外伝2-10 伊東家領の〈人〉と人間(中)

 季里が聞いたとされる騒ぎの方向へと、できる限り狭い裏道らしきところを通りながら向かって行く。

 現在に季里はデバイスの使い方は覚えていても戦える状態ではない。彼女を連れながら戦闘になればせっかくの切り札になりそうな彼女をすぐに失うことになる。それは避けたかった。

「もう近いな。私にも聞こえてきた」

「俺もだ」

「2人は今まで聞こえていなかったの?」

「季里は〈人〉だからな。俺らよりも聞きやすいんだろうな」

「そうなの……やっぱり私は〈人〉ってことかぁ」

 記憶が呼び出せない状態の季里に明奈も昇も彼女が〈人〉であることは隠さなかった。さすがに敵であることまでは正直言ってはいないが、できる限り嘘をつきたくないという昇の意見に明奈が合わせている。

 明奈はこの情報を季里に打ち明けても問題はないと考えている。自身を育てた〈人〉である源家やその部下たちも、その上司である八十葉家の〈人〉も、人間を自分達とは区別していても、人間を目障りとは思わずに共に行動していた。

 明奈は、〈人〉の間でも価値観がずれているのは人間と同じようにそれぞれの環境によるものだと思っている。

 今の季里でも、昇も明奈も自分より劣っている存在であることを、理論ではなくても感覚として得ていることだろう。しかし、それをすぐに殺処分するべき愚物としてみるか、庇護や友愛の対象として見るかは、自身を取り巻く環境と周りの人間から影響されて形成される価値観によって決めるものだ。

「私は、2人と行動をするのは嫌じゃないわ。不快には全く思っていないもの」

 もちろん、生まれつき人間に対して生理的不快を感じる〈人〉もいるかもしれない。すべての〈人〉に当てはまるとは思っていないが、明奈はその前提が決して全く違うものというわけではないことを、今の季里の言葉や態度からも実感する。

(そう言えば……)

 季里のことを考えていた明奈、ふと昇の価値観も気になった。

 昇にとって歩家は決して許せない敵だ。今が利用価値があるからこそ季里を殺さないでいるが、実際、昇は歩家の人に対してどのように思っているのか。

「なんだよ、こっちをじっと見て」

「ああ。……なんでもない」

 季里を前に昇が正直に言うはずもない。明奈はその聞き取りを諦めることにした。

「で、お前もこっちを向いてたってことは何かあるのか」

「裏道はここで終わりだな。ここから向かい側の裏道に行くにはどうしてもここを横切る必要があるぞ」

「仕方ないだろ。ダッシュで駆け抜けるぞ」

 明奈の提案に残り2人は頷いて、大型運送車が2台平行して通れるような広い道を一気に通過する。

 しかし、やはり誰にも見られないということは無理だった。

「お兄ちゃんたち、そっちダメだよ!」

 すぐに裏道をまた進もうとしたところで、明奈たちを見て慌てて近くから追いかけてきた11歳くらいの少年が呼び止める。

 無視、も考えなくはなかったが、季里がそれで立ち止まってその少年に対応してしまったので、明奈と昇も立ち止まるしかない。

「なんで?」

 季里の質問に少年は答えた。少年の服装は所々が痛んでいる半袖でまだ冬が過ぎようとしている今の季節には寒すぎる。倭では珍しいオレンジの瞳がユニークポイントで非常に印象に残りやすい。

「お姉ちゃん新顔でしょ」

「そうだけど、何がダメなの?」

 とりあえず変装は見破られていないようで明奈と昇は一安心。

「こういう時はいつも、人間を集めるやつと一緒に、人間狩りに来ている趣味の悪い奴がいる。こういう裏道はいつも人間狩りにあうんだ」

「どうして?」

 少年に尋ねる季里の後ろで昇は納得の表情となる。

 先ほど言ったように、普段は建物の陰に隠れている人間たちも、召集があれば表に出ざるを得ない。そこを狙う乱入者がいてもおかしい話ではない。

「いつもに比べて狩りはやりやすいからに決まってるじゃないか。お姉ちゃん本当にここに送られたばかりなんだね。なら、僕からだと不満かもしれないけど」

 少年は心底嬉しそうに笑った。

「おめでとうお姉ちゃん。ここに来れて幸せでしょ?」

「え……?」

「だって、狩られるとしても、生きてお上様に使っていただいても、どちらも光栄なことだよ。僕は、使っていただきたいからそっちの道はおすすめしないんだけど、それもお姉ちゃんが決めることだから。でも警告はしたからね」

 少年はそれだけ言うと、すぐに自分が行こうとした道へと戻っていく。

 そこには兄と思われる昇と同い年くらいの男子と、姉妹と思われる少女がその少年を待っていた。

久等くら、新入りさんにきちんと言えた?」

「うん!」

「そうか、偉いぞ。久利くりも別の新入りさんに言えたからな。2人ともいい子だ。さあ、行こうか」

 長男らしき兄に頭を撫でられてそのまま別の道へと消えていく。

「どうする明奈。狩りだってよ」

「……まあ、進めばわかることだ。ここで狩りなどに勤しむ趣味の悪い連中など、質の悪い奴らばかりだ。その程度を撃退できないのなら、お前に協力する筋合いはなくなるな」

「明奈、まだ俺を試すのか?」

「失望させるなということだ、昇」

 明奈は現れる可能性がある敵をすでに嘲笑し、迷いなく今度は往く道を先行する。

「大丈夫かな」

「季里、安心しろ。アイツの言う通りだ。これからの旅、その程度の敵を殺せないと意味はない」

「ゴールは近いと思う。この道の先は、もう目的地のすぐそこよ」

「そうか。なら、さっさと行こうぜ。前歩いてくれ。俺は後ろを経過するよ。明奈について行けな」

「うん」

 季里が明奈に追いつこうと早歩きで歩き出してから2秒。荒事になるからこそ、気合を入れて昇も後ろをついて行く。

 先ほど通っていた道よりもさらに狭く、障害物が非常に多い。廃街の中でも多くの車や家具、粗大ごみの不法投棄があった。それでも通行止めというわけではない。

「ひ……!」

 明奈が立ち止まっている。そして季里は明奈の目の前で倒れている人間を見ると驚いて声を上げてしまった。

 季里が驚いたのは人間が倒れているからではなかった。その人間が、体の一部を欠損するほどのひどい傷を負っていながら、

「なんで……痛いでしょ、辛いでしょ、死ぬのは嫌でしょ」

 まるで死の間際に神々しい天使に出会ったかのように、笑いながら泣いていたのだ。

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