第40話 おまえとできる13のこと


 ♢♦♢  ――ロール――


 竜騎手ロールは広間を出て、厨房へと向かっていた。

 主人あるじのリアナが食べられそうなものを見つくろうつもりだ。途中ですれ違った古参の竜騎手が、「おや、ハチドリの竜騎手ライダーがダンスを踊らぬとは。娘たちが涙で手巾ハンカチをしぼるぞ」と冷やかす。


 ――そうなのだ。ロールはダンスの名手として知られていた。が、その実態は、女性と極力ふれあいたくないがために練習レッスンのほうに熱中しすぎたせいだ、と自分では思っている。


 考えごとをしながら廊下を進んでいたロールは、前から向かってくる大柄な男に気づかなかった。どうやら、相手も同じだったらしい。


「「あ」」二人の竜騎手は、出会いがしら、そろって間抜けな声をあげた。


「ロール」先に声をかけたのは竜騎手ザックだった。「おまえも来てたのか」

 サンディもそうだが身長が高いので、仮装をしていてもすぐにそうとわかる。今夜はひかえめな海老茶色のジャケット姿だった。ロールとはまた違う意味でシーズンに熱心でないことを知っていたので、地味な服装も意外には思わなかった。


「ああ、うん」ロールは目を合わせずに答えた。

「陛下のお付添いで。いまから厨房に行くところなんだ。いい夜会だよな、おまえも楽しめよ」

 早口でまくしたてると、そのまま隣を通り過ぎようとする。だが、ザックは「待ってくれ」と声をかけた。ロールはぎくりとふりかえる。

 先日の――北部領の夜会での話を、もちだされると嫌だなと思ったのだった。フラニーはともかく、サンディが(仕返しもこめて)面白おかしく話しているにちがいない。


 が、ザックが口にしたのは真逆の事実だった。「あのな、フラニーに聞いたんだけど。おまえが、その、俺のことを、あの、好きなんじゃないかっていう」

 言いにくそうなことを言いにくそうに、しかしずばりと言った。


 他人の館の回廊にいる、着飾った美貌の竜騎手二人。その二人の横を、使用人たちがこそこそとさざめきながら通り過ぎていった。


 場所が悪い。そう思っても、もう遅い。


「ああ、うん」ロールはそう返すほかなかった。「ごめん。……でもな、これには理由わけがあって」

 言い訳をしかけたロールを、ザックがさえぎった。「あのな、俺なりにまじめに考えたんだけどよ」


 ――あ、これは、ダメなやつだ。


 ロールは直感した。ザックに知られたくなかったのは、たとえサンディに対する口実だったとしてもきまり悪かったからだが、それ以上にザックの妙なまじめさのせいだった。愛すべき友人だが、南部気質というか、とにかく愚直としかいいようがない性格なのだ。

 その男が、長年の親友が自分を恋愛対象として好きでいる(らしい)、と聞いてしまった。この男の性格からして、聞かなかったことにしてしばらく距離を置こうとか、そういう当たりさわりない方策はとらないだろうと思った。


 

「あー、俺はフラニーが好きなんだけど」

 案の定、ザックは結論から話しはじめた。「それは置いておくとしても、おまえのことは友人以上には見れない」

「待っ……いや、知ってる」

「ベッドでどうこうっていうのがまず想像できんし、それをおして努力しようっていう気になれるかわからん」

「だから、それはわかってて。ザック。まず落ちついて聞いてほし」

「だけどおまえとは長いつきあいの親友だろ。それで俺なりに、おまえとできそうなことを考えてみた」


 ――本当にこの男は人の話を聞かないな!


 ロールは天を仰ぎたくなった。

 そんな親友の心の声を知ってか知らずか、あるいは興味がないのか、ザックは羊皮紙の切れ端をぐいぐいと押しつけてきた。


 ――だめだ、ひとまず言いたいことを言わせておこう。それから訂正しよう。


 そう思い、しかたなく切れ端をながめた。汚らしい古い紙に、乱雑な字でびっしりとなにごとか記してある。ざっと十個程度の項目がならんでいた。

「えーと……」

 一番目の項目は「手をつなぐ」だった。だがその文言のうえには大きく墨がひかれ、「たぶん無理」と付けくわえられていた。

 二番目は「二人きりでの外出」と書いてあり、そこには「いける」と添えられていた。

 三番目、四番目。ザックが「ロールとできるであろうこと、無理なこと」がつづく。

 がまんしてまじめに読んでいたロールだが、しだいにこらえきれなくなって「ぶっ」と吹きだした。

 一度笑いだしたら、とまらない。思わず腹を折ってかかえたくなるほどだった。


「ははは」

「ロール、おまえ!」ザックが肩を怒らせた。「笑うなよ! 考えすぎて眠れなくなったんだぞ」


「はは……ごめん、おまえが真剣に悩んでるのを想像したら……無理、ごめん」

「おまえな……」


「本当にすまない」ロールはまじめな顔つきになった。「おまえの名前を出したのは、好きな相手に好意を知られたくなかったからなんだ」


「お?」

「ちなみに、サンディだよ」

「ま?」

 なにを言いかけたのかしらないが、驚きのままの口もとで固まっている。

 その姿がおかしみを誘って、ロールはまじめな顔ができなかった。

「まじかよ……」

 ザックはその場にくずおれそうなほど脱力していた。「いや俺は安心したけど……よりによってサンディかよ……」

「うん」

「まじで、これ以上ないくらい最悪な相手じゃないかよ」

「うん」


 ひざをつかんで嘆息している。「女癖最悪だし、おまえには妙にからむし」

「相手が悪いのはわかってるよ」ロールは笑った。

「やめておけないのか? あいつ、おまえの気持ちを知ったらそうとう調子にのると思うぞ」

「だからザックの名前を借りたんじゃないか」ロールは腰に手をあてて、リラックスした姿勢になった。「それに、相手が悪いのはザックもおなじだろ」

「あー、まあな」

 ザックはきまり悪そうな顔になった。「なにしろ競争相手が黒竜王じゃな。勝てそうなところが一個も思い浮かばん」

「ははは。たしかに」

 徒手空拳でデイミオンに挑むザックを想像して、ロールはまた笑った。「でも、おまえはいいやつだよ。わかるだろ?」

「いいやつじゃ、王には勝てないんだよ」苦虫を噛んだ顔で言い、進まぬ恋愛に対する愚痴をこぼした。いわく、デイミオン王の第二配偶者候補に名前が挙がっていて、フラニーは舞いあがっているのだとか。

「どうだろうな。陛下はいまリアナさまとの関係のほうに注力しておられるし、そうすぐにとも思わないが」

「それならいいんだけどよ」



 ザックが広間に戻るというので、二人は別れた。去りぎわ、ロールは親友に頼んだ。

「これ、もらっていいか?」

 親友はふりかえりもせず、「おう」と即答した。


 悪用されるかもしれない、なんて考えないんだろうなぁ。

 でも、そういうところが、いいやつなんだよな。

 そう思いながら、筋肉質な背中が去っていくのを見おくった。


(さて、食事を取りに行かねば)

 紙片をふところにしまおうとして、もう一度目を落とす。

 ザックのしるした文言の、最後の13番目の項目に、ロールの心は温かくなった。

 そこには、「13:変わらずにずっと友だちでいること」と書いてあった。



 ♢♦♢  ――フラニー――


 竜騎手フラニーは、ザックが戻ってくるのを、手持ちぶさたに待っていた。案内状に「本来のカップル以外での参加を期待する」との文言があったので、幼なじみのザックと同伴していたのである。


 良家の子女であるフラニーにとって、社交の場は仕事と同じ意味を持つ。竜騎手の業務のほうが、むしろ手慰みと思われている節もある――ここ二節ほどのあいだ、王国は戦争と無縁だ。


 夜会のつねで、フラニーはまず国王夫妻の姿を探した。竜騎手としての責任感もあり、また、必要以上にデイミオンの姿を目で追わないためでもあった。


 が――どちらの姿も見えなかった。王都に戻ったばかりだし、今夜はいらっしゃらないのかも。いや――


(あそこにおられるのかしら?)

 背の高い、よく見る長衣ルクヴァと仮面の姿で、男が近づいてきた。

 ないとわかっていても、つい期待で鼓動が早くなる。

(デイミオン陛下が、私のところに? ……まさか)

 そう思っているうちにも男はずんずんとやってきて、フラニーの隣にどっかりと腰をおろした。


「最悪の夜だな!」

 デイミオンそっくりの格好で、彼に似た低く深みのある声で呪詛をつぶやいたのは、幼なじみのサンディだった。

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