三十一話 エレインの決意
レイクミラーとは湖の名前でもある。
元々湖の沿岸で暮らしていた住人が在住地をそう伝えていた為、自然と町もその名で呼ばれるようになったのだとか。その非常に美しい湖を見ながら、かつてここで暮らそうと思い至った人々の気持ちが理解できるような気がしていた。
湖畔にある小さな公園。
そこで俺とエレインはベンチに座って湖を眺めていた。
「ほい、二人の分も買ってきた」
「ありがとう」
リリアとロナウドから飲み物を受け取る。
屋台の特製ジュースらしいがどろりとしていてちょっと怪しい感じがする。
匂いは……柑橘系で爽やかだ。一口飲むと意外にも美味しい。
「ふぅ、少し気分が落ち着きました」
「それはいいけど、あいつとの関係ってなんなのさ」
ベンチに腰掛けたリリアが早速切り出す。
こいつ人の悩みにはぐいぐいいくよな。自分はあれだけモジモジしてたってのに。
もっとデリカシーってやつを学んでくれ。
エレインはジュースを片手に深呼吸をする。
それほどまでに勇気を必要とする告白なのだろう。
「実は私、ブリジオス王国の第一王女なんです」
……ブリジオス王国って今向かってる国だよな?
マジでそこの第一王女なのか?
「えぇ!? エレインが王女様!?」
「しっ、声が大きいです!」
驚くリリアの口をエレインは慌てて塞ぐ。
いやいや、王女ってのはもう分かってたことだろ。
どんだけ話を聞いてなかったんだよ。
「そして、私には婚約者がいます。それが公国の第一王子スタークなのです」
「えぇ!? 婚約者!?」
「声が大きいです!」
いやだいやだ! エレインに婚約者がいるなんて死んでも嫌だ!
こいつは俺が手塩をかけて育てた仲間であり推しだぞ!
それが横からひょっこり現れた男に奪われるなんて! 許さん! スタークは俺が殺す!
「ロナウド! ぶっ殺しに行くぞ!」
「義彦殿の頼みならば」
「待ってください! まだ話には続きがありますから!」
ふむ、殺せない事情でもあるのだろうか。
ではその問題を解決して殺しに行こう。
「婚約者ねぇ、アタシにはそんなのいないからよくわかんないけど、エレインはあいつと結婚したいのか?」
「したいはずありません! あんな人と!」
「ふーん、あいつそんなに悪い奴なのか?」
「控えめに言って人間のクズです。配下を使って平民の村を焼き、さらった娘達を犯して殺す。刃向かう者は貴族であろうと容赦なく自殺にまで追いやる。私の侍女も彼に犯された者達ばかりです」
ひでぇな。そんな言葉すら生ぬるいほど残虐だ。
よし、やっぱりあいつは殺そう。決定だ。
「ではエレイン殿は、スタークとの婚約を破談にしようとされているのでござるか?」
「事情はそう単純なものではありません。皆様にはなじみのない話かもしれませんが、王女とは政略結婚をするのが通例です。ですが我が王家ではフェスタニア家だけには、過去一度もそれを許したことはありませんでした。その理由が、元々この公国は一つの独立した王国だったからです」
エレインによると、ブリジオス王国はかつてフェスタニアを武力をもって強引に占領したそうだ。そして、王国はフェスタニア王を公爵の地位に座らせることで、完全な支配下に置いたのだとか。
王国と名乗っているが実質は帝国のやり方だ。
王家がフェスタニア家からの縁談をとらなかったのは、それだけ恨まれているということを自覚していたからなのだろう。
血縁者となることで恨みを薄める方法は良くあることだが、それは逆に言えば敵を内側に招き入れている危険な行為でもある。ブリジオス王家はその辺りを警戒するあまり、縛りを緩めることができなかったらしい。言ってみればそれだけフェスタニアを恐れていたってことだ。
「ではなぜ堂々と破談をされぬのでござるか。エレイン殿は第一王女でござったはず」
「残念ながらそれができないのです。理由の一つに、現在の王家には男児が一人もいないことがあげられます。その場合特例として王位継承権第一位の私に、女王となって夫を娶る義務が発生します。つまり王家の外から男性を入れないといけないのです」
えっと、それってエレインが女王様になって、その夫は王様になるってことだよな?
じゃあ婚姻が成立すればスタークが王様になるのか?
「二つ目にお父様がフェスタニア公の傀儡と化している状態だからです。これはあまり話したくないことなのですが……現在の王国はほぼ公爵に乗っ取られています」
「まじかよ……」
「お父様は公爵の策略により薬漬けにされてもはや正気を失っています。その隙に公爵は国の根幹を掌握し、強引に私とスタークを結婚させて王家を乗っ取っとり、最後には王国そのものを公国に併合させようとしているのです」
「じゃあ公爵の狙いは、フェスタニア王家の復活……?」
スタークとエレインの婚姻は、計画の最後の仕上げみたいなところだろう。
現王家の流れを取り入れつつ前国王によるフェスタニア王家の復活宣言がなされれば、民衆もそこまで抵抗はできないはずだ。
そうなると併合を受け入れる流れができてしまう。
恐ろしくよくできた計画だ。
でもそこからどうしてエレインが強くなる理由に繋がるんだ?
俺の疑問に答えるように彼女は話を続ける。
「彼との婚約はお父様が正気を失ってすぐにされました。それもそのはず、公国が王国を飲み込む最後の計略だからです。ですが公爵はある重大なミスをしました」
「ミス?」
「それは私を賭けた武道会の開催すると宣言したことです。優勝者は私を手にすることができるというもの」
はぁ!? 武道会!?
俺を含めて誰も予想していなかった展開に顔を見合わせた。
「この大会はスターク優勢の判定が下される非常に不公平なものです。公爵は彼にこの大会で勝利を収めさせ、両国にその力と威光を知らしめる腹づもりなのです」
ただ婚姻を交わすよりも戦って勝ち取った方が箔が付くのは確かだ。
まてよ、じゃあエレインが強さを求めている理由は……。
「そう、私は私自身を取り返す為に勝者になるつもりです。誰かの思惑で好きでもない相手と結婚するなんてしたくない。自分の運命は自分で決めたいんです」
つまり彼女は賞品でありながらも大会に出るつもりなのか??
無茶苦茶だ。普通なら却下される。
けど、もしだ、もし参加できて勝者になれれば婚約は解消されるはずだ。
「拙者はそう簡単な話ではないと思うでござる。根本的な解決がなければどう転んでもエレイン殿の婚約が解消されることはないと推測する」
「大会への参加は……時間稼ぎでもあります。公爵が大会に目を向けている隙にお父様を取り戻したい。その為には私が強くなると同時に、信頼できる仲間も必要でした。お父様さえ正気に戻せば、この事態は収束に向かうはずなのです」
なるほどね……だいたいは理解した。
でも第一王女が護衛も付けずに冒険ってのは危なすぎるよな。
つーかよく旅に出ることを許可されたな。
俺の思ったことをリリアが質問する。
「お姫様が一人で冒険って普通なのか?」
「またまたリリアは面白い冗談を。お城を抜け出して一人でクラッセルに来たに決まってるじゃないですか」
こいつも家出かよ!? あーもう、どうしてウチは問題児ばかりなんだ!
そりゃあスタークが連れ帰ろうとするのも当然だ。確かにいけすかないムカつく奴だが、あいつのとった行動は至って普通のことだったんだ。
じゃあ素直にエレインを渡したのかって? バカ言うなそんなわけないだろ。
彼女は俺の仲間で心の嫁だ。本人がちゃんと意思を示さない限りはどこにもやらん。
……あれ?
でもさ、よくよく考えたら第一王女が領内にいたら、兵士が報告して居所がバレるものだろ。これだけの美少女だし、どこに行っても目立つと思うけど。
その疑問にエレインが答えてくれる。
「クラッセルの領主とは昔から親交がありまして、私が町にいることは伏せてもらっていました。それにスタークも消えた姫が自国にいるとは考えていなかったでしょうし」
「灯台もと暗しってやつか……」
「ええ、ですが本当に上手く行き始めたのは義彦と出会ってからです」
にこりと微笑む彼女にドキリとする。
まったく敵わないな彼女には。
ま、最初からおかしいとは思ったんだよ。
こんなに可愛くて綺麗な女の子が一人で冒険してるってさ。
装備も高そうだし、偽名だし、姫騎士だし。
霊感ゼロのくせにヤバい宿見つけるし。あ、これは関係ないか。
「じゃあ俺達はお前の父親を助ければいいんだな」
「はい。その間に私達が精一杯目立って優勝します」
これで俺達の旅の目的が一つ明確になったな。
エレインの婚約をぶっ潰して王国を救う。これだ。
んん?――今、達って言わなかったか??
「私と義彦のどちらかが必ず優勝しますっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺も出場するのか!?」
「へ? 当然ですよね? だって私、義彦のお嫁さんですよ?」
「ふぁ!!?」
そ、想定外だ! 俺達いつ結婚したんだよ!?
めちゃくちゃ嬉しいけど事態が飲み込めなくて混乱してる!
「悪いけどアタシも出場するぜ! 武道会面白そうじゃん!」
「では拙者がお父上の救出の任を受けることになるでござるか」
「二人ともありがとうございますっ! 絶対成功させましょうね!」
俺以外で盛り上がってる。
あ、うーん、どうしようかなぁ。
エレインは嫁とか言ってるし、リリアとは婚約みたいな状態になってるし。
これって詰んでね? 自業自得なのは分かってるけど、非常に不味い状況だよな。
まさかエレインの悩みを打ち明けられたことで俺が悩むことになろうとは。
よし、これは棚上げだ。
どうにかなるだろ。たぶん。
前後で刺された時は諦めよう。
「あ、見てください!」
エレインの膝の上で、ホムンクルスのピーちゃんがムクムクと大きくなる。
それは胎児が倍速で成長しているような光景だ。
肉の玉は急速に生物の形となり、体表に毛が生え始める。
一分ほどで肉の玉は子猫へと変化した。
「ナー、ナー」
「か、可愛いっ!!」
まだよちよち歩きの子猫だ。
毛はふわふわで白く。
目は透き通るような水色。
膝の上でお腹を見せると薄いピンクの肉球をこちらに見せる。
「ぬおおおおおおおおおっ! モフモフでござるっ!」
「お、落ち着けって!」
「拙者にも! 拙者にも抱かせていただきたい!」
興奮状態のロナウドはエレインからピーちゃんを受け取って頬ずりする。
それからお腹の辺りを鼻ですんすんして恍惚としていた。
呪いにかかるとここまで正気を失うんだな。
一応作り主である俺も受け取って顔を見てやる。
するとピーちゃんは小さな舌を出して俺の鼻をぺろぺろと舐めた。
「ナー、ナー」
「ふふ、義彦のことをお父さんだと思っているみたいですよ」
「こいつの気持ちが分かるのか?」
「なんとなくです」
まぁ、コイツの中には俺の一部も入ってるからな。
どこかで通じるところがあるのかもな。
別に猫は嫌いじゃないし、これはこれでペットとして飼うってのもありか。
ロナウドはまだモフモフしたそうな感じだったが、大の大人が子猫にはしゃいでいる姿はあまり見たくなかったのでエレインに返す。
「よしよし、おねむの時間ですかね」
うとうとし始めたピーちゃんを、彼女は布にくるんでなぜか俺の腰にある小物入れに入れる。
「義彦が作ったのですから義彦が世話をしないといけません」
「ま、そりゃそうだよな。義彦のホムンクルスだし」
「拙者はしかと聞いたでござる。自分で世話をすると」
で、ですよねぇ、もちろん分かってましたよ。
毎日頑張って世話しますから、三人ともそんな目で見ないで。
「でもさ、大会に優勝するならどれくらいのステータスが必要なのかなぁ」
リリアはエレインの太ももを枕にして寝転がる。
あ、いいなそれ! 俺もしたい!
「スターク自身は5万ほどですが、実際には10万はないと優勝は難しいでしょうね」
「なんで? スタークは5万なんだろ?」
「彼を優勝させる為に、選りすぐりの配下が参加します。その者達がだいたい10万クラスなのです」
「へぇ、徹底的に邪魔者は排除するつもりなんだ。やっぱ面白そう――上がってるじゃん!」
ステータスを眺めていたリリアが飛び起きた。
暗殺者と戦って経験値が入ったからだろう。どれどれ、俺も確認するか。
【ステータス】
名前:西村義彦
年齢:18
性別:男
種族:ヒューマン
力:23180→27122
防:23022→27046
速:22866→25799
魔:24593→28088
耐性:24041→28082
ジョブ:錬金術師
スキル:異世界言語LvMAX・鑑定Lv63・薬術Lv65・付与術Lv62・鍛冶術Lv63・魔道具作成Lv64・ホムンクルスLv62・????・無拍子Lv2
称号:センスゼロ
うーん、やっぱり速さの伸びが悪いな。
全体的にバランス良く上がってはいるけど、やっぱスピードがなぁ。
なんかこう一部のステータスだけ爆上げできる薬とかあれば最高なのに。
スキルLvはホムンクルスが2UPに無拍子が1UPしている。
【ステータス】
名前:エレイン(クリスティーナ・フィ・ベルナート)
年齢:18
性別:女
種族:ヒューマン
力:22407→28888
防:22798→28974
速:23632→29766
魔:17866→18099
耐性:17862→18102
ジョブ:姫騎士
スキル:細剣術Lv16・鞭術Lv3・弓術Lv9・調理術Lv12・裁縫Lv20・栽培Lv18・カリスマLv17
称号:―
とうとう力と物防が俺を超えてしまった。
ジョブが騎士だし当然なのかもしれないが、ちょっぴり悲しい。
スキルLvは細剣術が1UP、鞭術が1UP、調理術が1UP、カリスマが2UPしている。
【ステータス】
名前:リリア・ソルティーク
年齢:18
性別:女
種族:ヒューマン
力:20040→22777
防:18954→21678
速:18432→21453
魔:34666→42888
耐性:33895→42766
ジョブ:賢者
スキル:炎魔法Lv24・水魔法Lv20・風魔法Lv24・土魔法Lv23・補助魔法Lv20・格闘術Lv17・大正拳Lv11・分身撃Lv1
称号:賢者の証
魔と魔防にほとんど持ってかれてる感じだな。
それでも格闘家として成長はしているみたいだから本人は満足に違いない。
スキルLvは格闘術が1UP、大正拳が1UPだ。
ちなみにロナウドは変わりなし。
ステータスを上げるほどの経験値にはならなかったようだ。
「これからどうしますか?」
「悪い、俺は行くところがあるから、先に地下シェルターで休んでてくれ」
「分かりました」
俺は三人と別れ、とある場所へと向かうことにした。
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