第17話 キレッキレ

 暴行、と言われてもすぐには思いつかなかった。さらに三橋に、と言われると思いだすのに苦労した。

 昨日というと、倉庫前の話だろうか。しかし、天には三橋に危害を加えた覚えはない。


「昨日、会長に殴られそうになったんです! ほら、ここ、逃げた時に擦りむいたんです!」


 三橋が、ひじの先、こすったかどうかも分からない場所を見せてくる。


「大きな怪我にはならなかったようだけど、暴行と言われると聞き捨てならないからね。どうなんだい、会長?」


 冷たい視線にさらされながら、天は考える。なぜこんな出まかせを言ってくるのか。

 昨日のこと、三橋が関係しているとなると、真波に蹴られそうになったことだろうか。あれはむしろ、天がかばった側なのだが。

 冷たい汗を流しながら、必死に考える。いくらなんでも、暴行とは冤罪にもほどがある。


 だが、考えが真波の立場に至ると、天はさらに冷や汗をかくことになった。

 真波は、陸上部でも将来有望な選手だ。そんな選手が、学校内でもめ事を起こしたらどうだろう。

 輝かしい実績に傷がつくのは、火を見るよりも明らかだ。

 三橋は、昨日の仕返しとばかりに、天を犯人に選んだのだろう。真波をかばうと確信して。


 天ならば、停学になろうと構わないと。退学になっても当然だろうと。

 まさか、ここまで嫌われているとは思わなかった。


 どう答えたらいいだろうか。自分ではない、真波がやったのだと正直に言うべきか。

 それとも、真波のためにも、自分が犯人になるべきなのだろうか。


 三橋は、蚊に刺された程度の傷を、痛そうにさすっている。大げさに、内心で天を嗤いながら。

 思惑にはまるのは、しゃくにさわる。しかし、ここは耐えるべきだとして、天は、


「それは……」


 本当だ。そう言おうと思った。

 しかし、天の声は、大きな声、しかも明らかに怒っているであろう声に上書きされた。


「みーつはーしくーん! 誰が! 誰に殴られたって!?」


 真波だった。


「おーかしーいなー! 昨日のことを聞きに行ったら、教室にいないんだもんなー!」

「は、浜田……!」


 三橋がうろたえる。斉藤はいきなりの大声に眉をひそめていた。


「どうしたんだ、浜田君、大声を出して。今は重要な話を会長から……」

「えぇ、そうらしいでーすねー! 会長が、三橋を殴ったとかいうデタラメが、流行ってるらしいでーすねー!」

「……デタラメ?」


 三橋が、天と真波の間で視線をさまよわせている。斉藤も、そんな様子に気づいたようで、


「どういうことだ、三橋? 君は僕をだましたのか?」

「そ、そんなことはありません、俺はこいつに殴られそうになったんです! それで、必死に逃げて……。浜田はちょっと黙ってろよ!」


 しかし、真波の声は高らかで、


「そこのチビ助、会長に助けられたくせに、会長に殴られたなんて言うんだー? へー? ふーん? そうなんだー?」


 怒りに我を忘れている。このままでは、真波は自分で墓穴を掘ることになる。


「待って、浜田さん!」

「待ちませんよ、センパイ。こいつはアタシに……」


 椅子を蹴って、天は立ち上がる。真波の口を、なんとか閉じようとして、


「もがっ!」

「朝から騒がしいクラスですね」


 物理的に、真波の口はふさがれた。

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