お一人様
Slow Talk
第1話 プロローグ
トンネルを抜けると、暫しの野っ原の後、またトンネルで、
また少し抜けたかと思うと、またトンネルで。たぶん、右のレールを行けば、解放される何かがあったのかもしれない。なんで左のレールを選んでいたのか。一瞬晴れた気持ちで野原や海の風景を見ることもあるが、左のレールを選ぶ限り、晴れた気分は、ずっと束の間のことだった。やっとトンネルを出たのに、また、トンネルのある左を選ぶ。なんでトンネルのある方をを選ぶ思考回路が板に付いてしまったのか。
最近、プラスαのおしゃれをするよりも、まず、マイナスをゼロに戻す作業に追われていることに気がついた。鼻毛の白髪から、陰毛、胸毛、膝の痛みなど、少しずつ老化を感じてきていた。最近はもう、「死に近づいて行っているんだ」ということに疑う気持ちはなくなっていた。本格的な中年期という感じだろうか。思春期の変化も最初の戸惑いとしては大きい変化だったけど、それはまだまだ生命力が溢れるベクトルで、そこからは様々な初体験があり、迷うことはあるけど、プラスを増やす意識しかなかった。けれど、40歳間際くらいから起こっているこの変化も初体験だ。生命力のあった自分とのお別れの儀式のような、ゆっくりと、しかし突如に劣化が生じていく変化だ。若い時に病になった人は、こんな気分だったのかなと、今この段階になってみて、初めて思った。滅びというものをを受け容れ、実感するしかない心境。この域に達するまでは、まだ、自分が頑張ればなんとかなると、まだ何かしら切り開いていく気力と体力があった。だけど、もう無理の効かない体を受け入れた方がいいと、受け入れざるを得ないことを悟ってきた今となっては、何か違うやり方を模索し始めた。今までのやり方とおさらばして、新しいこの劣化の道中でのやり方をまた開発する必要が出てきた。
45歳を過ぎてから、めっきりもてなくなった。44歳までは、実は、その手のことで困ることはなかった。ずっとモテてきたというわけではないけど、一人の時ももちろんあったけど、プラスにベクトルが働いている人生の道中では、寂しいにしても、エネルギッシュに寂しくて、いろんな発散が出来ていた。今の寂しいは、果てしなく、ゼロに近い寂しいであり、寂しがり方も穏やかな寂しがり方だ。寂しいを、静かに受け容れるだけで、あがきはしない。
周りから見ると、同じようにダイビングやテニスで発散しているように見えるかもしれないけど、若かりし時と同じことをしていても、実はとても全てが穏やかなのである。穏やかというと聞こえがいいが、要するに、同じことをしていても、いろんな意味で変化がないのである。テニスの帰りに女の子と食事に行くこともなく、ダイビングの後に、浜辺で女の子と月を眺めながら話したりという「自動的に起こっていたこと」が、パタンと急に起きなくなってしまうのである。
突然、今までの自分の感覚がすっかり持って行かれた感じで、この変化の最中の小さな❓が、最近ははっきりとした❓として認めることとなり、そのハテナの中身は、結局若かりし自分が全て詰まったもので、もうそれは一つのモニュメントとして、ガラスの箱にしまって、封印して、懐かしく見るのがいいのだという結論に達した。
ハテナだったけど、ついこの間までを全部内包したものとのお別れを。そして、ゼロに戻って、ここからプラスを得て行った方が、多分上手くいく。そう思うようになっていた。
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