二十六話 リリアの悩み

 町の大通りは多くの人で賑わっている。

 観光客らしき人達や商人らしき人達、貴族冒険者だろう一行など見ていて飽きない光景だ。

 本日を休息日とした俺達は、興味はあったけど行けなかった店などをこの機会に巡ることにする。


「見てください。このタペストリーなんか可愛いですよ」

「ゴリゴリのマッチョが描かれてるこれがか?」

「もう、義彦はセンスがありませんね。それがいいんじゃないですか」

「セ、センス……くそっ、コレ一枚ください!」


 だからセンスがない、は俺が一番嫌いな言葉だ。

 前世において最も耳にした台詞だからである。

 おかげで未だにコンプレックスをこじらせている。


 本当の俺は優れた美的感覚も創造性も持ち合わせているはずなんだ。

 もう誰にも馬鹿にされたくない。センス良いねと褒められたい。君の造る物はいつも最高だと評価されたい。

 それを俺はいつも渇望している。

 いつかセンスがあると言われたいんだ。


「こんなのどうですか?」


 ウサギの耳を模したカチューシャをエレインが付けている。

 思わず吐血しそうになった。

 な、なんて可愛さだ。破壊力抜群じゃないか。

 これでバニーガールの格好だったら俺は致命傷を負っていた。


「あ、そうだ、これをこうして! 似合いますか?」


 エレインは紐で髪を結び、ツインテールにしてしまった。

 その姿はあまりに可憐で衝撃的。

 俺の中にある軍部駐屯地では、砲弾を撃ち込まれたことで犠牲者が多数出ており、衛生兵を呼んでいる状態だった。


「好きだ。結婚してくれ」

「ふぇ!?」


 おっと、無意識に口から出てしまったようだ。

 もちろんできるとは本気で思っていない。

 これはいわば最高の褒め言葉だ。

 誰だって推しが急所を突けばそう言いたくなるだろ。


 ――なのだが、エレインは耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに呟く。


「ど、どう返事をするか、考えておきますね……」

「返事なんていいよ。俺の嫁はもうお前だしさ」

「嫁!? 私、お嫁さんなんですか!?」

「何言ってるんだ? 推しが嫁なのは普通のことだろ?」


 俺は首をかしげる。

 可愛い子をの嫁にするのは、オタクとしてはごくごく普通のこと。

 エレインに関しては出会った時から密かに推しにしていた。

 それにしては扱いが雑だって? 馬鹿野郎、女の子の扱い方がわかんねぇだけだ。エリート童貞舐めんなよ。


「そうそう推しってのはな――エレイン?」

「お嫁さん……私は義彦のお嫁さん……」


 嬉しそうにしているので俺も嬉しくなる。

 そうか、そんなに俺がファンであることを喜んでくれているのか。

 だったらこれからは堂々と公言できるな。

 ちなみにリリアも俺の心の嫁だ。なんだかんだあいつ可愛いし。


「そういやリリアは欲しいものないのか?」

「アタシは……別にいいや」


 後ろにいるリリアは山ばかり見てぼーっとしている。

 やっぱ変だ。ほんと大丈夫かこいつ。


「ロナウドは何かいるか?」

「拙者は自前の金がありますのでお気遣いなく。それよりもこの町の武具などを拝見したいと考えているところでして、よければご一緒いたしませぬか」


 ふむふむ武具か。あらかた土産や特産は購入したし、そろそろこの町の装備を見に行ってもいい頃だな。良い物があれば購入するのも悪くない。

 つっても武具は基本高いから最終的に自作することになるだろうけどな。

 あとこの町の鍛冶屋を聞いておきたい。


 てことで俺達は武具の売られている区画へ。


 そこでは大勢の冒険者が店から店へと出入りしていて、中には仲間に山のように荷物を持たされた者達も見かける。

 てか、あれってルイスとベータ達じゃないか。


「おーい!」

「……義彦君?」


 紙袋を抱えたルイスは隙間から俺の顔を確認する。


「お前らもこの町に来てたんだな」

「クラッセルからそう遠くはないからね。ステータスを上げるにも最適だし」


 相変わらず爽やかなイケメンだな。

 同じように紙袋を抱えているベータは、俺の顔が見えないようで悪戦苦闘していた。


「そこにいるのは義彦か? そうなんだろ?」

「数日ぶりだなベータ。元気そうでなによりだ」

「まぁな。おかげで仲間にこき使われてるよ」

「みたいだな」


 ちらりと彼らの仲間を見る。

 三人の女の子はいずれも可愛らしく愛想が良い。


 一人は魔法使いのフィオナ。

 ゆるいパーマがかかった茶色いミディアムヘアーをしている。

 三人の中では一番気が強く判断力にも優れている。


 もう一人は聖職者のセレス。

 腰まである金のストレートヘアーが特徴的。

 いつも白い法衣を着ていて長い杖を持っている。

 性格は穏やかでマイペース。


 最後に工作士のリン。

 黒髪に三つ編みをしていていつも眠そうに半眼だ。

 物静かであまり言葉は発しない。

 ちなみに工作士ってのは鍵開けや罠を得意とするジョブだ。

 有名ゲームでいうところの盗賊的職業。


「ルイス達と上手くやれているみたいで安心したよ」

「違うわよ。私達がこの二人と上手くやってあげてんの。こいつらほっとくと水浴びもしないし平気で食事は抜くし、こっちはこっちで毎日苦労してんのよ」

「うんうん、ベータ君ってすぐに服を脱ぎ散らかすしねぇ」

「金遣い荒い。すぐ他の女に目を向ける」


 ルイスとベータは「あ、あははは……」と堅い笑顔を浮かべる。

 すっかり尻に敷かれているみたいだな。

 ルイスがフィオナに怒鳴られている姿が目に浮かぶ。


「ところで義彦君、もしかしてその方は新しい仲間?」

「違う違う。一時的に保護している人だよ。大けがをしてたこともあって、しばらくウチで様子を見ることに決めたんだ」


 ロナウドはルイス達に軽くお辞儀をする。

 5人とも彼を注意深く見ていた。


 よくよく考えてみれば町中で黒装束って目立つよな。忍びの服ってそもそも夜間用だし。かといって服装を変えろって言っても聞かないだろうなぁ。彼は頑なに顔を見せたがらないし。

 あとでその辺りを話し合っておくか。


「服装や雰囲気から察するにジョブはアサシンかな?」

「アサシン?」

「暗殺を得意とするジョブだよ。珍しくはないけどその特性上、工作士をカバーしてるから人気は高いかな。工作士の人はだいたいアサシンを目指すんだ」


 へぇ、面白いことを聞いたな。

 考えてみれば暗殺者って手先が器用なイメージだもんな。

 どんな難所にも忍び込まなければならないし、むしろそうあって当然だ。

 じゃあ伝説の暗殺者であるロナウドは工作士とアサシン界の最高峰?


「ルイス、ベータ! 行くわよ!」

「ごめんごめん! じゃあ義彦君、またね!」


 ルイス達は手を振って去って行く。

 近いうちにまた会うかもしれないな。





 武具屋にやってきた俺達は店内に並ぶナイフや剣を眺める。

 ただ、俺だけは盾をじっと見ていた。


「良い盾はありましたか?」

「うーん、いまいちピンとこないな」


 盾があった方が戦いが有利になるのは分かっている。

 攻防備えてこそ百戦危うからず。

 けど、頭では分かっていても邪魔に感じるんだよなぁ。

 俺って重装備者のようなどっしり構えたタイプじゃないし、どっちかと言えば速度を重視した軽装主義者なんだ。じゃあなんで聖騎士使ってたんだってことになるけど、あれは俺自身が付けるわけじゃなかったし、特殊アクセサリーで速度も爆上げしてたから関係なかったんだよな。

 やっぱリアルとゲームじゃ好みの違いは出てくる。


「これなんかどうですか。バックラーなら小さいですし動きを阻害しませんよ」

「そうなんだけど、これだと自分のほんの一部分だけしか守れないだろ。仲間の防御には不向きなんだよなぁ」


 我が儘言っているのは自覚がある。

 自分は身軽でいたいけど大きな盾で仲間も守りたい。どう考えたって現状では無理な話だ。

 コレを解決するにはシールダーを仲間に入れるしかない。敵を引きつけ仲間を攻撃から守る防御を専門とする仲間を。


 ウチはなんでこうなったのか分からないほど攻撃特化だ。


 俺は剣士だし、エレインも剣士だし、リリアは格闘家だし、総合的に見ても前・中距離型しかいないんだよ。

 おかしいよなー、魔法使いを入れたハズなんだけどなー(棒読み)

 兎にも角にもバランスを考えるなら、早い内に俺達は遠距離を得意とする奴か、防御を専門とする奴を仲間に入れるしかない。むしろ死活問題だ。絶対に入れなきゃいけない。


 ――にもかかわらず、現状そう言った奴の心当たりが全くないのだ。


 不味いよなぁ。非常に不味い。

 いつ下手を打って全滅するか分からないんだ。


 俺は店員を捕まえて質問する。


「あの、この町にルンバって鍛冶師のお弟子さんいませんか?」

「ルンバ……ホプキンさんのお師匠さんだったかな。ウチの二軒隣に工房があるから行って聞いてみるといいよ」


 二軒隣かぁ……覚えておこう。

 店を出ると、リリアがやけに大きな溜め息を吐く。


「おい、そろそろ落ち込んでいる原因を話せ」

「落ち込んでる? アタシいつも通りだけど?」

「無自覚かよ!?」

「私からもお願いします。もし悩みがあるのなら一緒に解決しましょ?」

「悩みってほどでも……」


 リリアは「座れる場所でするよ」と適当なカフェを選んで入る。

 俺達はテラス席に座るとそれぞれコーヒーや紅茶を注文した。


「それで何に悩んでいるんだ」

「少し前に師匠と暮らしてたって話をしただろ。実はさ、その場所ってあの山なんだ」


 レイクミラーから見える山を彼女は指さす。

 それを聞いて納得する。ここのところ山ばかり見てたしな。


「じゃあお師匠様に会いたくて仕方がなかったんですね」

「違うって。アタシはただ……謝りたいって思っててさ……」

「謝る? 何かしたんですか?」


 リリアははぁぁぁっと大きなため息を吐いてから紅茶を飲んだ。


「アタシ、師匠をぶん殴って出てきたんだ」

「…………」

「ずっと拳闘士になりたいって伝えてたのに、師匠が『お前は今日から賢者と名乗るがいい』なんて言ってさ、頭にきたから殴って山を下りちゃったんだよ」


 それで罪悪感を抱えてると。

 前々からバカだと思ってたがここまでバカだったとはな。仮にも修行を付けてもらった相手だぞ、恩を仇で返すなんて底抜けのバカだ。呆れて言葉も出ない。


 俺はコーヒーを一口飲んでから述べる。


「明日、謝りに山へ行くぞ」

「えっ!?」

「そうですね。リリアのお師匠様にもお会いしたいですし」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 リリアは乗り出すように立ち上がった。


「そんなことしなくていいよ! これはアタシの問題だし!」

「じゃあ1人で謝れるのか?」


 俺の言葉に「うっ……」と顔をひきつらせる。

 自分でなんとかできるのなら最初から悩まないんだよ。いつもは勝手に突っ走るバカのくせに、こんな時だけ臆病になりやがって。ちゃんと仲間である俺達を頼れよ。

 エレインがリリアの手に手を重ねる。


「悪いと思ってるからそんなに苦しんでいるんですよね。だったらちゃんとお師匠さんに謝らないと。私も一緒に行きますから怖がらないで」

「でも……アタシ……」

「私はやらない後悔よりやった後悔の方がいいと思うんです」

「…………うん」


 リリアはようやく微笑んだ。

 一部始終を見ていたロナウドはコーヒーを飲んで口を開く。


「その師匠はもしかすると、リリア殿に殴られる覚悟がすでにおありだったのでは?」

「そうなのか?」

「師とは弟子の進む道を指し示し責任を負う者。最初から志が違っていると知っていたのならば、その後に受ける報いもまた明白。それでもそのお方は、リリア殿の才能を無駄にしたくはなかったと拙者は推察するでござる」


 おおお、すげぇ常識的なことを言ってる。

 忘れかけてるけど、コイツ伝説の暗殺者だからな。

 この中で一番平凡からかけ離れた存在なんだからな。


「うしっ、アタシちゃんと勇気を出して謝るよ!」


 リリアはいつもの調子を取り戻したようだった。


 そうそう、こいつに落ち込んでいるのは似合わないんだよ。

 難しいことを考えずに突っ走るのがリリアなんだからさ。


 俺はそんなことを考えながらコーヒーを一口含んだ。


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