外伝1-5 鈴と桜花 証拠を賭けた戦い 

 万能粒子テイル。頭の中で想像したものを現実化する、人間と〈人〉の体内にいる特別な粒子。

 それにより、人類は多くのものをその場で作り出すことができるようになり、生活の利便性は遥かに向上した。

 司家の応接室で、司家当主が空中にディスプレイを生み出し、光に見せたのもテイルの力によるものだ。

 しかしテイルは、具体的なイメージさえできれば、なんでも作れる。

 つまり人を殺すための武器だってその場で想像することができる。

 故に、すべての人間がその力を持っているこの時代、治安の維持が以前より格段に難しくなった。なぜなら誰もが武器を生み出せて、人を傷つけることができるのだから。




『消えていただきます』

 その言葉を聞いた瞬間に、鈴が行動に移るのは速かった。

 相手がまだ武器を出していない状況でありながら、鈴は自らが愛用する武器をその場で想像する。

 日頃からの想像力訓練により、鈴は1秒もかからずに目的としている道具を、己のテイルを使って生み出した。

 空中に半径30センチメートルの浮遊球体が2つ、鈴の周りを浮遊する。そして鈴の手にはライトブルーに発光する日本刀型の光刀を創り出した。

 しかし、その間で桜花も自らの武器を出す。

「アルピュイア」

 桜花の周りに数体のロボットが現れる。ロボットは細身の二足歩行ではあるが、人を綺麗に模したものではなくあくまで人型の二足歩行というだけの黒い存在が、桜花の周りを10体ほど囲んでいる。

 そして桜花は何も持っていない。

 鈴は思考を巡らせる。

 テイルでの体の強化はできないので、基本的に相手の攻撃に当たれば終わりだ。それは逆に攻撃を当てれば勝利できる。

 故に、相手がどのような攻撃をしてくるか、考え続けるのは戦闘を行う者として当然の作法である。特に人間である鈴のもつテイルの数は限られていて、15倍のテイルを持つ〈人〉と戦うときの最大の障害は、テイルの差による圧倒的な火力の違い。不利な人間側は、その差を工夫と技をもって、戦うしかない。

(ロボット、当然自動攻撃型。戦闘の基本に忠実に、手数を減らす)

 浮遊球体に自動攻撃と自動防御の命令を下し鈴は動き始める。それと同時に桜花はその場にたたずんで、自らの使役する機兵に指示を出し、機兵は動き出す。そして桜花はなんと鈴から距離を取り始めた。

 その動きを鈴は見流さなかった。

(本人は接近されると不都合? ならまずは)

 鈴の桜花の間には10メートルほどの距離があった。そして桜花はそこからさらに距離を取ろうとしているが、鈴は判断の後に一気に距離を詰めようとする。

 当然、鈴を妨害するべく、黒い機兵が鈴に迫る。その数は4対、残り6体は鈴を包囲するためか、真っすぐ鈴に向かうのではなく、違う方向へ走り出している。

 接触まで2メートル。

 鈴の周りを浮き、鈴の動きについてくる球体は、その時点で先制攻撃を仕掛けた。

 2つの球体の近くに、水色の光が収束し、爆音とともに光弾が発射された。

 騎兵は腕の部分の堅い装甲を盾にそれを防ごうとするが、それを簡単に貫き、2体の機兵を一瞬でダウンさせた。

 そして残り2体と鈴が接触する。鈴は刀を使い、突き出された機兵の手の刃を受け流ながして、もう1体に斬りかかった。 

 腕をはじき飛ばし、そして胴体を両断。3体目の機兵を殺す。接近した4体目の再びの攻撃を躱し、鈴は反撃の準備をした。

 当然、残りの機兵が黙っているわけではない。鈴に接近しなかったのは、彼らが射撃兵だったからだ。

 鈴に狙いを定め、高威力のレーザーを、距離を取った機兵が放った。

 その数は6本。鈴に接近した機兵以外の全員が放ったと考えていい。

 鈴はライトブルーの六角形障壁を発生させて、そのレーザーを止めるつもりだったが、レーザーはあっさりとそのシールドを貫通する。

(……これは!)

 狙いを定められているレーザーが走る軌道は、鈴を明らかに追い詰めるものだった。

 その動きに合わせて、近接攻撃を仕掛けてきた機兵は動きを合わせる。

 レーザー6本は鈴の動きを制限するために放たれていた。鈴がその場から少しでも動けば、高出力のレーザーに鈴は貫かれることになる。身動きが取れないところに、本命の近接攻撃の機兵が渾身の刃による突きを、身動きが取れない鈴に見舞うと言う目論見だろう。

 鈴の戦闘を助ける浮遊物体が鈴の近くに寄る。そして2つの浮遊物体は己の中のエネルギーをもって、鈴を完全に覆う球体のバリアを生成し、主を守る。

 鈴が使うこの浮遊物体は、八十葉家が人間用に発明した試作武器、浮遊型自動戦闘補助機〈近衛星〉と呼ばれるものだ。近衛一人一人に対して、それぞれに合った戦闘のサポートを行うことで、戦闘者がより攻撃に集中でき、自動防御でより安全に戦えるようにすることができる。

 刀の扱いが得意な鈴の場合は遠距離攻撃用の射撃と防御の2つを、この〈近衛星・鈴〉は行うようにカスタマイズされていた。

 特に防御に力を入れた設計の、鈴の〈近衛星〉が展開したこのバリアは、技術者が光のお墨付きを貰った傑作だ。

 これは、テイルによる光弾を反射する。

 今回もその効果は抜群に発揮されていた。迫ったレーザーは完全に跳ね返されて、レーザーを放った機兵に向けて熱線は戻っていく。

 強すぎる力は身を滅ぼす。その言葉の通り、自分が放ったはずのレーザーに体を貫かれて、射撃機兵は完全に沈黙した。

 残りの機兵は目の前の1体だ。〈近衛星〉のバリアは解かれ、鈴は残り1体に向けて斬りかかる。

 柄を両手持ちにして、光刀の刃が伸び、打ち刀は太刀に変化する。

 巨大になった刃は、離れようとしたその機兵を捉え、間違いなくその体を両断する。

 司家の当主の娘、〈人〉の攻撃を凌ぎきり、そして突破した。

 司家当主は八十葉家の近衛に人間をおいたことにひどく怒りを示していたが、光とて、近衛をその日の気分やお気に入りだとかいう生半可な理由では決めていない。

 強い。ただその一点において、鈴は近衛に選ばれているのである。

 桜花は一瞬笑みを浮かべたものの、次に襲われるのは我が身だと思い、すぐに表情を引き締め、次の策に出ようとする。

 鈴はそれを許さない。

 高速移動を可能にするテイルによる戦闘補助、〈爆動〉を用いて一気にその距離を詰めると、通常の大きさに戻った刀の切っ先を桜花に突きつける。

「ここまでです」

 桜花に向け、鈴は堂々宣言する。

「素晴らしいですね……父は本当に見る目がない。だから嫌だと言ったんですよ。近衛が弱いはずはないんだから、私なんかじゃ止められないって」

「どういうことですか?」

「父は人間を舐めている。だって自分では1回もこうやって人間と戦ったことはない。京都にいったこともない。だから、人間を下位種としてしか見られない。良いところを見られない」

「貴方は違うと?」

「私は、隠れ光様ファンなんですよ? でも私は司家の人間ですから、父と家を裏切れません。だから、申し訳ありませんが貴方は倒します」

 鈴はここで桜花の様子がおかしいことに気が付く。

 先ほどから目を大きく開いていて、目が乾くだろうに瞬きを一切しない。

「ご、ゴゴゴゴゴゴゴ」

 鈴の判断は遅かった。桜花のはずだったそれは奇声をあげて、次の瞬間、大きな爆発を起こす。

 爆炎に巻き込まれた鈴だったが、何とか爆死は避けて、距離を取ることに成功した。

 無理やり〈爆動〉を使って後ろに跳んだため、着地の際に体に大きな反動を受ける。

「ぐ……!」

 煙の中にはもはや誰もいなかった。

 桜花が死んだのか。その期待はすぐに裏切られた。

 煙が上がっているところではなく、全く別のところに桜花が立っていた。その手には三叉の槍と、どこに隠し持っていたのか100体以上の機兵が並んでいる。

「ごめんなさい? 鈴さん。あなたを騙していましたね」

「これは……」

「残念がらないで、アルピュイアを10体倒されたの意外に驚いているの。でも、私もまだやれるってこと。さあ、抗ってね。無抵抗の人間を殺すのは、ちょっと嫌だから」

 桜花は鈴に勝利を確信している顔で語り掛ける。

(嘘……マジか……)

 先ほど相対して分かっている機兵の実力。正直鈴にとっては10体でも危なかった。

 それがさらに10倍。

 このままでは、目的は果たせない。鈴はここを突破して光に、司家当主の反逆の証拠を持って帰らなければならないというのに。

(せっかく目の前まで来たのに。どうしよう……!)

 焦る。鈴はどうすればいいか分からない。

 絶体絶命と思われた矢先。

 天井から多くの弾丸が降り注ぎ、機兵を完全に殲滅した。

 願ってもない援軍に鈴は驚きを隠せない。

「え……?」

「何者だ……!」

 桜花は叫ぶ。すると鈴をかばうように、前に飛び降りてきた1人。15歳くらいの少女だったが、その腕には見過ごせない物をつけている。

(腕輪……!)

 まさか〈影〉が現れたのか。そうなればただでさえ大変な八十葉家内に更なる混乱が訪れるだろう。

 鈴はそれを恐れたものの、その女の子は鈴に向けて、鈴を驚かせる言葉を放った。

「光様に届けなければならないものがあるのでしょう? だったらそこで時間を浪費してないですぐに行ってください」

「え?」

「早く!」

 鈴は驚きとともに、ついそれに頷いていう通りに証拠が眠っているだろう件の建物へと向かった。

「お前は……?」

「貴方と同じ、光様の隠れファンよ」

 乱入者と桜花の戦いが始まる中、鈴は証拠を得るために建物に向かう。





 証拠は見つかったようで、数々の写真が光のもとにその画像が送られてくる。

 光は笑みを浮かべ司家当主に一言。

「用は済んだわ。これで失礼しますね?」

「何……? まさか桜花のヤツ……」

 驚きの顔をした司家当主に見向きもせず、真っすぐ本家から出ようとする光、

「小娘ぇ……これで勝ったと思うなよ。準備はもうできている」

「そう。なら、戦争ね」

 開戦の言葉を交え、光は司家を後にした。

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