外伝1-6 司家本領攻城戦(前)

 司家の外へ行っても後ろから追撃などは来なかった。

 しかし、光は安心してばかりいられない。本家とその外へと行く間に鈴と合流し、すぐに本家へと戻る。

 本家へは念のためダミーの車を3台だし追尾を撒いて、本人たちは最も危険だろう浮遊バイクの二人乗りで本家へと戻ることに。鈴は少し怪我をしていたものの、まだ大丈夫と主張する鈴を信じ、本家へと戻っていく。

「そう言えば、一つ気になることがありまして」

 鈴は運転をしながら、後ろに乗っている光に話しかける。

「なに?」

「腕輪をつけた女の子が、私を助けてくれたんです」

「腕輪……?」

 腕輪と聞き、思い出すのは〈影〉と呼ばれる組織のこと。

 彼らは既存の秩序を破壊しようとする悪の組織だ。最も、あくまで〈人〉側からの意見であり、〈人〉に反逆する人間からすれば期待の星なのかもしれないが。

 しかし、親人間派であっても、多くの犠牲を出そうとする彼らを光は許せない。

 知り合いに和幸という〈人〉への反逆を行う軍、反逆軍に所属する青年と親しい光は、前に言われたことを思い出す。


『あんたのことを人間はしっかり評価している。あんたは、いい意味で公平な目を持っている。あんたの治世では、人間がこの世界でも何かしらの希望を持って生きられる。たとえ、それが完全なものではなくてもいいんだよ。だから、自信を持て』


 このようなことを言われたのはこれで2回目だ。1回目は人間の剣士、ちょうど和幸と同い年のはずの少年に昔言われたことがある。

 だからこそ光は声を大にして、自分の正義を信じて、〈影〉とも、人間差別主義とも戦うと決めている。

「腕輪の持ち主。まさかこの混乱に乗じて何か〈影〉が企んでるとか……?」

「さあ、私の愚考では、真意を測りかねますが、妙なことを言っていました。どうも八十葉家に肩入れをしている言動でした。私に証拠を取りなさいと、桜花様の相手を引き受けてくれたのです」

「そう言えば、桜花は?」

「私が建物から出たときには、腕輪の者にやられていました。失神していたので、近くの住民に預けてまいりました。そして女の子はすでにいなくなっていました」

「そう、八十葉家に加担する女の子ねぇ……」

 光はその存在が気になるところだったが今はそんなことはしていられない。

 光は司家に向かうとともに、そのもう1つ用意していた策がある。

 連絡をとるのは、今は八十葉家本家の戦闘員として働く、旧源家の次男にしてあの戦いにおける源家関係者唯一の生き残り、源鋼だった。

 2年前の故郷を襲撃された戦いのあと、八十葉家本家を拠点に修業を望んだ彼は、今は八十葉家の戦闘兵長の1人として、数少ない光の味方となる私兵たちをまとめている。

「もしもし鋼君?」

「どうなさいましたか?」

 鋼に連絡をとると屋外にいるのか、風の音が聞こえていた。

「兵の招集は終わった?」

「兵の集まりが悪い。本当にほとんどが本家直属の戦闘員しかいないですね」

「そう……これからは分家の関係者は敵だと思って。それよりも私は今から本家に戻るから」

「動いていいと?」

「証拠は掴んだ」

「了解しました」

「気を付けて、向こうもすぐに対策を取っているはず。もしかするともう戦闘準備を終えているかもしれない」

「了解。あと、光様」

 珍しく自分から意見を刺しこんでくる鋼に光は少し驚く。しかし、それは逆に言えばそれほどに言わなければならないことだということを示している。

「なに?」

「万が一、俺らが司家に負けて、突破されたらどうします? あなたの言いぶりからすれば、その時は」

「分かっている。多分、残った本家と共に、分家の大軍と戦うことになる。本家のある領地で」

「……分かっているならいいです。なら、最後に1つだけ」

 鋼は少し間を置き、

「どうか、死なないでください。あなたは八十葉家の最後の希望なのだから」

 それだけ言って、通信を切断した。

 光には迷っている暇はない。鋼のことは信じているが、それと万が一に備えるのは別の話だ。

「鈴、できるだけ急いで。今後に備えないと」

「承りました!」

 鈴はアクセルを全開にして本来はスピード違反となる速さで道を爆走する。




 既に鋼が率いる本家の軍は、光の指示で司家の近くに陣を敷いている。

「源隊長」

 部下の一人が、現在の司家の状況を報告する。

「現在司家の城に多くの徴兵が見られます。おそらく当主は動き始めているのではないかと……」

 戦闘が当たり前になった時代において、かつての戦国時代に使われた城と同じ建築をされた大きな建物はよく使われている。御門家の大阪城はその最たる例であり、御門家が保有している軍事拠点の1つだ。もちろん、古来と同じ型ではなく、要塞や巨大建築物、大きな寺、神社などを拠点にする場合も多々あるが、八十葉領では、大きな領地を持つ家は、城の形をとった軍事拠点を持っていることが多い。

 司家も自らの本家があるこの領地に城が建っている。もちろん当主やその地域を統べる支配者の威光を示すものではあるが、それ以上に、この城と言うものがあることのメリットが大きい。

 城はいわば巨大な攻撃兵器を設置出来て、籠城戦を行うだけの物資を入れられる巨大倉庫にもなる。

 故にあって損はない。問題は攻撃の的になるということだが、それは運用する者の腕でどうにかするべきだろう。

「城に障壁は?」

「あります」

「強度は?」

「恐らく結界展開者をまだ十分に配置していないのでしょう。レベルはまだ3です」

「3か、思ったより低いな。ならぶち抜けそうだ。兵に伝令。突撃は俺の攻撃をもって行う。前衛は〈人〉の突撃兵、その後は人間の兵を続けさせて支援。いつもと同じように短期決戦で行くぞ」

「はい!」

 鋼の指示を承った部下は、その命令を全員に伝令するため駆け足でその場を後にする。

「さて……」

 テイルを使い、自らの愛用の槍をその場で顕現させる。

 鋼は目先に見えている城に向けて、槍の投擲の構えを取った。

 槍を持つたびにあの時の光景がフラッシュバックする。源家で敗北したときのことを、鋼はこれまで一度たりとも忘れたことはない。

 あれから本家に匿われたのちに、各地を転戦し、本家の刃として戦ってきた。

 本家を、自らの故郷を滅ぼした〈影〉を殺すために己を鍛えてきた。

 その過程で多くの学びと共感を得たことは違いない。

 やはり家を奪われたことは辛かった。そしてそれと同じように何かを不当に奪われることは辛いことだ。

 故に、人間から搾取する〈人〉の在り方は、人間との隔たりしか生まない。故に鋼は今の、親人間派の象徴である八十葉光に最大の敬意と忠誠を誓い、少しでも奪われそうな者を救えたら良いと思っている。

 これからの人生、そして槍をもつ理由を得た鋼に一点の迷いはない。

 それが今の彼を、2年前から大きく成長させる要因となっている。

「覇源鋼槍」

 己の中でも最大出力を誇る一撃。念には念を入れて、今回は障壁の貫通に特化させることにする。

 鋼の持つ槍に、莫大なエネルギーが集中していく。空気を震わせ、近くにいる部下たちの鳥肌が立つ。

 やがてその槍はすべてを貫く一つの裁きの雷となり、本家に仇なす司家の拠点に撃たれる。

 足を踏みこみ、渾身の力を込めて。

 鋼はその槍を放った。

 槍はマッハに到達する速さで飛翔し、狙いは投擲者の意志のままに、司家の軍事拠点に向かっていく。

 着弾。

 障壁をあっけなく貫通した槍は、拠点につくと同時に、大きな爆発を起こす。

 そしてその爆発は、戦争の開幕の音となり、鋼の部下たちは司家領地への侵入と、司家に召集された軍との戦いを始めた。

「鋼様」

 すぐに敵軍を分析していた密偵兵が鋼の元を訪れる。鋼はひとりでに、投擲されたときと同じ速度で戻ってきた槍を器用に手に収めた後、報告を耳に入れる。

「司家は数多くの傭兵も雇った模様です」

「傭兵だと?」

「はい、人間、冠位の中でも下位の〈人〉の戦闘員を集結させています」

「司家直属の兵はどれくらいいる?」

「町全体を見て、4割ほどの数しか見られません。おそらくは城に戦力を集中させて籠城の構えを取っているのでしょう。先ほどの投擲で、大きな損害を与えたことを期待できますね」

 解せない。その報告を聞いた時に一番に思ったことだ。

 本家に兵を招集しているということは、出撃か防衛の必要ができた時に行うことだ。本家の栄光と存亡をかけた戦いになるだろうこの戦いに、召集された本家戦闘員は4割では、余りに少なすぎる。

「何か嫌な予感がするな」

「隊長?」

「速攻だ。俺も出る」

 鋼も多くの部下の後を追って、すぐに司家領地へと向かい始めた。

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