第71話 退治屋の話②
午前10時15分。
キタチューバスターズの面々は、赤い屋根で表札に「田中」と書かれた家の前にいた。
「じゃあ、開けるし」
美鈴——細身で小柄、ポニーテールで狐顔の可愛らしい少女——は玄関のドアのノブに手をかけ、そしてゆっくりと回した。
そんな彼女を、正は心配そうな顔で眺めている。
「うん、カギはかかってない」
そしてウム、と頷く。
ゾンビは習慣からかドアの開け閉めは普通にできるが、カギをかけるという行為まで行える個体は少ない。
”あの日”の発端は午後11時と深夜であった為、その時大半の者は自宅にいたはずである。もちろん施錠していただろうから、現在それが無いということは”あの日”以後に出入りしている者が存在する可能性が高いということだ。
その”存在”とは”……まあ、間違いなく田中ゾンビであろう。
美鈴は音が出ないように慎重に少しだけドアを開ける。
「……くっさ! 間違いないし。きっと居るし」
ドアの隙間から漂う臭気に、美鈴だけではなく皆一様に顔をしかめる。
ゾンビが垂れ流す糞尿の臭いだ。それはまだ湿り気を帯びた様な臭いであり、間違いなくここに生きの良いゾンビが居る証拠であった。
「……よし。じゃあ、いつもの作戦で行くぜ」
ウン、と皆が頷く。
正は初体験ではあったが、事前にその作戦とやらを伝えられているし、それは至極シンプルな方法であるから問題はないであろう。
「せーの」
美鈴が掛け声とともに玄関のドアを完全に開いた。
「「ごめんくださいっ!」」
そして、皆で家の中に向かってそう叫んだのだ。
彼らの見た目に反し、なかなか親の教育は行き届いているようだ。
「よし、散れ!」
将吾がそう呟くと、皆は玄関正面から5~10m程離れた位置にある遮蔽物に思い思いに身を隠した。まるでピンポンダッシュのイタズラをした時のようにだ。
うむ、親の教育が悪かったのかもしれない。
数秒後、玄関のドアは油圧でパタンと閉まる。
そして待つこと、30秒程。
ズズッ、ズズズッ、コン、コン!
「……来るぞ」
ドアの向こうから音がする。
そして、想像通り……
ぎいィィィィ……
玄関のドアが開き、中から人影が現れた。
中年男性である。
不健康そうな肌の色。
汚れっぱなしの髪や衣服。
そして、真っ赤に充血した目を見開き、キョロキョロと周囲を見渡し始めた。
「間違いねえ、ゾンビだ」
将吾はそう呟くと声を張り上げる。
「よし! みんな撃て!」
皆は隠れていた場所から身を躍らしながら銃口をゾンビに向け、そして一斉に引き金を引いた。
しゅぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!
銃口から飛び出たのは真っ赤な炎と鉛玉……ではないようだ。
音もショボければ、火も吹かない。まだ成長過程と言える細腕で支えられているにも関わらず、銃身だってほとんどブレがないようだ。
その銃の正体は、次々とコロコロと撥ねて地面に転がるモノによって判断できる。
BB弾。
なんと、彼らの武器は玩具のエアーガンだったのである。
「どうや! ワイの改造した電動エアガンが火ィ吹く弾の味は?」
仲間の一人である男の子が、北海道では聞きなれない関西弁で叫んだ。
……アホである。こいつらは真正のアホである。
この光景を見れば、そう誰もが思うであろう。
いくら改造して威力を上げていようが、ゾンビは痛覚に鈍感なのだ。殺すどころか、牽制にもなりゃしない。
そら見てみろ、現にゾンビは……
……あれ? 効いている???
明らかに、ゾンビが前進する勢いが弱まっていたのである。
殴ろうが蹴ろうが銃で撃とうが、生きている限り怯むこともなく前進を続けるのがゾンビのはずであるが、これはどういうことであろうか?
「ヘッ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってもんや!」
だから、当たったからって効くはずはないのだが……。
「うわあ、痛そう。。。」
初体験の正はそう呟くと、普通にドン引きしている様だ。
M134ミニガンから両手を外すと、その手のひらで両目を覆っている。
「コラ正! お前の鉄砲が一番バラまけるんだから、もう少し打ちまくらんかい!」
「そうは言っても
正は更にギューッと自分事の様に強く両目を押さえつけた。
対象の田中ゾンビと言えば、BB弾を雨あられと受けながら、両目から血を流しながらウロウロと足踏みをしている状態であった。
「エアガンで遊ぶときは、相手の目に銃口を向けちゃあきまへんってな!」
勝やんと呼ばれた関西弁男は、ドヤ顔しながらそう言った。
そう。彼らのエアガンによる銃撃の目的はゾンビを殺すことではなく、ゾンビの目を潰すことであったのだ。
人間は外からの状況把握の80%は視力より得ていると言われている。そこを絶たれた場合を想像してほしい。
それはゾンビも同様であった。視力さえ絶ってしまえば、その脅威度は一気に下がるという訳である。
勝やんが最後に言ったセリフは、エアガンを持ったことのある子供ならば一度は大人からそう怒られたことがあるセリフであろう。
実際にエアガンの弾が目に当たって失明とか視力を大きく落とすという事件や事故は後を絶たない。彼らの作戦とは、それを逆手に取ったものであった。実に子供ならではの想像力と柔軟性が高い作戦であり、また合理的な作戦とも言えよう。
「よっしゃ、もう大丈夫だろ。撃ち方、やめ!」
将吾がそう叫ぶと皆一斉に引き金から指を離す。
後はパラパラと跳ねるBB弾の音がするだけであり、そしてそれも数秒後には聞こえなくなった。
(よし、明らかに見えてない!)
ゾンビから5m程の距離からゾンビに向かってアッカンベーの猿顔芸を行った将吾であるが、ゾンビは反応しないことから、彼はゾンビは目が見えていないと判断したようだ。M16を地面に置き、代わりに背中から金属バットを引き抜いて両手で構える。そして……
「でやっ!」
ガコン!!
将吾の金属バットのフルスイングがゾンビの顔面にヒットする。
田中ゾンビは吹き飛ぶように崩れ落ち、もんどり打ってドサリと仰向けになる形で地面にキスをすることとなった。
「いまや!」
「おらっ!」
「えい!」
「死ぬでヤンス!」
そして皆次々と、それぞれが持つ打撃武器を田中ゾンビの後頭部目掛けて何度も振り下ろした。
田中さん、ボコボコである。
路上での少年少女による中年への集団暴行。”あの日”以前であれば、オヤジ狩りに見えたことであろう。
そして暫く後に、哀れな田中のオヤジゾンビは頭から大量に流血し、動きを止めたのだった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
「……オマエもやらんかい」
「でもぉぉぉぉ!」
「うるせぇ」
ポカリッ
自分事の様に両手で必死に後頭部を抑えてうずくまる正の額に、将吾のゲンコツが落ちたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます