二十五話 伝説の暗殺者

 俺はベッド横でうとうとしかけていた。

 助けた忍者を医師に診せ、現在の彼は穏やかに眠っている。

 まぁ覆面をしたままなので実際はどんな寝顔なのかは分からない。


 医師によればあと少し発見が遅れていたら確実に死んでいたらしい。

 アレが俺を急かしたのも今ならうなずける話だ。

 ぼんやりしていたら今頃彼はここにいなかっただろうからな。


「うぅ……」


 うっすらとだが男性の目が開く。

 俺はそれに気が付いて眠気が吹き飛んだ。


「大丈夫か? 意識はあるか?」

「…………」

「おい、返事をしろ」

「…………!?」


 男は目をカッと開けてベッドから逃げ出そうとする。

 だが、力が入らないのか転げ落ちてしまった。


「まだ傷を塞いで数時間だぞ。安静にした方がいい」

「近づくなっ!」


 ベッドに戻そうと近づくと、彼は腰からナイフを抜く。


 恐らくまだ混乱していると思われる。

 状況が状況だし当たり前だよな。

 彼が落ち着けるように静かに丁寧に説明することにした。


「俺は西村義彦。気軽に義彦って呼んでくれ。冒険者をしていて、たまたま偶然にクルグスの森で傷ついているあんたを見つけてここまで運んだんだ」

「クルグスの森……傷を負っていた……」


 彼は視線を彷徨わせて呟く。

 その挙動は思考を整理しているように見えた。

 こうなった原因である記憶を遡ってるのかもな。


 しばらくすると男はナイフを鞘に収め、正座のような姿勢となった。

 そして、床に手を突いて深々と頭を下げる。土下座だ。


「この度は命を救っていただきまことに感謝いたす。拙者は佐々木ロナウドと申す者。見ての通り暗殺を生業としているでござる」

「そういうのは元気になってからでいいからさ。とにかく安静にしろ」

「すまない。なんとお礼を言っていいものか」


 俺に支えられて再びベッドの中へ。

 暗殺者という割にはずいぶんと礼儀正しい人物だ。口調も堅いし見るからに日本人然としている。やっぱ忍者ってことを考えると、この世界には日本っぽい場所があるのだろうか。

 もしそうならぜひ聞いてみたいな。


「目が覚めたんならポーションも飲めるよな」


 俺はリュックから取り出した小瓶を彼に差し出す。

 これで傷は癒えるだろうが、血が足りないのでもうしばらく安静にしなければならないはずだ。

 身体を起こして受け取った彼は、小瓶の中を覗いたり蓋を開けて中の匂いを嗅いだ。


「毒じゃないって」

「申し訳ない。これは拙者の癖でな、何かを飲み食いするときは必ず安全なものか調べないと落ち着かないのでござるよ」

「カ、カッコいい……」

「??」


 この際ぶっちゃけると俺は忍者が好きだ。

 男の子なら誰だって侍や忍者に一度は憧れるものだろ?

 俺の場合、一度じゃなくずっとだ。今でも幼き日にノートに描いた『ぼくのかんがえたさいきょうのにんじゃ』が頭に浮かぶ。


「義彦殿は一人だけでござるか?」

「他に二人仲間がいる。今は別室で寝ているけど、明日にでもちゃんと紹介するよ」

「そうか……」


 彼は返事をしつつ自身の顔を手で確認する。

 覆面が外れていないことを知って安堵した様子だった。


「安心してくれ、あんたの顔は見てない。格好から忍者ってことは分かってたし、顔を見られると色々と都合が悪いのかと思ってな」

「深い洞察力、まことに感服いたすでござる。命を救っていただいたばかりか配慮までしていただけていたとは。その気遣い痛み入る次第」

「とりあえず佐々木さんはこのまま休んでくれ。また明日だ」

「ロナウドでよいでござる。皆は拙者をそう呼ぶでござるよ」


 俺は「分かったよ」と返答をして部屋を出た。 



 ◇



 次の日。ロナウドの部屋を訪ねると彼はすでに起きていた。

 床で様々な道具を並べ入念に調べている。


「おはよロナウド」

「おはようございます」


 小さく会釈をする彼は礼儀正しく毅然としている。

 目元や声から察するに30代ではないだろうか。

 これはあくまで予想なので事実は違う可能性もある。

 俺はしゃがみ込んで道具を観察した。


「やっぱ忍者だけあって隠し道具が多いな」

「……一つおたずね申す。義彦殿はどこでその呼び名を?」


 んん? 呼び名?

 忍者のことか?


「忍者、忍び、間士とは我が祖国のみ使われる呼び方。義彦殿はもしや同胞なのではと思い至ったのでござる」

「あー、それは違うかな。説明は難しいんだけど、ロナウドの故郷とは違う場所から来たんだ。だから理解できることもあれば理解できないこともあると思う」

「なるほど、祖国に似た場所がどこかにあるのでござるな。理解した」


 物わかりがいいな。こっちとしてはありがたいけど。

 俺はそこでなんの為にここへ来たのか思い出す。


「朝食に誘いに来たんだった。その調子ならもう食べれそうだな」

「その前に身体を拭かせてもらいたい。汗で身体がベタベタしているでござる」

「じゃあ宿の裏に井戸があるから行ってこいよ。俺達は一階の食堂で待ってるから」

「重ね重ね感謝いたす」


 俺は部屋を出て一階の食堂へ下りる。

 すでに席にはエレインとリリアが座っていて、運ばれた食事に手を付けずじっと俺を待っていた。


「様子はどうでしたか?」

「調子は良いみたいだ。身体を拭いてから来るって言ってたよ」

「あいつどう見ても暗殺者だよな。かくまったらヤバくないか?」


 普通に考えればそうだよな。

 傷を負った暗殺者。なんらかの任務に失敗してあそこで倒れていた、ってのがすぐに考えられる流れだ。

 けど、アレが助けろって指示を出したのにも引っかかってんだよなぁ。

 ロナウドにはなにかあるのかもしれない。


「義彦殿」


 振り返るとロナウドがそこにいた。

 音も気配もなくそこにいたので内心で飛び跳ねるほど驚く。

 俺は平静を装い彼に席に着くように言ってから仲間を紹介した。


「俺達は三人で冒険者をしながら旅をしているんだ」

「なにか目的でも?」

「一応今はエレインの故郷を目指して移動してる。ああ、それと稲穂国ってのにも行こうかなって考えててさ」

「ふむ…………」


 ロナウドは目を閉じて何かを考えている様子だった。

 やっぱ絵になるな。ずっと彼を見てられるよ。


「なぁ、腹が減って死にそうだよ。もう食おうぜ」

「そうですね。ロナウドさんも遠慮なく食べてください」

「かたじけない」


 キター! かたじけないキター!!

 もはや鉄板だよな! 俺も使ってみてぇ!


 ガチガチガチ。俺の鎧が腹が減ったと催促し始めると、ロナウドは瞬発的に後方に飛び、部屋の上方の隅へと張り付いた。

 おおおおっ、忍びっぽい! カッコイイ!!


「そ、それはなんでござるかっ!?」

「心配いらないって。こいつは変な防具だけど、無闇に人を襲うような奴じゃないから。つーか、腹が減って苛立ってるだけだから」

「……なんと面妖な鎧か。飯を食らうとは」


 戻ってきた彼は、ばくばくとパンや肉を食らう鎧から目が離せないようだった。


 食事を始めた彼は、口元の布を少し上にずらしてパンを食べる。

 よっぽど顔を見られたくないんだな。

 てか、そろそろ事情を聞いても良い頃だと思うけど、素直に話してくれるのか不安ではある。


「なんであんな場所に倒れていたのか聞いても?」

「そこまで込み入った話ではないでござる。拙者は暗殺ギルドに所属していたのだが、一身上の都合で足抜けを希望したのでござるよ。だが、彼らはそれを許さず拙者を殺そうとした」

「つまり抜け忍ってやつか?」

「暗殺ギルドは忍びの組織ではないが……そのようなものでござるな」


 おおおっ、抜け忍なんてますますシビれる! 

 だとすればこれから追っ手が来るんだな! 格好良すぎて過呼吸になりそうだ!

 これで万華鏡車〇眼が使えたらイ〇チじゃないか! はぁはぁ!


「よ、義彦殿? ずいぶんと息が荒いが大丈夫か?」

「気にしないでくれ、ちょっと動揺しただけさ」


 俺はいつものごとく大皿10枚ほど平らげ、ロナウドも増血を欲してか俺と変わらない量をペロリと食べた。

 ちなみに鎧はバカみたいに食う為、大皿二十枚ほどが綺麗に消えた。

 店主は俺達のテーブルの様子を見ながら涙目だ。


「あれ、リリアあんまり食ってないな」

「うん……食欲がないんだ」

「調子が悪いのならお医者様に見ていただきますか?」

「いいよ、そういうのじゃないから」


 リリアは苦笑する。

 ここ数日明らかにおかしい。この町に来てからエレインもリリアも少し態度が変だ。

 リーダーとしてどうするべきかが頭を悩ませる。

 こういうのに詳しい相談相手とかいればいいんだけどなぁ。はぁ。


「ロナウドさんは今日はどうしますか。私達はこれから町に出て買い物をしようかと考えているのですが……」

「お気持ちはまことに嬉しいが、拙者はすぐにでもこの町を去ろうかと考えているでござる。組織の裏切り者である身、生存がバレればいずれここに追っ手がくるでござるよ」

「でもまだ体調は万全じゃありませんよね。せめて全快するまでは一緒にいるべきです」

「しかし……」


 言葉を濁すロナウドに俺は質問する。


「追っ手のステータスは?」

「3万ほどかと。拙者が確認した限りでは4人」

「……あんた余裕で勝てるよな?」

「…………」


 俺はロナウドのステータスを確認する。



 【ステータス】

 名前:佐々木ロナウド

 年齢:34

 性別:男

 種族:ヒューマン

 力:235999

 防:13667

 速:346066

 魔:327771

 耐性:218644

 ジョブ:上忍

 スキル:刀術Lv34・短刀術Lv21・槍術Lv14・縄術Lv12・格闘術Lv33・火遁術Lv10・水遁術Lv10・土遁術Lv12・風遁術Lv10・偽装術Lv10

 称号:伝説の暗殺者

 呪い:モフモフの喜び



 ステータスにスキルに称号、どれをとっても圧倒的だ。

 むしろ気になるのはどうしてこれだけの力を備えていて追っ手にやられるのか。


「義彦殿には隠せないでござるな」


 ロナウドは小さく笑う。


「拙者には呪いがかけられている。その名はモフモフの喜び。この呪いのせいで、拙者はモフモフを見ると冷静さを著しく欠如してしまうでござる」

「なんだその悪い冗談みたいな呪いは」

「事実、拙者はこの呪いによって深手を負ったでござる。奴らは次も必ずやモフモフで拙者を仕留めようとするはず」


 物防が極端に低い彼なら、確かに3万の相手でもやられる可能性はあるだろうな。

 一応だが称号と呪いを確認しておく。



 【鑑定結果】

 称号:伝説の暗殺者

 解説:王族、貴族、平民、聖職者、暗殺者を殺し、尚且つ千人以上を殺した暗殺者に贈られる称号だよー。これがあると限りなく気配を消すことができるのー。効果を最大にすると、隣にいても気が付かないレベルなんだよー。すごいよねー。



 【鑑定結果】

 呪い:モフモフの喜び

 解説:モフモフがないと生きられない身体になるよー。ふわふわの毛に触っただけで最高の快感をえられるのー。そんなにモフモフが好きなのか、このド変態さんめー。



 伝説の暗殺者欲しい……。

 だってさ、これさえあればのぞき放題だよな。

 くっ、ロナウドお前。羨ましいぞ。


「エレイン殿……どうして義彦殿は拙者を睨んでいるのだろうか?」

「分かりません。義彦は時々変なんです」

「だよなぁ、こいつって何考えてんのかわかんない時あるし」


 言いたい放題だな。

 いいもん。俺は俺で服をスケスケにできる道具を作るから。

 伝説の暗殺者なんて称号いらないんだい。


「せっかく助けたのに死なれちゃ困るからな。ロナウドにはしばらく一緒に行動してもらうぞ。いいな」

「まことにかたじけない。必ずや恩返しをするでござる」


 彼は俺達に深々と頭を下げた。


 今のところは良い奴みたいだし問題ないだろ。

 けど、ほんの少し信用した程度だ。

 なんせ相手は暗殺者だからな。決して油断は出来ない。

 引き続き彼への警戒は解かない方がいいだろう。


 俺達は予定通り町へ買い物に出かけることにした。


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