外伝1 徳位八十葉家当主 八十葉光
外伝1 八十葉家当主 八十葉光(前編)
「当主の地位を譲る。光」
「どうしてですか! 兄上!」
光は兄を尊敬して、嫌いではなくむしろ好意を寄せているほどだった。そして、兄もまた光を嫌悪しているわけではなく、きょうだいは仲睦まじかったという。
そんな光とその兄、宗一が唯一喧嘩をしたのは、突如、「宗一が光に次期当主を譲ると言った時だった。
宗一は、一言で言えば八十葉家の傑物だった。
戦闘面でいえば、そもそも八十葉家の秘伝、〈星光の涙〉を八十葉家で最も使いこなせるのは宗一だし、歴代の八十葉家の中でも最強と謳われた宗一は、互いに本気の武器を使わない試合だったとはいえ、御門家最強の24人の幹部、十二天十二玉将の1人を圧倒したこともある。
そして政治面ももちろん傑出していた。八十葉家の一員として八十葉家領の中でも管理が行き届きにくい土地の改革を進め、領土を広げるのではなく、領土の結束を強めたという点で、無欲ながら堅実な自分の領地の強化を成し遂げた。それでもまだ、当主ではなく、あくまで次期当主だった頃の話だ。
そして嫌われてたかと言えばそんなことはない。むしろ宗一は数多くの臣下に数多くの支持者がいた。むしろ光はそもそも、本家の人間のお荷物と言うレベルで疎まれていた。光が無能だったわけではないが、有能すぎる兄と見比べられ、妹はどうしてあんなに愚図なのでしょうね、と陰口を分家の者から言われるほどだった。
しかし、宗一は辞退したのだ。次期当主という権力と、自らが負うべき義務を。
「兄上! 納得いきません!」
「光、もしかして俺がいなくなると、いままでみたいに責任を感じなくて済むとか、思ってないか?」
「そうじゃない! 私は別に陰口なんて気にしてませんし、兄上を影から支える気はいくらでもあります! でも、八十葉家次期当主の座を降りるなど、そんなもの分家の本家の人間も納得するはずがない!」
「ああ。それは承知のうえだ」
この会話は現当主、八十葉孝元の前で行われている。そして孝元、つまり光の父はなんということか、宗一の次期当主辞退を認めたのだ。故にこの会話に感情が揺れ動くことはない。
「父上! このままでは……!」
「もう決まったことだ。宗一にはこの家を出ていってもらう」
「何故ですか? 何か重大な失態を」
「いや。むしろそれはお前に言いたいくらいだ。貴様、この前も防衛隊に顔を出して、さらには訓練に参加して大暴れ。軍を騒がせたようだな」
「う……それは……」
「本家の人間だからと言って、なんでもしていいわけではないと言っているだろう! 近衛が何度も頭を下げているのは知らないのか!」
「でも、私だって強く」
「お前は強くある必要はない。源家だって政務を長男が、軍務を次男が司る予定だろう。それと同じように、軍務は別の者にやらせる。お前はつつましく、本家の長女として政務にあたればいいのだ。……話が逸れたな」
「待ってください、私はそれにも納得いきません。私だって兄のように」
「黙れ。話を戻すぞ。宗一には出ていってもらう。しかし、我ら八十葉家の信義に反する思想を持っている以上、このまま家に置くことはできぬ」
「え……」
光は兄の宗一を見る。宗一は静かに語り始めた。
「俺は、八十葉家を継ぐにふさわしくないと当主に判断された。俺は、方針を御門家と同じにして、御門家との同盟を目指すと父に言った。だが、まあ、受け入れられるはずもない。八十葉家の方針はあくまで人を優位とする人間管理社会をつくるものだ。であれば、相容れないのも必然」
光は首を傾げたのは、八十葉家の信義、管理社会の何に納得できないのかだった。
光は問題児ではあるが、これでも八十葉家の人間として努力と教養を積み重ねて、本家の人間にふさわしい存在になるように教育されている。故に、八十葉家の信義が正しいものだと信じて疑ってはいなかった。
しかし、逆に宗一は疑っていたのだ。
「俺は以前、まだお前ぐらいの年齢だったころ、身分を隠して反逆軍のアジトに入ったことがあってな。当時は人間など恐れるには足りないと思っていたんだが、その認識を改めることになったよ。その技術力、そして兵の練度、すべてが人に抗するための技術として確立していた。俺も潜入がバレてひどい目にあったよ」
「それがどうしたと言うのです」
「それから人間側の連中に興味がわいていろいろ研究していた。分かったことは多い。少ないテイルを効率よく利用し、足りない部分は発明と努力で補い、決して弱いとは言えない力を身に着けている。そのすべてに俺は敬意を持っている。むしろ人である俺達は生物的な能力面で優秀なくせに、テイルを浪費しすぎている。今こそ彼らからテイルの効率化の意義を学び、先にその技術を得ているだろう御門家に追いつかなければならない」
「それで、父上にそのことを?」
「野望を記した計画書が見つかり呼び出しを受けた。それでまあ、その結果がこれだ。やはり父上に納得をもらうことはできなかった。そしてそのまま俺を当主にしてしまえば、その方針は現実化して、八十葉家の信義を信ずる多くの連中と争うことになると危惧した。故に俺はこの家を出ていかなければならなかった。俺がこの家に残っていたら、当主にせざるを得ないからな」
「兄上……!」
「光、安心しろ。家を出ていくだけだ。俺が八十葉家を愛しているのは本当だから、もしもお前が当主になったら、俺はお前を支えよう。どこかから、必ず」
「いやです!」
「光……」
「そんなの納得しません。私は兄が八十葉家の当主でふさわしいと信じてる。だから、出ていくというのなら、私と戦ってください! 私を殺してください! 私は兄上がいない八十葉家など……望んでない!」
孝元が我が儘を言う娘を諫めようとしたが、それは宗一の一声によって止められる。
「分かった。最初で最後の兄弟喧嘩といこう」
そこから広域訓練場で2人の喧嘩が始まった。
と言っても、それはとても喧嘩と呼べるものではなく、むしろ戦争だったと言ってもいい。
1000を超える光弾、光と宗一の〈星光の涙〉の閃きが夜の訓練場を彩り、流星群の中の輝きの1つ1つが激突とともに弾け、その光の嵐の中で、2人の使い手が剣を交える。
しかし、優勢なのはやはり宗一だった。
光が本気で、殺しに来ていると言ってもいい猛攻を軽い顔で相殺し、光が宗一の意識を奪うために迫っても宗一は少し笑みを浮かべ、
「成長したな、光」
とその攻撃を受け止め続ける。
八十葉家から消えてほしくないと本気で戦っていた光はついに、冗談では済まされない奥の手の武装すらも使った。
しかし光の声も攻撃も届くことはなく、最後は宗一の手によって光は意識を失った。
その日から、宗一は八十葉家から姿を消したのだった。
「ん……」
光は目を覚ます。
「懐かしい夢ね」
すでにそれは8年も前の話だ。現在光は華の20歳を迎えた。
目を覚ますと最初に執務室へと向かう。それも当主が使う仕事部屋のだ。
というのも、源家本家の戦いからおよそ2年が経過した今、八十葉家はその2年の間に大きな変化を迎えていた。
先代当主だった八十葉孝元が、1年半前、別駐屯地に顔を出していた際に伊東家の襲撃によって死亡。
急きょ光が当主の座につき、八十葉家は新しい当主のもとで新たな世代の治世へと乗り出して、しばらくが経過している。
当時は問題児だと言われていた光も、今は立派にその責務を全うし、それを見ていた部下たちも徐々に光を当主としてがんばっていると認め始めていた。
当主となった光には多くの書状や報告書が届き、朝に溜まったそれを当主として目を通し、場合によっては助言や通告、処罰を決定する。
「眠い……昨日、訓練に熱中しすぎて夜更かししちゃったのがダメだった……」
寝ぼけ眼で、今朝までに届いた書状を確認する。
その中に1つ、手紙が存在した。
「あれ、これ……」
送り主は宗一。
兄からの突然の連絡に、まだ睡眠を欲していた脳が覚醒する。
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