボロにされている。
そして、多くの友が先に逝くのを見届けた。これも幸いなことに内也はまだ元気でいたが、同期で入った同い年くらいの気が合う反逆軍の仲間は、初期の半分ほどしか残っていない。
反逆軍の一員になってもう3年目に突入、それまでの道のりでは辛いことは多かったと言えるだろう。
しかし、壮志郎は後悔はしていない。
なぜなら自分は少しずつ憧れに近づけている自覚はあった。
とくに今日はとてもうれしい日だ。なぜなら、今目の前で新しく入ってきた加茂くんが反逆軍に入った理由は、壮志郎に非常に関係している。
「刈谷先輩にもそんな時期が……」
「想像つかないだろ、そのままでいいぞ。俺のヒーローっぽい偶像を崇拝するんだ」
「後輩に変な信仰植え付けるな馬鹿」
加茂くんと壮志郎の出会いは、とても偶然なことに、かつての壮志郎と希子との出会いと同じだった。
加茂くんが〈人〉に襲われているところを、反逆軍の正規戦闘員になった壮志郎が助けたのだ。
希子と違い、内也と2人で組んで辛くも撃退という泥臭い勝利だったが、それでも加茂くんはそんな2人に最大の感謝を示していた。
その時のことは壮志郎も覚えている。壮志郎はその時、ようやく自分もあの時の希子先輩みたいになれたのではないか、と見た目は悪くとも非常に満足したのだ。
誰かを救うヒーロー、その実績を確かに残したのだから。
そして今。
「刈谷先輩、西先輩。これからよろしくお願いします!」
あの頃と同じような後輩がこうして訪れてくれたのだから。
「ああ、よろしく」
「うまくやっていこうぜ」
一番後輩だった自分ももう先輩。そう思うと、長い間で自分が少なくともいくらかの人間を救えて来たのだろうとしみじみ思う。
「こらー、男3人仲いいのはいいけど、隊長もまぜなさーい」
そこにおやつの買い足しへと赴いていた夢原希子が帰還する。彼女はすでに守護者候補ではなく正式に守護者となり、反逆軍の幹部の1人としての多忙な日々を送っている。
「加茂くんの入隊祝いねー。豪華なホールケーキ、買ったの」
壮志郎ももう隊員として、希子とは何の遠慮もなく話せる仲となっている。
「本当っすか? そんな高いものを」
「いいってことよ。ささ、食え食え後輩。今日はウチのおごりだよー」
テーブルの真ん中にドンと置かれた大きめのホールケーキ。
それを新人含め4等分する。切り分けはいきなり新人パシりはよくないということで壮志郎が担当した。
「ちょっと。そうしろー切るのヘタッピね」
「すみません……」
「ウッチー、ちょっと崩れてるのあなたね」
「ええ……これこそ壮志郎のですよ」
隊の控室や本部タワーの交流スペースでの団らんは壮志郎にとっては大切で充実した時間だ。このようななんともない話も、できるだけでとても楽しい。
「いただきまーす。加茂くん、君も食え食え」
「い、いただきます、隊長」
新人とともに4人で、夢原隊としての新たなスタートを祝う。
しばらくして。
夢原希子が隊長として、隊員に次の仕事の内容について、ぽろっとつぶやいた。
「次は伊東領への遠征になったのよ」
「遠いですね」
「そこで、『奴ら』に支配されて迫害を受けている人間たちがいるの。特に寺子屋出身でその支配から逃れながらひそかに暮らしている人々が多いみたいね。私たち夢原隊と東堂隊、そして東都反逆軍からも何人かが集まっての合同任務、彼らの救出をするわ」
「それってかなり大型の案件じゃ」
「緊急性はないけど、そろそろ本部としては、新しい人手が欲しいみたい。彼らに反逆軍への協力をとりつけたいみたいね」
京都の防衛や近場への出撃をしたことがある壮志郎だったが、遠征案件は精鋭にしか任されないものであり夢原隊の壮志郎や内也もついに本部に精鋭と認められたことを示している。
「どれくらいの人間が」
「およそ500人くらいだって」
「すごい居ますね」
今度は500人を救うための戦いということ。
「ただ、もちろん危険は伴うから。私は守護者として強制参加だとしても、あなたたちは自由よ」
隊長の配慮をよそに、壮志郎は即決した。
「行きます」
「早いわね」
「だって助けを待っている人がいるのなら行くべきだ。少なくとも俺は、そのためにここにいるんですから」
内也もそれを聞き、
「なら俺も。壮志郎だけで行かせるわけにはいかないから」
壮志郎に負けじと即決した。
希子は笑みを浮かべる。
「その信念、変わらないわね、そうしろー。君がいると私も初心を忘れられずに安心できる」
それは、もう2年以上前に語った憧れを追い続けているという強い信念に対する賞賛だった。
「幸いまだ緊急性はないから、出発はすべての準備が整ってから。たぶん3か月後くらいかな? 加茂くんは新人だから留守番ね。それまで、任務やら訓練やらで腕を磨いておくように」
夢原隊の壮志郎と内也は、隊長命令に大きな声で返事をした。
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