第7話 意地悪な父親

 海智留みちるの父親は、天の父とそれほど変わらない歳に見えた。

 おそらく、四十かそれよりも少し下。まだまだ若さを感じる。


「はじめまして、星野くん。私が海智留みちるの父、陸野りくの海斗かいとだ」

「は、はじめまして。星野ほしのてんと言います」


 柔和な笑みが、天の緊張をほぐしてくれる。


「どうぞ、かけてくれ」

「は、はい」


 ソファーに促され、天は座る。当然のように、海智留みちるは隣に。

 小さなテーブルを挟み、海智留みちるの父も対面のソファーに腰掛けた。


「突然すまないね。驚いたろう? 娘がいきなり紹介するなどと言うものだから」

「はい……。びっくりしました」


 そうだろう、と陸野父は苦笑する。


「改めて、うちの娘を助けてくれて、ありがとう」

「い、いえ、そんな」


 今日何度目とも分からぬ頭の下げあい。教師にすら、こんなにペコペコと頭を下げたことはない。


「お父さん、どうですか?」

「ん? いや、まだ会ったばかりだ。どうと言われても困る」

「でも、私たちは……」

「まあ、落ち着きなさい、海智留みちる

「……はい」


 では、と海智留みちるは立ち上がり、


「着替えてきます。すぐに戻りますので」


 表情を硬くして、天に告げてきた。逃げるな、ということか。

 スタスタとリビングを出て行く海智留みちるを見送って、天は軽くため息を吐いた。

 それを見られたのか、陸野父は笑い、


「すまないね。かなり苦労をかけているようだ」

「い、いえ、別に……」

「隠すことはないさ。あの子から、話は聞いている。相当、自分を売り込んできたろう?」

「ええ、まあ……」


 いきなり嫁にしろ、などと言うのだ。天以外の男でも面食らうに違いない。


「うちの子は、何かにつけて、急ぎたがることが多くてね。今回のことも、まあ、そのせいなんだろうが」

「急ぐ、ですか?」

「ああ。結論を急ぎたがる。それで自分が損をすると知っていてもね」


 陸野父もまた、ため息を吐いた。


「あの子もだが、星野君が無事でよかった。万が一のことがあったら、君の親御さんに顔向けできないからね」


 何やら事情があるようだが、天は深く聞くつもりはない。ただ、海智留みちるの父親に娘の無理難題を抑えてもらいたいだけだ。


「あの、陸野さんのことなんですけど。なんとか止めてもらうことはできませんか?」

「ああ、もちろんだとも」


 断言して貰えて、天は胸をなで下ろす。


「君に迷惑をかけないよう、きちんと言っておくよ。全く、いきなり結婚だなんだと言いだして……」

「あはは……」


 天は苦笑するしかない。


「まずは友人関係から始めるものだ。そうだろう?」

「……は?」

「それで互いのことを知ってから、段階を踏んで、恋人、婚約者、結婚、といくものだ」

「……え?」


 天の背中に冷や汗が流れた。もしかすると、陸野父は天が思っているような人物像と離れてはいないだろうか。


「なんてね、冗談だよ」


 心臓に悪い冗談だった。陸野父は笑い、


「君にその気があるなら止めはしないが」

「か、勘弁してください……」

「うん、まあ普通の父親として、娘の暴挙は止めるとも。あの子も、今は駄々っ子のように意地になっているだけだ。落ち着くよう、言い聞かせるよ」

「よろしくお願いします……」


 人を疲れさせるのは、この家流の挨拶なのだろうか。

 心臓を抑えながら、天はうなだれた。

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