第43話 思いだす感覚

「天センパイ、また頭痛みますか?」

「大丈夫だよ、きちんと冷やしてたし」

「気分とか悪くなったら、すぐに言ってくださいね?」

「うん、心配してくれてありがとう」

「いえ、アタシのせいですから……」


 保健室で休んでいたら、また下校時刻になってしまった。

 天と真波は片付けのためにコンピューター室に入る。すると、二人は中の惨状を見て絶句した。

 作成した書類が破り捨てられていた。用紙もぶちまけられ、床一面に散乱している。

 パソコンなどは無事であるようだが、今日作成したものは、軒並み破られ、使い物にならなくなっていた。


「ちょ、なんだこれ!」


 酷い有様を見て、真波が悲鳴に近い声を上げる。


「天センパイ、これって……」


 真波は慌てふためくが、天はすぐに片づけを始めた。

 久々だったが、また嫌がらせだ。先ほどまでの和らいだ空気は消えた。嫌な記憶が浮かび上がってくる。


「真波ちゃん、片付けようか」

「えっ、あ、はい!」


 落胆はない。天にとっては、慣れたものだった。

 二人で、黙々と片付ける。散らばった用紙を集め、破られた書類を拾い上げる。

 書類はどれも、引き千切られていた。一枚残らず、とは念入りなことだと思う。


「パソコンの方は無事かな?」

「どこも壊れてはいないみたいですけど……」

「あ、そうじゃなくて」


 天は、使用中だったパソコンのデータを確認した。

 残っている。一応、内容も読み直してみたが、こちらは無事であるようだ。


「大丈夫みたいだ。これなら、また印刷するだけですむね」

「そう、なんですか?」

「うん」


 ただ、また何かあった時のために、バックアップを取っておこうと思う。


「USBメモリとか、生徒会にあるかな?」

「めもり……ですか? えと、すみません、分からないっす……」

「ああ、それじゃあちょっと見てくるよ。真波ちゃん、悪いけど待っててもらっていいかな?」

「ええ、それくらいは別に……」

「すぐに戻るね」


 冷めた表情、と自覚しつつ、天は生徒会室に向かった。

 まだ明かりはついていた。誰かが残っているようだ。

 斉藤だろうか、と思い、引き戸を開ける。やはりいたのは斉藤で、


「会長……? まだ残っていたのか」

「うん。斉藤君、USBメモリとか、生徒会に無いかな?」

「ある。少し待ってくれ」


 平坦な声で、斉藤が引き出しからUSBメモリを取り出した。


「これだ」

「ありがとう。これ、預かってもいい?」

「構わないが……。何かあったのか?」


 天の表情に気づいたのか、斉藤が疑問を投げかけてきた。


「ちょっとね」

「ちょっと、では分からないな。説明してくれ」

「ん、じゃあ、一緒に来て」

「……ああ」


 斉藤を連れて、天はコンピューター室に戻る。短い道のりを二人は無言で歩き、


「あ、天センパイ! ……と、副会長?」

「浜田君もいたのか。何かあったのか?」

「それが酷いんすよ!」


 真波が、先ほどまでの片づけを説明する。天は、その間にデータのバックアップを取った。

 真波の説明が、耳に入り、すぐに抜ける。天の頭には、入らない。

 ああまたか、という諦めだけがあった。慣れ親しんだ、嫌な感覚だ。


「……そういうことか」


 真波の説明が終わり、斉藤が納得する。


「浜田君。これからは、部屋を離れる時は施錠してくれ。会長、君を気を付け……。会長?」

「……え?」


 呼びかけられてから、天が反応するまで間があった。ボーっとしていた。


「ごめん、斉藤君。なにかな?」

「……ああ。これから部屋を離れる時は、必ず鍵をかけてくれ」

「うん、分かった」


 怪訝な顔をされたが、天にはどうでもよかった。ただ、


「ごめんね、真波ちゃん。せっかく手伝ってもらったのに」

「て、天センパイのせいじゃないですよ。これは……」


 悔しそうにうつむく真波に、申し訳なかったと思う。


「会長、誰か、このようなことをする人物に心当たりは?」

「……特にないかな」


 心当たりが多すぎて、誰がやったのかなど分からない。


「このことは、先生たちにも報告しておく。嫌がらせの範疇を超えているからな」

「え? ああ、うん……。任せるよ」

「……任せてもらう。下校時間が近い。君たちは、先に帰ってくれ」


 斉藤は、そう言うとすぐに部屋を出ていった。


「天センパイ……」


 真波の気遣う声が、今は遠く聞こえていた。

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