23杯 飾らない美しさ
「あの観測施設が、冥界の門の可能性が高いと思うんです」
真一は日の落ちた公園、観測施設を視界に捉えた辺りで言う。
「まーた始まった。ミサイル基地の次はあの世の入り口? あんたはアレを調べる口実が欲しいだけなんじゃないの?」
サクラが呆れ顔で言う。
「でも、作り始めたのって、結構前でしょ?」
何か建造していると気が付いたのは半年程前だったか? とサクラは記憶を手繰り寄せる。
「施設の建設に、偶然『冥界の門』の条件が揃ってしまったという方がしっくりきますね。建設中に徐々に世界に影響を及ぼし始めたんじゃないでしょうか」
「大丈夫なの? こんな近付いて……」
優美が泣き顔で言う。
「変異種事件は全国に散らばってますからね。確かに都心の方が多いから、離れた方が安全かもしれませんが、それこそ海外にでも行かないと意味ないと思いますよ」
「急ぎましょう。もし本当なら変異種が警護に当たってるかもしれません」
魁は注意深く周囲を窺う。サクラ達を助けた時も施設の近くだったのだ。
施設を調べるなど魁は反対したが、止めれば逆に勝手な事をしかねないと止むを得ず同行した。
せめて昼間にしてほしいものだが、昼は普通に建設業者の目に付く。
「大丈夫ですよ。最近は公園での目撃例はないんです」
施設に近づき、入り口を探すように周りを回る。
「ただの筒かと思ったら横に小屋が隣接してますね。……小屋というより電源か変圧器みたいです」
入れるものではないようだ、と調べ始めるが、女の子達は退屈そうにしている。
「……まずい。皆さん、走れますか?」
周囲を窺っていた魁が強張った顔で呟く。
「え? 何?」
サクラと優美は魁の様子を見てただならぬものを感じ取って慌てる。
「遅かったか……」
三人の目には見えてないだろうが、気配は既に退路を断っている。
自分だけなら走り抜ける事も不可能ではないが、三人は無理だろう。
やがて皆の目も、闇に浮かぶ異形の怪物の姿を捉える。獣型が二体、アルマジロのような鎧型が二体、徐々に包囲を狭めながら近付いてくる。
「あ……あ」
優美の足が震えだす。
「目撃例がない理由が分かりましたよ……。見た者は帰らないからですね」
もう遅いわよ、とサクラが震える声で言う。皆魁に縋るような視線を向けているが、正直全部を相手にするだけでも難しい。
魁は冷や汗を流す。
「ボクタチはジゴウジトクです、壬生くんだけでもニゲテクダサイ」
「何棒読み口調で言ってんのよ……」
これまでか、と魁は
背後は建物、正面に二体、左右に二体。一か八か、建物内に逃げ込んで迎え撃つか。入り口から入ってこれるのは一体だけ。そうすれば一対一に持ち込める。
だが入れる所があるのかどうかも分からない上に、施設は上部が開いている。文字通り筒抜けなのだ。
三人を守るように一人前に立ち、前、左右と油断なく視線を動かす。
正面の二体同士の距離が近くなる。壁を背にしているとは言え、不自然な陣形だ。何かのフォーメーションか? と正面の変異種を目を凝らして見る。魁は暫くそれを凝視していたが、突然、左から迫る変異種を目標に定めて走り出した。
次の瞬間、中央の二体の内の一体が血を噴く。
身を
魁の向かった鎧型も動揺した隙に致命の一撃を加えられ、右側の獣型の一体の首も胴体から離れて地面に落ちた。
静寂を取り戻した公園には、魁と残った獣型だけが立っている。
「助かりましたよ」
魁は血を払い落す変異種に向き直る。
「蟇目さん」
「俺への嫌がらせに、他の奴にやられようとしてないか? お前」
青毛の変異種も魁に向き直る。
蟇目はずかずかと三人に近付き、
「どうせこいつらのせいなんだろう?」
三人は緊張の糸が切れたのか、ごめんなさいごめんなさいと手を合わせ、膝を付いて泣きながら謝る。
他の変異種が来る前にとその場を後にしたが、真一はあそこが怪しいと確信したように興奮している。
蟇目は施設の事は何も知らないと言ったし、怪しい雰囲気はあるが元凶と言えるほどのものかどうかは分からないそうだ。
たまたま居合わせただけだと言うのは怪しいが、隠したり騙したりする理由があるとも思えない。
命を助けてくれたのだから必要以上に勘ぐる事も無いだろうと礼を言って別れたが、サクラは満弦の事もあって、二度も助けられた割には蟇目には距離を置いているようだった。
◇
「安藤くんの言う通り、あそこが元凶だとしても、塞ぐ手段がありません。御神木の剣もありませんし、闇人の消息も分かりません」
翌日まだ興奮の冷めない真一だったが、魁の言葉に考え込むように黙る。
「祈祷師か何かに頼めばいいんじゃない?」
魁の部屋で茶菓子を食べながら、優美は他人事のように言う。
適当な言葉だが、誰もそれ以上の名案を思いつかない。
サクラはぼんやりと壁にもたれ、優美は黙々と菓子を食べる。
真一は鞘の調子を確かめるように刀をいじっている。
柄を押し込むと、鞘の上半分がぱかっと開く。真一が作った仕掛けだ。
「……お爺さんは、鞘を使って木剣を作ったんですよね? でも鞘って二枚の板を合わせて作っています。片面を使ったんでしょうか?」
どうでもいいでしょそんなの、とサクラは興味なさそうに言う。
「いえ、……闇人だって鞘がなくなっては困るわけですから、上半分を切り取ったか、片面を使ったかして残りは修復して、……要は木剣作ってもかなり余ると思うんです」
皆黙って真一の次の言葉を待っている。
「つまり、お爺さんは失敗したときの為に、予備を作らなかったんでしょうか?」
ありうる話だ、と魁は思う。
しかし魁一郎の部屋は、かなり捜索したがそれらしい物は出なかった。祖父の資料にも記されていないし、あったとしても現存しているかどうも怪しい。
皆顎に手を当てて難しい顔になったが、
「もう一度、探しましょう」
魁は立ち上がる。
悩んでいても仕方ない、と真一も立ち上がる。
優美は「またぁ~」とややうんざりした様子だが渋々従った。
再び魁一郎の部屋を探す。
棚を開け、本の裏側までも捜索するが何も見つからない。
「他には物置と、庭に蔵がありますが……」
さすがに優美が「うぇ~」と苦い顔をする。
「皆さんにまで迷惑はかけられません。私一人で探します」
「僕は手伝うよ! なにせ人類の為だからね」
目をキラキラさせて立ち上がる真一に魁はありがとうと笑顔を向ける。
二人が男の友情を確かめ合うのを見ながら、サクラが発言の許可を求めるように控えめに手を上げた。
「あ、あの……。お爺さんの日記に、奥さんに
魁は祖父の手記を開く。
確かにあった、余り木を使って簪を作ったと。
「お守り代わりにってありますよ。こ、これ。御神木と同じ木なんじゃないですか?」
再び真一の声が興奮に震えだす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます