化け物を、安らかに殺す方法

みけ

アブノーマル①


その男は、生ける都市伝説。数いる異常者の中でも、特に冗談のような存在だった。


ノイズ・ルーチェス。


男性。二十代後半。実年齢不明。前科ナシ。資料にあるのは、たったそれだけの個人情報だ。

そんな何処にでもいそうな青年の情報が、なぜ資料として手元にあるのかというとその答えは書類の下の方…備考欄にはっきりと書いてあった。


『不老不死』。そんな馬鹿みたいな単語が。


舞台は異常犯罪防衛隊本部。

『異常者』と呼ばれる一般市民の生命を著しく脅かす存在を、捕縛、処分するための特別な訓練を受けている機関。この世にはそれほど異常が蔓延っていた。そこに所属している者は、いちいち異常者の異常性に難を示す矮小な精神など持ち合わせてはいない。ブラッド・エレインもその一人だった。


常人の物差しでは計り知れない異常者は、確かに人の形はしていて、知能もあり、言葉も話すが、人間ではなかった。常軌を逸しているというのはそれだけで脅威足りえた。彼等には理性がない。罪を罪と思わない。自由で、無邪気で、残酷。強盗、暴行、傷害、殺人。それらの行為に悦楽さえ感じている節がある。故に、彼等に動機は存在せず、予測による自己防衛ができない。今や、屋外に安心できる場所などない。人は、異常者に怯えて暮らすようになる。


異常者のそれは、一種の病気であるとも言われており、稀少なケースではその治療に成功した例も存在するが、その過程で何人もの人間が死んだ。そして完治した当人は己の過去の過ちに耐えきれず自殺。得るものはなにもなく、ただ失うだけの結果となった。悪ではない、という小数意見もあるが、まして善であるわけがない。病気であるからと言って、彼等に同情の余地などなかった。


つまり、彼等から身を守るにも、変な話だが救うためにも、異常者は残らず駆逐しなければならない。


ブラッドは彼に出会って一層、その気持ちを強くしていた。






ブラッドが『化け物』に出会ったのは、三十代の後半、特別隊の隊長を任されてすぐの頃だった。その時点では、不老不死なんてまだふざけた噂で、本当に冗談みたいな都市伝説でしかなかった。世間はおろか、防衛隊の中でだって関心がなかった。


そんなことより世間を騒がしていたのは、無差別連続殺人鬼、クレイ・ジャグリー。史上最凶と言われる異常者で、二十三歳。男性。十年ほど前、捜索願いが出されていた少年の面影がある事から、本部は彼を、行方不明とされていたクレイであると断定した。特別隊は、彼を捕えるために発足された。


家族へ報告するかどうかは、賛否両論ある。異常者は病気であるが、その治療は殺害しかないと言われている。なんの犠牲も出ないやり方が、今の所確立されていないのだ。病気の発症原因は分かっておらず、何が引き金になるのかもわかっていない。けれど血族は遺伝かもしれないと酷い嫌悪感に苛まれ、自分も発症するかも知れない恐怖に怯え、それが原因で最悪発狂する。


捜索願いを出されていたクレイも、当初は普通の子供には違いなかった。だからこそ、長年探していた子供が異常者で、殺処分するしかないと言われて平静でいられはしないだろう。時効である事もあり、家族には黙秘される事となった。


特にクレイは残忍で知られていた。人の肉を切り裂く事に何よりの快感を覚えるという根っからの危険思考を持っていた。彼に殺された人間は全てバラバラ。対象は老若男女問わない。一人目の被害者が見つかってから僅か数日で、両手では数えきれない人数がクレイの趣味の犠牲になっていた。彼を捕らえようと立ち向かっていった衛兵も含めると、背筋に震えが走る程の人数になる。


防衛隊が無能だと言われればそれまでだが、異常者は、その殆どが驚異的な身体能力を持っている。クレイもその例に漏れず、鍛えていても一対一では押さえ込む事はほぼ不可能。しかも思考は野性的で、計画性はなく、犯行は大通りのど真ん中でだって行われた。逃げる暇もなく切り裂かれ、鎌鼬のように去っていく。防衛隊が駆け付けた時にはもう遅いなんてこともざらで、逃げ足が驚く程早く、しかも勘も良い。残っているのはいつもバラバラの死体だけだった。


クレイを捕まえるには、予測と入念な準備と警戒が必要だった。クレイに標的にされて生き延びた者はいない。だから、その前にクレイを包囲する必要がある。行動範囲にくまなく敷かれた警戒網。殆ど誰も外を出歩かなくなってしまったおかげで、クレイのような異常者がうろついていると酷く目立った。


クレイの発見から、気配を悟られるまでの間に、陣形を完成させて包囲、捕縛する。ブラッドはその作戦を成功させるために、囮の役を買って出た。クレイ討伐部隊。そこに抜擢されたものは、まず死を覚悟しなければならなかった。三代目の隊で生き残ったブラッドは、四代目の隊長として名乗りを上げた。自分達がやられれば、また新しく隊が組まれる。クレイを駆逐するまで終わる事はない。


ブラッドは先代の隊長がクレイに殺される所を見ていた。その瞬間隊は崩れ、敗北した。でも、あの時、自分達隊員が取り乱しさえしなければ、クレイを討伐できたのではないかとブラッドは考えた。先代隊長を殺した瞬間、クレイは悦楽に浸り、無防備に見えた。それを利用しない手はなかった。だから、ブラッドは自分から次の隊長に志願したのだ。そして『隊長』がいなくなっても、崩れないように訓練した。


何故自分にそこまでの覚悟が出来たのかは分からない。ただ、クレイを討伐する。たったそれだけのあくなき執念は、もしかしたら、それも異常性だったかもしれない。けれど、常人では異常者に叶わない。自分の手で終わらせる。ブラッドは、そう思っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る