第11話 冴えない先輩だった

 金子坂高校、二年C組、それが浜田はまだ真波まなみの所属である。

 星野ほしのてんとは、一年違い。生徒会には、天を追うつもりで入った。

 元々は、真波は生徒会などに興味はなかった。ただ、天が出馬するというので、慌てて立候補したのだ。

 役職はなんでもよかった。書記が二枠あるので入れる確率が高いかな、と思った程度。入っても、仕事は最低限しかしなかった。

 何せ、目当ての生徒会長が来ないのである。それでいて副会長は我が物顔で生徒会室を仕切る。自分が生徒会長だったら、さぞ不快だったろう。


 真波が天を追ったのには訳がある。

 

 まだ一年だったころ、陸上部の練習をしていた時だ。

 妙に背の高い生徒が校庭のすみでこちらを見ていたのである。

 ぼうっと突っ立っていた。最初は、不審者か何かかと思った。

 なので、真波はすぐさまその生徒に駆け寄った。もしもいかがわしい目でこちらを見てたならば、生徒指導室に連行するつもりで。


 その生徒は、真波の爆走を気にすることなく、こちらを見たままだった。逃げる素振りもなければ、慌てた様子もない。


「なに見てんだよ?」


 クラス章からして年上だったが、真波は最初からケンカ腰だった。全力で威嚇し、場合によっては陸上で鍛えた脚力で蹴り飛ばしてやろうかとも思っていた。

 だが、謎の先輩は真波を見て、


「脚、速いね」


 と、気が抜けるような感想を寄越してきた。


「は?」

「陸上部なんでしょ?」

「あ? ああ、そうだけど?」

「いいね」


 話の流れが分からなかった。このデカブツは何が言いたいのかと。


「俺にも運動神経があったらなあ」


 心底羨ましそうに、真波を見つめてくる。

 最初は気持ち悪いと思った。何言ってんだコイツと訳が分からなかった。


「体デカいじゃん。ジュード―とかやってんじゃないの?」


 何の気なしに言った一言。それに謎の先輩は、首を横に振った。


「運動は何をやってもダメなんだ。柔道なんかやったら、死んじゃうよ」


 人懐っこい笑みで、先輩は言う。


「ああ、ごめん、練習の邪魔だったよね。もう行くから」

「あ、お、おう」

「練習、頑張りすぎないでね。体壊すといけないし」


 それじゃあ、と去っていく先輩は、まるで子犬のように頼りなかった。

 その先輩は二度と練習を見に来なかった。

 その代わりに、真波がこの謎の先輩のことを追うようになった。

 とにかく体が大きいので、すぐに見つけられる。

 全校集会で、避難訓練で、外で体育の授業をやっている最中を教室から見たこともある。


 率直に言えば、パッとしない印象だった。いつも何かしらの苦労を負っており、貧乏くじを引かされているようでもあった。

 目で追いながら、いつも冴えないなこいつ、と笑っていた。


 そして今年、つい二日前。

 真波は、あの事件を見た。線路内に入り、ひかれそうになった生徒を助けた場面を。

 正直、冴えない先輩の一生が終わったと思った。次いで、その先輩を失うことが怖いと思った。


 幸いにして先輩は無事だった。それを心の底から喜んだ時、真波は思った。

 あ、これマズい、と。

 その翌日に、変な下級生が天を引っ張っているのを見た時、真波は思った。

 ふざけんなコイツ、と。

 真波は、天の携帯番号も、メールアドレスも知らない。誰かに聞こうにも、天をあざ笑う奴らに聞くのは、しゃくにさわった。

 なので、古風な方法を取らざるを得なかった。

 結果は、見ての通りだが。

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