三十二話 俺の盾は超高性能……なのか?
エレイン達と別れた後、俺は一人でとある工房を訪ねた。
煙突からはモクモクと煙が出ているので今も作業中なのが分かる。
コンコン。
ドアをノックして人が出てくるのを待った。
しばらくするとドアがほんの少し開けられひげ面の男性が顔を出す。
「なんの用だ?」
「武具屋で聞いて来たんだが、あんたルンバの弟子なのか?」
「……まぁな。それがどうかしたか」
俺はすっと金槌を彼に見せた。
それだけで男性は目の色を変える。
「はいんな」
「お邪魔します」
工房の中は窓もなくかまどの明かりだけが室内を赤く照らす。
別の作業員がいたらしく青年が、かまどの前で剣を一定のリズムで打っていた。
「座ってくれ」
部屋の隅にある椅子に座ると、テーブルを挟んだ向かいの椅子に男性が座る。
「俺はホプキン。この工房の持ち主だ」
「義彦だ。ルンバに工房をつかいたい時は、弟子にコレを見せればいいって言われたんだけど……今は忙しいみたいだな」
「もうすぐ終わるよ。それよりお前、ルンバさんの弟子じゃないのか」
俺はホプキンに金槌をもらった経緯を説明する。
話し終えると彼はニヤリとした。
「へぇ、あの偏屈な師匠に気に入られるなんてなぁ。よっぽど面白い物を作るみたいだな」
「俺としては普通に物を作りたいんだけどな。それで作業場は貸してもらえるのか?」
「OK。好きに使ってくれ。師匠の約束を弟子が断るわけにもいかねぇしな」
剣を打ち終わった青年がタオルで顔を拭きながらこちらへとやってくる。
「師匠、今日の作業は終わりました」
「おう、よくやったな。あの剣はなかなかの出来になりそうだぞ」
「はい! 師匠の素晴らしい教えのおかげです!」
青年は嬉しそうにするも、すぐに表情を引き締め俺に一礼してから工房の奥へ行った。
「可愛いもんだろ。俺の自慢の弟子だぜ」
「才能がありそうだな」
「ん~、それに関しては微妙ではあるな。腕は悪くないが突き抜けた物を作るセンスには欠けてる。よく言えば普通、悪く言えば平凡だな」
「自分の弟子なのに辛口だな」
「だからこそよ。自分の立ってる場所も知らねぇで鼻を伸ばしてちゃあ、この先とんでもねぇ怪物と出会った時、自分を見失っちまう。昔の俺みたいにな」
ホプキンは鍛冶師の家に生まれたそうだ。幼い時から鍛冶場が遊び場所だった。
彼には才能があった。メキメキと腕を上げてすぐにその名は知られた。
だが、ある日彼はルンバと出会う。
卓越した技術、深い造詣、完成した剣の美しさと切れ味、ルンバの作りだした剣に彼はプライドがへし折られ、一時期は鍛冶を止めたいとまで思ったそうだ。その時にルンバにかけられた「武具に映る自分の顔をよく見てみろ」と言う言葉は、彼を初心へ戻したそうだ。
そして、彼はルンバに弟子入りして今に至るとか。
「――師匠はとにかくすげぇ人なんだよ。おっと、ついつい長話しちまったな。場所が空いたから使っていいぜ」
「ありがとう」
そうか、ルンバってそんなにも腕のいい職人だったんだな。
あとからその人の本当の大きさが分かるって不思議な感じだな。
俺はあらかじめ手に入れていた材料を取り出して鍛冶スキルを開く。
今回作るのは盾だ。
実は武具店に行った後、レシピを探して良さそうなのを見つけていた。
これなら俺も仲間も守ることができる。
【ウィンドシールド】
能力:所持者の魔力を使用して風のシールドを任意の場所に創りだすよー。大きさも個数も魔力に左右されるから、魔の数値が不安の人は付けるのは止めた方がいいかなー。
センスがない奴でもたまに成功することってあるだろ。
それってつまり俺にもほんの小さな確率でだが、成功する可能性があるってことだ。
実際、俺は目玉焼き程度なら五分五分でできる。前世でも少ないが色々と成功した例はあるんだ。
できる。俺はできるぞ。
必ず狙った物を作ってみせる。
「……なにしてるんだ?」
「ちょっと黙っててくれ。精神を集中しているんだ」
「そうなのか悪い」
よーし、いいぞ。いけそうな気がしてきた。
やれるぞ。西村義彦はできる男だ。
俺は作業を開始する。
鋼で土台となる小型の盾を作り、風の盾を作り出す機構を作成、盾の表面に模様を刻み、腕に取り付ける為の革ベルトを打ち付け、最後に機構をはめ込む。
完成した! これが俺の盾だ!
次の瞬間、盾は光り輝いた。
【鑑定結果】
盾:風の精霊壁
解説:風の精霊が守ってくれるよー。持ち主の注ぎ込む魔力量に応じて、場所や数が変えられるからすっごく便利ー。でも、うん、どんまい義彦! 会心の出来だよ!
スロット:[ ][ ]
おおおおおおおっ!! めっちゃ良い盾じゃん!
これなら成功って言ってもいいだろ!
盾のサイズもバックラー程度だし、デザインも神々しくて豪華!
特にこの盾の中心にあるエメラルド色の宝石みたいなのがカッコイイ!!
「おおおっ、これは素晴らしいな! 俺もこんな盾を見たのは初めてだ!」
「風の精霊壁って言うらしい」
「精霊を使役することができるのか!? 伝説級の盾じゃないか!」
やべっ、鼻がぐんぐん伸びてるのが分かるよ。
弟子の青年もやってきて、目を輝かせて俺の盾を見つめていた。
「すごいっ! 僕、こんな盾を見たの初めてです!」
「俺もだ。さすがは師匠が気に入っただけのことはある」
えへへ、もっと褒めてくれよ。
ちょっとくらいなら触ってもいいよ。ほんのちょっとだけど。
いやぁ、やっぱ俺には真の才能? ってのがあるみたいだなぁ。
分かる分かる。センスがあるやつを見ると羨ましくなるだろ。
昔は俺もそうだったんだ。大丈夫、諦めなければ俺の足下くらいには及ぶさ。
「義彦さん! 使って見せてください!」
「え? ああ、そうだな! 出でよ風の精霊!!」
盾に魔力を流し込むと、中央の宝石が輝く。
緑色の光が俺達の前に集まりその姿を露わにした。
「バック・ダブル・バイセップス!」
黒光りしたマッチョが背筋をこれでもかと見せつける。
こちらを見ている顔は気味の悪い笑顔で、白い歯が輝いていた。
「からの~サイドトライセップス!」
正面に向いたと思えば、そこから身体を横向きにして大胸筋と上腕三頭筋をアピールする。風の……精霊だと思うが、その姿はどちらかと言えば大地の精霊っぽい。
黄緑色の短髪に筋肉で盛り上がった黒光りの肉体。
身につけている物と言えば黒いブーメランパンツのみだ。
「か、風の精霊なんだよな?」
「おう!」
「盾となって守って……くれるんだよな?」
「任せろ!」
会話が成立しているようなしていないような。
「さ、次の作業の準備をしないと」
「そうだ、早く帰って夕飯の支度をしないといけないんだった」
ホプキンとその弟子は見なかったことにしたのか、この場からそそくさと逃げて行く。
分かってたよ。どうせこんなことだろうと。
解説でも幼女神がドン引きしてたし。
「もういいよ、帰ってくれ」
「筋肉は地道に鍛えて、しっかり休ませるんだぞ! それとタンパク質の摂取はかかさず――」
「帰ってくれ!」
すぅぅっと風の精霊は消えた。
もしかしたら今まで造った物の中で一番ヤバいかもしれない。
けど、もう遅いし新しい盾を造る時間もない。
今日のところは大人しく帰るか。
◇
「ここら辺に設置しろって言ったんだけど……」
町を出てすぐの草むら。
俺は地下シェルターを探してうろつく。
「ナー」
「あ、こら」
小物入れからピーちゃんが飛び出して走る。
慌てて追いかけた俺はようやく捕まえて抱え上げた。
「……エレイン?」
木陰でエレインが体育座りをしてぼーっとしている。
もう夕暮れだというのに何をしているのだろう。
「どうしたんだ?」
「あ、義彦」
俺は彼女の隣に座って声をかける。
手の中にいたピーちゃんは彼女の膝の上に乗った。
「ナー、ナー」
「お腹が空いてるのですかね」
彼女は子猫にキャベツを与える。
なんか、見たことのない光景だな。
キャベツをむさぼる子猫って。
「元気ないみたいだな」
「ピーちゃんは元気ですよ?」
「違う。お前だ」
「…………」
昼間は明るく振る舞っていたが、本当は不安で仕方がないに違いない。
俺達がスタークに勝てる保証なんてどこにもないんだ。
もしかしたら父親だって取り戻せないかもしれない。
しかも彼女は今、第一王女としての責務からも逃げ出している。
「私、一度は諦めかけたんです。一人でできることなんてたかがしれてる、もう抵抗するだけ無駄じゃないかって」
「…………」
「でもやっぱり我慢できませんでした。お父様を人形にした公爵が憎い。今すぐ殺してやりたいほど。こんなに人を憎んだのは初めてです」
いつもは感情を表に出さない彼女が、この時だけは激しく怒りと殺意をむき出しにしていた。
どれほどのことがあったのかは俺には分からない。
でも彼女が辛い日々を過ごしたことだけは理解できた。
「じゃあ今すぐ始末するか?」
「今すぐ?」
「そ、スタークを今夜始末する」
「待ってください! それはさすがに!」
立ち上がろうとする俺を彼女は止める。
「彼は公国の第一王子です! もし殺害されれば公国は大混乱に陥り、その矛先はすぐに王国に向かってきます!」
「誰が殺したかの証拠もないのに?」
「そんなものは不要です! 公爵にとっては王国に侵攻する理由が与えられるようなものなのですよ!?」
王が傀儡と化している現在の王国に、公国に対抗する手段はほぼ皆無らしい。
おまけに力のある王国貴族のほとんどは公爵側に付いていて、守りもほぼないに等しい。言ってみれば大義名分さえあれば、公国はいつでも王国を落とせる状況なのだ。
誰かが言ってたな。最高の勝利とは戦わずして得ることだと。
「王が正気に戻れば変わるのか?」
「お父様は賢王と呼ばれるほど優れた方です。だからこそ公爵は薬を使って骨抜きにしました。公爵が最も恐れている人物こそ国王なのです」
そんなにすごい王様なのか。
ちょっと興味が湧いたな。
「ですが問題は薬を抜く方法です。お父様をむしばんでいる薬はとても強力で、常習性も高く、思考力を極度に衰えさせ、薬のことしか考えられなくなる恐ろしい物です」
どう考えても麻薬……だよな。
だとすると正気に戻すのには時間がかかるな。
そういうのを一発で治す良い薬があればいいんだけど……。
「王様を治せそうな薬に心当たりは?」
「……ありません」
「じゃあこっちで探してみるか」
薬術スキルを開いてレシピをスクロールする。
その際、エレインが俺の顔に顔を寄せてウィンドウをのぞき込む。
こんな真剣な話をしている時で申し訳ないが興奮してしまう。
「これ! これなんか効きそうです!」
「えっと、なになに……異物除去薬?」
説明によると、体内にある異物を強制的に排出する薬らしい。
確かに効きそうな感じはするけど……材料がなぁ。
「材料は、仙猿茸にユニコーンの角の粉末にヤマタノオロチの血液……どれも貴重な素材みたいですね」
「この内の二つならあるぞ」
「えぇ!?」
仙猿茸とユニコーンの角の粉末は、リリアの師匠の家でもらっておいたんだ。
へブリスも好きな素材を持ってけって言ってたし。
けど、ヤマタノオロチの血液はさすがになかったな。
「あとはその、ヤマタのなんとかを見つけるだけですね! やっぱりいつも私を助けてくれるのは義彦ですっ!」
エレインは俺の腕を掴んで身を寄せる。
「……エレイン?」
「私は義彦のお嫁さんですよね?」
「ま、まぁそうだな」
彼女の顔を見ると、目はじっと俺の目の中心を見つめていた。
至近距離でかかる吐息と甘い香りは脳みそを痺れさせた。
ゆっくりと彼女の顔が近づく。
薄いピンクの唇が俺の唇に触れようとしていた。
はぁはぁ、心臓の動悸が収まらない。
目を閉じた彼女の顔は美しすぎて直視することもできそうにない。
「ヤマタノオロチなら心当たりがあるでござる」
俺とエレインは不意にかけられた声に顔を離す。
真上を見れば枝に逆さにぶら下がっているロナウドがいるではないか。
「おま、お前見てたなっ!」
「はてなんのことやら。拙者は夕食ができたので呼びに来ただけでござるよ」
しらばっくれやがって! 伝説の暗殺者のくせに出歯亀すんなよ!
めちゃくちゃいいところだったんだぞ!
「わ、わわ、私、夕食を食べてきますっ!!」
顔を真っ赤にしたエレインは走り去って行く。
エレインー!
カムバーック!!
「……で、心当たりって?」
「ふむ、義彦殿はレイクミラーのヌシの話はご存じで?」
地上に飛び降りたロナウドはしれっと話を続ける。
もういいよ。こう言うのには元々縁がなかったしな。
「ヌシって町に八首のでっかい蛇がいるのか?」
「町のことではござらんよ。湖の方でござる」
昔からレイクミラーでは、ある噂があるそうだ。
八本首の巨大な蛇が湖の底にいて、夜中に船でこぎ出した者を丸呑みするのだと。
実際に目撃した者もいて、一時期は冒険者達が躍起になって討伐に出ていたそうだ。
「――拙者も噂を耳にした程度であるが、その形と生態から十中八九ヤマタノオロチとみていいと思われるでござる」
「でもなんでそんな奴が湖に住んでいるんだ?」
「それは拙者にも分からんでござるよ。ヤマタノオロチは本来遙か西で生息する魔獣、こんなところにいるなどレア中のレアケースでござる」
稲穂国のフォールドで出てくる魔獣なのかな。
でもこういうのよくあるじゃん。序盤でボスだった奴が中盤くらいで普通に出てくるの。
でもあれってちょっと残念な気持ちにならないか。
最初はコイツスゲーツエー、って驚いてたのが通常のエンカウントで姿を見た時、強くなったんだなって嬉しさと同時にコイツこんなに弱かったんだなって、特別感が薄れて少し悲しくなるアレ。
ヤマタノオロチもその流れだよな。
「でもかなり強いんだろ?」
「拙者がいれば余裕でござるよ」
心強い。やっぱり彼を仲間にして正解だったな。
よーし、エレインの為にも明日からヤマタノオロチ退治だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます