三十三話 ヤマタ釣り
地下シェルターはだいたい十二畳ほどの大きさの部屋だ。
換気は常に唯一の出入り口である蓋で行われており、間違っても窒息する心配はない。
部屋の端には町で安く購入したテーブルと椅子が置かれ、睡眠時は全員が床に寝転がって休息をとる。
室温は地下と言うこともあって基本低めだ。
けど、取り憑かれている俺がいるので肌寒さを感じるほど冷える。
「すっずし~いな♪ すっずし~いな♪」
「なんなんだその歌」
上機嫌なエレインはニコニコしていた。
リリアというとすでに大の字で涎をたらして熟睡している。
反対にロナウドは部屋の隅であぐらをかいて寝ていた。
さすが忍びと言うべきか寝るときまで隙がない。
「そろそろ明かりを消すぞ」
俺がランプのスイッチに手を伸ばそうとすると、ピーちゃんが立ち塞がり頭を擦り付ける。ははっ、こいつ甘えん坊だよな。
しょうがない、寝る前に少し遊んでやるよ。
起き上がった俺はさっそく猫じゃらしを揺らす。
「ナウ! ナウナウ!」
「ほーら、とってみろ」
前足で押さえ込もうとするが、素早く猫じゃらしが逃げてしまう為、ピーちゃんは一生懸命に追いかける。
とてもホムンクルスとは思えないな。
どこからどう見ても普通の子猫だ。
「ここは涼しくて居心地が良いですけど、ちゃんとした拠点も欲しいですね」
「それもそうだな。でも旅を続ける内は定住なんてできないしな」
あ、捕まった。
ほら離せ。もう一度やるぞ。
「実は伝説を聞いたことがあるんです。遙か昔の錬金術師で天空の島に居を構えていた方がいたと」
「天空の島? それって島が飛んでるってことだよな?」
「はい。おとぎ話ですけど私は実在したと思ってます」
彼女はお城の書庫で読んだ数々の物語の話をしてくれた。
中でも嬉しそうに語ってくれたのは『錬金術師プラハの物語』である。
プラハは今からおよそ千年前に実在していた人物らしく、その卓越した知識と技術と発想力は比肩する者がいなかったそうだ。
天空の島もそのプラハが暮らしていた場所なのだとか。
「空飛ぶ拠点があればいつでも休めますし、なによりそこから見る景色はさぞ絶景でしょうね」
「そうだな。でもさすがにそんなものは俺には創れないぞ」
「いただけばいいじゃないですか」
いただく? 誰から?
プラハはもう死んでるんだろ??
「たぶん今も島は持ち主がいないまま空を漂っていると思うんです。プラハ自身も『私の島か? 欲しければくれてやる……探してみるがいい。研究の全てをそこに置いてきた』って言ってますし」
「プラハって処刑されてないよな?」
「え? 普通に寿命で亡くなられたと思いますけど……」
どこの海賊王だ。大航空時代が始まりそうで怖いよ。
でもまぁ、所有者が持ってけって言ってるのならいいのかな?
「ナー!」
「悪い悪い」
猫じゃらしを揺らすとピーちゃんが追いかける。
リリアのいびきがBGMとなっていて静かな時間だ。
明かりはたった一つのオイルランプだけ。
「すー、すー」
どうやらエレインも寝たようだ。
俺は猫じゃらしを懐に入れて横になる。
ピーちゃんはもっと遊びたそうだったが、さすがにそろそろ眠いので就寝させてもらおう。
ランプの灯を消したら顔にピーちゃんが乗っかった。
◇
翌朝、湖畔にやってきた俺達は湖を眺める。
メンバーは俺とロナウド。エレインとリリアは買い物があるとかで別行動をとっている。ちなみにピーちゃんはエレインと一緒だ。
「さて、この広い湖からどうやってヤマタノオロチをおびき出すかだ」
レイクミラーは琵琶湖なみに広い。
こんな場所でたった一匹の魔獣を見つけ出すなんて至難の業だ。
「それについては拙者に案があるでござる」
「へぇ、それはありがたいな。ところでそれはなんだ」
ロナウドは先ほどから樽を背負っている。
しかも漂ってくるのはキツいアルコール臭。
もしかして酒樽か?
「ヤマタノオロチは古来より酒を好む魔獣でござる。これを船の上から注ぎ、好物のカエルを釣り竿で垂らしてやれば釣れるでござるよ」
「酒につまみか。急にただの酒飲みのおっさんに思えてきたな」
俺達は岸で小舟を借りて湖に出る。
深そうな場所で船を止めると、事前に捕獲しておいたオオヒキガエルに針を付けて、釣り竿で湖の中へと放り投げた。
ちなみに釣れた後のことだが、人気のない陸へ上手く誘導して討伐するつもりだ。
なぜそのようなことが可能かと言えば、ヤマタノオロチは夜行性なので昼間は割とぼんやりしていて攻撃性は薄いとか。なので太陽が高い内に釣るのである。
「では始めるでござる」
樽の栓を抜いて、ロナウドはばしゃばしゃと酒を流し始める。
そこからはただひたすらに待つ。
一時間が経過。
二時間が経過。
三時間が経過。
「来ないな」
「この辺りにはいないようでござるな」
「今日のところは戻るか」
渋々諦めて竿を上げようとする。
その時、強い反応があった。
「!?」
かかった!? ヤマタノオロチか!?
竿を立てようとするが、すさまじい力に引くことができない。
木製の竿は大きくしなり、最後にはベキッと折れてしまった。
「逃したでござるな……」
「くそ、竿が弱すぎた」
それに俺の力では引くことすらできなかった。
ヤマタノオロチは想像以上の大物のようだ。
次からはロナウドにやってもらった方がいいかもな。
小舟を岸に戻すと、ちょうどエレインとリリアが走ってきていた。
二人は複数の何者かに追われているようで、俺の元まで来ると後ろに隠れてしまう。
遅れてやってきたのは息を切らした三人の兵士とスタークだった。
「手こずらせやがって! いいから僕の元へ来い!」
「お断りします! まだ貴方の物になるまでにはいくばくかの猶予があるはずです!」
「そんなのは時間の問題だ! お前はすでに僕の妻なんだよっ!」
先日は『今は精々一時の自由を謳歌すればいい』なんて言っておいて、内心では焦っていたんだな。
そりゃあそうだよな、エレインがいないと王国の乗っ取りは完璧にはならない。
正当な流れで王となり現王家の血を取り込んでこそ、王国を真に意のままに操れるようになるのだから。そうじゃないと大多数の国民が納得しない。
「言っておきますが、私はもうすでに義彦の奥さんです!」
「なんだとっ!?」
「え!?」
スタークも俺もギョッとする。
このタイミングでそれを言うのか。
「まさかこの男に……捧げたのか?」
「それはまだですが、気持ちはすでに彼の物です」
「――許さんっ! 許さんぞ西村義彦!!」
鬼のような形相でスタークが俺を睨む。
ひぃぇえええっ、なんで火に油を注ぐようなことをするんだよ。
「僕はな、決して王国が欲しいのではない。お前が欲しいのだ。ブリジオス王国の華と言われるクリスティーナ王女が」
「では聞きますが、貴方は今の地位も名誉も捨てて私と逃避行する勇気はありますか?」
「――っつ!?」
「ないようですね。もちろん私は祖国を放置して逃げだすような真似はしませんが、それでも即答するくらいの気持ちがないと私の心は決して揺らぎはしません」
ですよね、とエレインは微笑む。
待って、さすがにそれは俺でも悩むって。
育てられた恩とかあるじゃんか。
でもここはあえて乗っかっておこう。
「その通りだスターク! お前の愛は所詮まがい物! 俺とエレインの深い絆の間にそうやすやすと入り込めると思うなよ!」
「ブッコロス! オマエ、ゼッタイブッコロス!」
おお、とうとう怒りすぎて片言になったぞ。
さすがに呷りすぎたかな。
けど、ここで奴の意識を俺に向けておけば、エレインを狙わずにまずは俺を始末しようと動くはずだ。その隙に彼女を逃がす事ができる。
「殿下、ここは冷静に。人の目がありすぎます」
「それくらい分かっているっ!」
彼は剣の柄に手を添えていたが、怒りに震えつつもその手を引っ込める。
それでも未だに俺を殺意の籠もった目で睨んでいた。
「分かった。大会まで一切の手出しをしないことを約束しよう。その代わりクリスティーナには必ず国へ戻ってもらうぞ」
「期限が近づけば戻ります」
「それと、その義彦という男に絶対に身体を許さぬことが条件だ。君の全ては僕が所有するべきなのだから」
「了承します」
スタークは懐から一枚のスクロールを取り出した。
鑑定で確認すると、どうやら『対等契約』のスクロールらしい。
奴隷契約とは違い対等な関係で行う強制力のある約束みたいなもののようだ。
俺はスタークから受け取り、内容に目を通して危険がないか確認する。
「期日までに祖国へ戻ることと処女を喪失しないことを条件に、公国内において一切の危害を加えないことを契約するってさ。破れば相手の望みを何でも聞かなければならないとある」
「本当に危害は加えないのですね?」
「加えたくてもできない。そういう契約だ」
ニヤニヤするスタークはあまりにも怪しい。
けど、俺の錬金術師としての目はこのスクロールが本物であると知らせていた。
だとすると考えられることは一つ。期日までに祖国に到着させないことだ。
ここにあるのは危害を禁ずることしか書かれていない。
つまり妨害工作は当てはまらないと言うことだ。
そうなればスタークは何をするでもなくエレインを手に入れることができる。
「契約していいと思う」
「義彦がそう言うのなら」
彼女はナイフで指先を切り、スクロールに血を垂らす。
さらにその上から手を押し当て左の手の平に契約紋を刻んだ。
「成立だ。今度こそ僕は手を出さない」
「全て貴方方の思い通りになると思わないことですね」
「ふん、それは無事に帰国してから言うのだな」
スタークは兵士を引き連れこの場を後にした。
「ふぅ、緊張しました」
へたへたと地面に座り込むエレイン。
俺は頭を撫でてやる。
「よーしよーし」
「くぅんくぅん」
犬化したエレインの頭をこれでもかと撫でる。
よく無事だったな。ほんと安心したよ。
すると彼女のポケットから出てきたピーちゃんがヤキモチを焼いたのか、前足で俺の足をてしてしと叩く。
「お前がもう少し強ければエレイン達の護衛にできるんだけどな」
「ナー?」
ピーちゃんを抱き上げて呟く。
子猫はよく分かっていないのか首をかしげた。
「また! またなでなでしましたね!」
頭を押さえたエレインは涙目だ。
あ、そう言えば前に迂闊に撫でるなとか言ってたような。
「あのさ、どうでも良いけど腹減ったよ」
「拙者も同じく。ああ、でも別の意味でお腹はいっぱいでござるよ?」
リリアとロナウドは暇そうにしていた。
◇
賑わう夕暮れの食堂。
「結局そのオロチなんとかってのはやれなかったのか。あむっ」
「竿が折れたときはビビったよ――だから俺の肉をとるなってっ!」
「無理に倒さなくても血液だけでも採取できればいいのですけどね」
「ヤマタノオロチは警戒心の強い魔獣でござる。間違いなく寝床は深い湖の底でござるな。簡単には近寄らせてはもらえぬ」
俺の皿からヒョイヒョイと次々に肉がかっさわれる。
リリアに対応しているその隙にロナウドが肉をとってゆく。
お前ら自分の飯があるだろっ! なんで俺のをとるんだよ!
あれか! 次の飯が来るまでの時間を俺の飯でつなごうって腹か!?
「ミルク美味しい?」
「ナー」
エレインはピーちゃんに構ってばかりで碌に食事が進んでいない。
あんなことがあったあとだから食欲も湧かないんだろう。
「なぁ、あいつなんであんな約束したんだ?」
「恐らく期日までに帰らせないことを狙ってのことだと思われるでござる。ここから王国まではかなりの距離、危害を加えさせないという条件を得る為とは言え、なかなか厳しい条件をのんだでござるよ」
「でもアタシ達にはトエイバスがあるよな?」
「……トエイバス??」
ロナウドは腕を組んで首をかしげた。
そうか、彼にはバスのことを言ってなかったな。
つーか俺もバスがあるから今回の条件を承諾したんだ。
「俺達には一週間以内に王国へ行く乗り物があるんだよ」
「なんと!? そのようなものがこの世に存在するでござるか!?」
「大抵の障害物は正面突破できると思う」
リリアもエレインも俺もニヤリとする。
スタークのことだ、どうせ馬車かなにかで移動するとでも考えたんだろう。
契約ってのはちゃんと相手が、どんな力や道具を有しているのか知ってからするものだぜ。てなわけで期日までに王国に行けることはほぼ確定だ。
「でも処女ってなんだろ」
「「「ぶっ!?」」」
リリアの疑問に俺達は飲み物を吹き出す。
こいつそんな知識もねぇのかよ。
誰か説明してやれ。
ロナウドにアイコンタクトをすると、彼はいやいやと首を横に振る。
エレインに目を向けると『私が!?』と驚いた表情をした。
「あのですね、おしべとめしべがありまして……」
「うんうん」
「それが結ばれるとコウノトリが子供をさずげてくださるのです」
「コウノトリはどこから子供を持ってきたんだ?」
「えっとですね……」
エレインはしどろもどろとなり目が泳ぎ始める。
そして最後には、もう無理と俺に丸投げした。
「ようするにだな、子供はおしべとめしべがくっついてできる」
「さっきエレインが説明したのと一緒じゃん」
「これでいいんだよ。でだ、そういうのは一番初めが大切なんだ」
「それが処女ってこと??」
もういやだ。へブリスちゃんと教育しておいてくれよ。
周りで飯食ってる奴らが変な目で見てるじゃないか。
食事を終えた俺達は、今日も地下シェルターで寝ることにした。
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