外伝2-8 歩家打倒への作戦会議

 結局本題に入るのはご飯を食べ終わり、明奈が話を切り出してからだった。

「さて……そろそろ。真面目な話題に入るか」

「お、ああ」

「昇。私はまだお前から、お前がどうしたいかを聞いていない。お前の口からきちんと何をしたいのかを具体的に説明しろ」

「ああ、そういえば……そうだったな」

 既に混乱を乗り越え、食事を共にした仲でとっくに目的を共にする仲と昇は錯覚していたことを自覚する。

「お前が仲間を救うためにどこかの〈発電所〉に攻撃を仕掛けないといけないのは分かっているが、具体的にはそれがどこの〈発電所〉なのか、誰を救うためなのかまでは理解できない。その点をお前にはっきりしてもらわなければ」

 確かに今まで明奈は手を貸すと昇に言ってはいたが、昇が何をしなければいけないのかはまだ何も聞いていない。それでは手を貸すと言っても具体的には何をすればいいか分からない。

 昇は、デバイスを使って紙を一枚出すと、最初に自分の大きな目的を宣言する。

「歩家が運営している〈発電所〉に囚われている仲間を助けたい。それが大きな目的だ」

「だが、〈発電所〉はこの領を支える最重要施設だ。故に最高戦力とまでは言わなくてもそれ相応の戦力はある。歩家と全面戦争をすると言っているのと同じだぞ」

「危険なのは分かってる。それでもやるんだよ。もう決めたからな」

 明奈は『歩家』と『発電所』という言葉が出た瞬間の季里の様子を見ていたが、当人である季里は口をぱっくり開けて何の話をしているかさっぱり見当がついていない様子だった。

(演技がうまいのか、本当に記憶がないのか)

 まだ脳内を閲覧していない明奈は判断しきれない。

 季里は本当に記憶を失っているため、明奈が自分に一瞬鋭い目線を向けたのを見て何故かが理解できなかった。

 そして、昇は女性2人の一瞬の感情の動きに気が付くほど繊細な男ではない。さらにテイルを使って、地図を模写する。そして自分が逃げてきたルートに線を引いた。

「明奈、お前は歩領についてどれくらい知ってる?」

「あまり。そこは何とか逃げてきたお前の方が知ってるだろう」

「まあな。歩家領は廃れた街や村が結構多いんだ。だけど、全く人が住んでいないわけじゃないんだ。むしろ人間が雨風を凌ぐために住んでいることが多い」

 昇は地図の一部分を指でなぞる。その部分が黄色でマークされていくのは、これもテイルを使ってのことだ。昇が開いた地図、その住宅地を示す部分のおよそ6割以上が黄色に染まったが、話の流れからそこが廃街であることは理解できる。

「多いな。確かに私が少し足を踏み入れたところもそんなところが多かったな」

「まともな家が並んでいるのは本家周辺と本家へと続く道沿いの宿場町だけさ」

 季里がここで一つ質問を出す。もっとも歩領の令嬢たる彼女が本来質問することが可笑しいことなのだが。

「どうしてこんなにも。どうせなら、使い物にならない建物は壊して新しい土地を使えばいいのに」

「ここは領のお偉方の人間の飼育場なのさ。必要であればエサは与えられるし、住処もボロボロのところでよければいくらでも差し出す。その代わり、飼い主は気まぐれに住人を殺す。娯楽か、食料にするためかは家によって様々だと思うけど」

「……人々はそんな生活をしていて苦しくないのでしょうか」

「――それは、そこの人間を見れば分かると思うぜ。どのみち発電所に行くにはどこかの廃街は通るしかない」

 いずれにせよ、6割の廃街に住んでいる多くが人間であり、そこを拠点とする〈人〉はいないということ。

「街らしい街は残りの4割といったところか」

 明奈は地図をしばらく眺めて、今度は勝手に自分で赤のマークを付ける。

「天城領との境界へと逃げ込みやすいところはこの辺りだが、確かに発電所の近くとなれば1つしか存在しない。作戦成功の暁にはそこから出ればいいが。行くまでが問題だな」

 季里がここでやや強引に話に介入してきた。

「あの、私は……お二人には大切な役割があるようですが、私はどのようにすればよいのでしょうか」

 彼女にとっては当然な質問だ。危険な作戦という前提で話を進めているのだから2人について行くかどうかは迷うところだろう。

 昇はそれに対し、何の迷いもなく宣言した。

「俺について来い」

「え……でも、足手まといになるのでは」

「そんなの、お前を連れても残しても同じだ。何より俺がお前をそのままにしておくと集中できない気がする。置いて行った後ろめたさからな」

 昇の中には季里を人質や何かに使おうという気は全くなく、自分が記憶喪失にしたのだから無責任に置いていくのは嫌だ、という話をしている。

 明奈はやれやれとため息をつくが、明奈にとっても季里を連れていくメリットはあった。人質はもちろん、うまくこちら側に都合のいいように、物事を吹聴すれば戦力になってくれる可能性はある。そのためは体は仕上がっていて武器もあるのだから利用しない手はない。

 先ほど言ったように、発電所への襲撃は歩家との戦争と言っても過言ではない。戦力は少しでも多い方がいい。少なくともこのままでは、勝ち目はないと明奈は踏んでいる。

 現段階では、どれほど勝ち目がないのか、具体的には見えない状態ではあってもだ。明奈は昇の勝手な決定に反対はしなかった。元々自分はサポートという立場だと決めていたからだ。

 季里も昇の決定に反対はしなかった。

「よかった。おいて行かれるとどうしようかと。私、まだ一人で行動できる自信はありませんから……」

 なんにせよ、下心たっぷりの明奈の言葉より、純粋に人がいい昇の言葉の方が彼女にとっても印象は良かっただろう。昇の裏表の少ないその点は、すでに性悪説を信じる実利主義の自分にはもうできない、素敵な在り方だと自覚する。

「すみません。話を折ってしまい」

「いや、当然のことだから気にしないで。季里」

 明奈はフォローの言葉を入れて、今後の方針について自分の意見を話す。

「昇。とりあえずは歩家に不満を持つ人々、組織がいないかを捜すわ。いないかもしれないけど、勝率は上げられるだけ上げないといけない」

「あ、ああ。それはそうだな。俺だって、このまま突っ込んでも勝てないことは分かる」

「冷静でよかったよお前が。ほんの少し、このまま突撃あるのみとか言いそうなのが、怖かったからな」

「おいおい。さすがに俺だって勝ち目のない戦いはしたくねえよ。生かしてもらった命だ。勝率を上げて生きられる可能性を高めるのに反対はしないさ」

 昇は地図の黄色ではない街の中で、名称が書かれた建物が数多く存在する地域を指さす。

「なんにせよまずは歩本家近郊の幹道繁華街は通る必要がある」

 その理由は地図を見れば明らかだった。

 発電所と思われる場所を幹道繁華街を通らずに行く方法はない。発電所の周りは人工的につくられた大河が流れている。大河は急でありさらに船を5分で微塵にする狂暴な、テイルによって品種改良された護衛肉食魚が大量に放たれている。泳いだり、船で大河を渡ることはできない。

 さらに空中を通ろうとすれば即時撃墜される。それは敵味方区別することなく、警告なしに大火力が発電所の防衛機構から放たれる。空からの接近も不可能だ。

 もちろん戦争を起こせるレベルの大軍隊が居ればそれら2つの防衛機構を蹂躙しながら迎える可能性はあるが、それほどの戦力は集まらないし、そしたらそもそも大河を横切るための橋を奪取してしまった方が手っ取り速い。

 橋は3本、いずれも繁華街の端から架けられていて、そこのみが主に人力で監視が続けられている場所であり、昇たちでも突破できる可能性がある。また、発電所の広大な区域の隣に天城家領との境界もあるため、関所の役割も果たしている橋でもある。

「どこから攻めるかは、襲撃作戦が現実的になってからよ、昇」

「ああ。とりあえずは繁華街に行く。そしてそれまでに味方を増やすって感じか?」

「そうね。最速で繁華街に潜入するわ。すぐに出発しましょう」

「すぐ?」

 昇は早くも立ち上がった明奈に、性急になっている理由を問う。

「ここから歩家本家までは乗り物を使えば3時間もかからないのよ。連中が季里の帰還が遅いと判断して動き始める前に、早急にここを離れる必要がある」

「ああ、じゃあ、なんでご飯を」

「じゃあ、昇君。ここから6時間移動になるけど、エネルギーなしでバテない自信はある?」

 昇は、確かに、と納得して首を横に振った。

「15分後出発よ。季里は私と一緒に来て。着替えるわ。あなたも適当な服に代えておいてね」

「ういー」

 明奈が季里を手招きする。季里はそれに快く応じて調理室を先に出た。

 昇は女性陣が気を利かせて出ていってくれたため、ここで先ほどの戦闘で敗れた服を脱ぎテイルで同じ服を新調する。

「いよいよか」

 この学び舎をまた離れるのは少しの寂しさを感じるが、戦うと決めた以上もう後ろは振り返らない。

 昇は、明奈とともに行く新たな戦いの舞台へ行くことへの緊張感を胸に調理室を出た。最後に何か持っていくべきものはあるか、学び舎を見回ろうと思ったからだ。

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